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テレパシー実験【怪談・怖い話】


ある夜、東北地方のとある村で、不思議な体験をした。

心理学が好きな友人の話に興味を持った私は、彼女とテレパシーの実験を試みることにした。二人で遠く離れていても、感情が通じ合うかどうかを試すために、特定の日と時間に互いを思い出すことにした。結果として、十中六回は感情が一致していた。これがただの偶然か、それとも何か深い意味があるのか、私たちは確信を持てなかったが、この実験は私に強い印象を残した。

人間の死の瞬間に遠く離れた親しい者にその知らせが届くことが、単なる怪談ではなく精神的な作用であることを知ったのは、この友人の話がきっかけだった。実際、心理学の観点から見れば、一種のテレパシーであることは納得がいく。そしてこの考えを裏付けるように、ある老僧から聞いた話も思い出される。

その老僧は、人が死ぬ瞬間にはその人の一生が走馬灯のように目の前に映し出されると語っていた。これと似た話を別の知人からも聞いたことがある。彼は暗闇の中で道を歩いていて、高い土手から滑り落ちた際、自分の過去の光景が目の前に現れたと話していた。さらに老僧は、死の瞬間に残る感情が、怨霊となってこの世に現れることがあるとも言っていた。

こうした話は、寺の亡者が知らせに来るという古い言い伝えとも重なる。気性の荒い亡者は荒々しく鐘を叩き、温和な亡者は静かに知らせるという。この話はただの怪談ではなく、人間の精神的な感応の一環として考えるべきなのかもしれない。

数時間後、俺は眠りから覚めた。

近頃、私はこうした精神的現象に興味を持ち、研究を始めてみることにした。幸か不幸か、まだ自分では実体験はないが、他人から聞いた話をもとに、この興味深いテーマについて語ってみようと思う。

夏のある日、私は東北地方を訪れた。関西や四国、九州とは異なり、この地方は薄暗く、幽霊が出そうな雰囲気が漂っている。特に陸中国遠野郷は、昔からの伝説や怪談が多く残る場所だった。そこで聞いた話の一つに、ある豪家の娘が病気で危篤状態になった時のことがある。

その娘のために、若者が薬を買いに遠野町まで行った。時刻は夜の九時頃、月が朧な晩だった。若者は急いで町へ出て薬を買い、戻る途中の山道で、松林の中に白い影を見た。驚いて近づいてみると、それは病床にあるはずの娘だった。彼は驚きつつも娘に声をかけた。

「みよーさん、どうしてこんな所にいるんだ?」

娘は苦しそうに答えた。

「お前を待ちきれなくて、ここまで来たんだよ。」

若者は急いで娘を背負おうとしたが、娘は中々乗ろうとしなかった。振り向くと、娘の姿は消え、ただ薬瓶だけが残っていた。急いで主家に駆け戻ると、娘は既に息を引き取っていたという。

後日談

その後、私はこの不思議な体験を忘れることができず、遠野郷を再び訪れた。地元の古老に話を聞くと、さらに驚くべき事実が判明した。その豪家の娘が亡くなる前、彼女は不思議な夢を見たという。その夢の中で、彼女は自分の死後も家族や友人たちを見守り続けると誓ったのだ。実際、彼女の死後、家族は彼女の存在を感じることが度々あったと言う。

ある晩、豪家の主人は娘の部屋で灯りが点いているのを見つけた。不思議に思い部屋に入ると、そこには誰もいなかった。ただ、机の上に開かれた彼女の日記があり、最後のページには「私はここにいる」と書かれていた。

さらに驚くべきことに、彼女の友人たちも彼女の姿を見たという報告が相次いだ。友人の一人は、彼女の好きだった湖のほとりで彼女を見かけたと言い、別の友人は夜の散歩中に彼女の声を聞いたと話していた。

こうした出来事が続く中で、家族や友人たちは次第に彼女が本当に見守ってくれていると信じるようになった。そして、彼女の霊が現れるたびに、不思議と心が安らぐのを感じるようになったのだ。

この話を聞いた私は、テレパシーや霊的な現象が単なる迷信ではなく、何かしらの科学的な根拠があるのではないかと強く感じるようになった。そして、これからもこの謎を解明するために研究を続けていく決意を新たにした。


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