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【大長編読解】プルースト『失われた時を求めて』第1部 コンブレーを読む part1


1.要約が(本質的に)存在しない小説

さて、前回はこの本の読み方とあらすじを簡単に紹介した。今回からこの本を詳しく読んでいく。簡単なストーリー紹介と感想だけでもよいのだが、それだけではプルーストの魅力は伝えきれない。
そもそもプルーストの小説は要約が不可能だ。読みやすくするための手段として要約するのは問題ない。だが、プルーストは流れゆく時間と意識を描く作家だ。要約で内容をざっくり把握する意義は薄い。
つまり、重要なのは「過程」であって「結果」ではない。
だから、要約を読んだところで、この小説を理解したことにはならないのだ。理解したいのであれば、実際に本文を読み、その文体やリズムを自分で感じることが大切なのである。


2.冒頭(不眠の夜の回想)

では、実際に読んでいこう。
今回使うテキストは集英社文庫版ヘリテージシリーズ鈴木道彦氏の訳本だ。
冒頭は次のように始まる。

長いあいだ、私は早く寝るのだった。ときには、蝋燭を消すとたちまち目がふさがり、「ああ、眠るんだな」と考える暇さえないこともあった。しかも三十分ほどすると、もうそろそろ眠らなければという思いで目がさめる。私はまだ手にしているつもりの本をおき、明かりを吹き消そうとする。眠りながらも、たったいま読んだことについて考えつづけていたのだ。

・・・・。
これが冒頭の文である。
読みやすくする配慮が微塵も感じられない文章だ。改行していないのは私の意地悪ではなく、プルーストがあえてそうしているのだと思われる。
意識というものは連続し、常に移り変わるものである。それを描こうと思ったら、段落を分けるなどといった配慮はできない。
「意識に段落などない」のだから。
とはいえ、この文章をプルーストが出版社に持って行ったところ、全然理解されなかったらしい。
まあ、そりゃそうだ(笑)
理解してもらう気ゼロだもの・・・。
しかし、せっかくこの本に出合ったなら、どうかこの一文で諦めず、読む努力を続けてほしい。
プルーストは言葉の魔術師。
読み進めていけば、必ず良いフレーズに出会えるはずだから。それに、いかに難しいとはいえ、読めばある程度は慣れてくる。ちなみにこの序盤の場面は

「不眠の夜の回想」

と呼ばれている。


3.解説

では、出来る範囲で解説していこう。まず、

「長いあいだ、私は早く寝るのだった」

という表現。
長いあいだ、というのはおそらく、「長期間」という意味で、
「長期間にわたり、私は早めに寝ることにしていた」という意味で私はとらえている。が、この辺は「長いあいだ」と「早く」をどう解釈するかによって変わり、確実なことはいえない。翻訳によって多少表現が変わるため、断言はできないのだが、私は上述のように解釈した。次の文章は、

「ときには、蝋燭を消すとたちまち目がふさがり、「ああ、眠るんだな」と考える暇さえないことがあった。」

という文章。

前文の「早めに寝ることにしていた」と合わせて読むと、書き手が疲れていて、眠たい様子が感じられる。ここまでは理解できるかもしれないが、問題は次の一文だ。

「しかも三十分ほどすると、もうそろそろ眠らなければという思いで目がさめる」

先ほどまで眠ろうとしていたのに、「目がさめる」という矛盾した(ように見える)ことが書かれている。実はここでは、書き手が夢現(ゆめうつつ)の行き来をしているのであり、意識の混乱が描かれているのだ。
ゆえに、先ほどまで眠ろうとしていたにもかかわらず、目覚めたときに「眠らなければ」という意識が呼び起こされる。これを身近な例でたとえるならば、時差ぼけや昼夜逆転による意識の混乱、そこで生じた錯誤をあげることができる。
たとえば、私は子どもの頃、学校のお泊り会があり、その夜あまりよく眠れず、翌朝起床して帰宅後、眠りについた。すると、夕方頃に目が覚めるのだが、
「もうこんな時間?!学校行かなきゃ!」
というような錯誤が生じたことがある。
なぜ、このような錯誤が生じるのかといえば、普段は夜寝て朝起きる生活を続けているのに、意識がそれと違う状態(夕方に起きる)を見てしまったため、一時的に混乱しているからである。このとき、眠る前の記憶は一時的に「飛んで」いるのだ。
だから、混乱が生じる。
とはいえ、眠りが覚めると、事実を正しく認識し、この混乱は終わる。冒頭の不眠に伴う混乱もこの種の混乱状態と同じく、不眠ゆえの意識の錯誤が発生しているのだ。続く、

「手にしているつもりの本」

という表現も混乱を示す一節だ。

おそらく、眠る前に本を手にしていたのだろうが、その本は今は手にないのであろう。「明かりを吹き消そうとする」も、既に明かりは吹き消したはずなのに、まだ消していないと錯誤し、消そうとしているのだと推測される。
「眠りながらも、読んだ本について考えていた」
これは夢のことを言っていると思われる。
ただし、三十分で眠りから覚めているため非常に浅い睡眠であり、現実の中で考えていたのか、夢の中で考えていたのかは不明である。
「夢は無意識の反映」という風に考えることもでき、夢に、直前まで考えていた本のことが映し出されたようにも読めると思う。


4.終わりに(じっくり読むのが大事)

まだ1ページも読み終わっていないのにこの密度である。同じ長編でも、
ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』とは違い、スピーディーに読み進めることができないのが本書なのだ。理解しながら読み進めないと、どこかで必ず混乱する。
つまり、この小説には従来の読み方は通用しない。従来の小説であれば、人物や背景、文体を理解すれば慣れで素早く読むこともできるが、『失われた時を求めて』ではそれができない。
私も、軽くあらすじ・感想を書いて投稿する予定だったが、同じことをしている人が意外にいることがわかったので、少し大変かもしれないが、この本を詳しく読んでいこうと思う。



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