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第3部 南西部への旅         [21] Arizona を旅する

21-1 アリゾナ砂漠を走る
 
 ホワイトサンズ国立公園を出発する。次の目的地「Phoenix」に向かって『鷹』を走らせる。US-10 を西へ。 有明の空に向かって走っていく。
 背の太陽が『鷹』に追いつくと、眩しいさに包まれる。

 砂漠の中を2時間半走りニューメキシコ最後の町「Lordsburg」に到着する。砂漠風が吹き荒れる町は、埃っぽく「Amtruck Station」が、荒野にポツンとあるだけだった。町に一軒だけの「McDonald's」に立ち寄り、喉の渇きをマックのコーヒーで癒す。

 US-70 を北上し New Mexico から Arizonaへ。
 Arizona 州に入ると砂漠感が増し砂漠の町「Franklin」「Duncan」を走り抜ける。荒涼とした砂漠風景が続く。砂漠の町「Globe」を過ぎると、眼の覚めるような緑の樹々が繁る風景が現れた。
 ホーリーが地図を見ながら......「Pinal Peak is 7,848 feet above sea level. It is a sacred place for the Western Apache tribe, which means "pine-covered mountain.......Pinal Peakは標高は7,848フィート(2,392m)あるそうよ。Western Apache 族の聖地であり「松に覆われた山」と言う意味らしいわ」
「......」
「Ryu, do you continue to Phoenix? There seems to be a nice campground at Apache Lake...... フェニックスに行く? それとも郊外の湖でキャンプする?Apache Lake に素敵なキャンプ場があるけど」
「How long will it take you to get there? 」
「It's about an hour and a half from here on the lake, on the way to Phoenix.」
「Sounds good. Maybe camping by the lake would be more fun than in the town of Phoenix?......Phoenixの町より、湖畔でキャンプした方がおもしろいかも?」
「Then let's do that. 」
 
 町中を抜けて US-70に乗ると US-60 を北上すると、前方に湖が見えてきた。
「Ryu, this is Theodore Roosevelt Lake, the largest lake in Arizona.....」
「Certainly huge. 」
「Theodore Roosevelt Lake is 21,500 acres and has a dam......ダムもあるわよ」
「That is awesome. 87 km², so about 12 times the size of Lake Ashi?….. 芦ノ湖の12倍くらいか?」
『鷹』は左手にダム湖を臨む赤土の山道を砂埃を上げながら40分ほど走る。
 そそり立つ岩崖に挟まれた深い谷間に「Salt River」が大きく蛇行する美しい光景の先に、陽射しに反射する紺碧の湖水風景が目の前に現れた。
 砂漠地帯を8時間走り続けた後の涼風の心地良さに思わず笑みがこぼれる。
 Salt River支流の「Apache Lake Marina and Resort」に到着する。
 結構な数のボートがマリーナに停泊している。マリーナ正面に立派な「Marina Hotel 」が建っている。

「Apache Lake Camping」の登録をフロントで行うように指示がある。
 ドライブに疲れた身体を引きづりながら、フロントデスクで登録を済ませ、ロビーにあるカフェに立ち寄る。
「Apache Lake Marina and Resort」パンフレットを開く。
「アパッチ湖は、1927年に完成したホースメサ・ダムがソルト川を堰き止めてできた人造湖。ソルト川沿いに4つの人造湖があり、アパッチ湖畔はUSDA森林局が管理している。リゾート内のキャンプ場は自然のままの状態が保たれているが、ピクニックテーブルやファイヤーピッチなども整備されている。湖畔の好きな場所でキャンプできる」とある。

 アパッチ湖は Tonto 森林保護区内にある。流雲の想像した森林公園とは趣が異なる。
  森林地帯と呼べるほど樹木が生い茂っていなかった。砂漠地帯の低木植物のサボテン、雑木、潅木、花などが混在している。雨と干ばつのサイクルに適応するために、半砂漠の草原へと植生が変化したのだろう。 
 巨大なサグアロサボテンが湖畔に立っている。湖の対岸に荒々しい岩山の断崖絶壁を望む穏やかな水辺の一角にテントを設営する。
 BBQピッチに火を起こすと、Apach Lake のパンフレットを開く「中央に聳える最高峰の荒々しい岩山『Four Peaks』は標高2334mある」と記されている。
「Ryu, the mountain scenery in Arizona is mysterious. Even though there are no trees in the mountains, the view over the lake is beautiful and majestic.......樹木の無い岩山なのに、湖越しに見える景色は美しく、威厳があるわね」
「Rough rock surfaces contrast with the shimmering azure blue of the lake's surface to create a beautiful contrast.......荒々しい岩肌、紺碧の湖面のキラメキの対比が美しさを際立させているね」

  陽が西に傾く。樹木の無い岩山のシルエット、夕闇色に輝く湖面。アブストラクトな光景に思わず息をのむ。
 荒廃したアリゾナ砂漠を走り抜けた後に現れた自然美の光景に、改めて驚嘆する。
 驚くほどの無音。水面が揺れる微かな水音さえ聞こえない。
   陽の落ちた晴夜の空が、暗く深く沈み、「紺色」に染まる。刻が刻まれ、濃紺色の空が徐々に「鉄紺色」に染まり、満天の星の輝きが一段と増す。
 アパッチ湖畔の天体ショーは、漆黒の闇の深さに宇宙を感じさせてくれた。ホワイトサンズの星空に次ぐ、満天の星空に圧倒された。

 翌朝、ソルト川沿いの砂混じりの赤土のトレイルに足を踏み入れる。トレイルは砂浜はフカフカではないが滑るような感覚が伝わってくる。足元が落ち着かない。
 トレイル先の湖岸に10m以上のサボテンが数本立っている。改めて、その大きさに驚きながらトレイルを歩く。曲がりくねったトレイルに登って行く。
 急勾配の坂道を登りきると.......湖面と空が一体化し紺碧色に染まった。絶景が広がる上空を眺めると、そこには.........。

「Awesome!  Holly, Look up to the sky!.....凄い!Holly、上空を見て!!」
「Wow! That's a great sight. Is it Angel's Ladder? 」
 紺碧に輝く空の雲間から、太陽光線が放射状に湖面に突き刺ささっている。
(不思議だ。雲間からの「光芒」に因る反薄明光線の現象だろう)

「That light beam is a phenomenon called crepuscular rays.  Is it called Angel's Ladder in English?.......あの光芒は、反薄明光線の現象だよ。英語で Angel Ladderと呼ぶの?」
「There is a biblical story, as I recall......確か、聖書の神話に出てくる...... Jacob is said to have seen in a dream a ladder like a light shining through the clouds, extending from heaven to earth, with angels going up and down it. I think that was the story?......ヤコブが夢の中で、雲の切れ間から差し込む光のような梯子が天上から地上に伸び、そこを天使が上り下りしている光景を見たとされる。話だったと思うわ?」
「Holly, look at the surface of the lake. The glow is a band of light, shining on the surface of the lake like a spotlight......湖面の上を見てごらん。光芒が光の帯になって、スポットライトのように湖面を照らし輝いている」

 太陽の織り成す白光に輝く不思議な光景に、二人は時を忘れ眺めていた。
 天空から降り注ぐ光の柱に照らされ、水面が黄金色にキラキラと輝いている。確かに、神秘的で宗教的な光景に、天使が舞い降りてくる感動的な情景を二人は見た。

「光芒」は黄金色から青白い光線へと刻一刻と色彩変化を見せる。目前のドラマチックな光景に、二人は唖然と佇んでいる。
 下からハイカーが登ってきた。簡単な挨拶をしながら、並んで繰り広げられる湖面上の光のドラマを眺めると......。

「Wow! Amazing. It's a very beautiful "Crepuscular Ray"...... 豪華な『クレパス光線』…… This phenomenon usually occurs around here when cumulonimbus clouds form at sunset.......通常、夕暮れ時に積乱雲が発生した時に起こる現象なのだが......?」
「Hi, are you guys in this area? I know this phenomenon is unique, but does it happen often around here?...... この現象はユニークな現象だと思うけど、この辺りでは良く発生するの?」
「This mystical and supernatural phenomenon is seen from time to time. The Native Americans around here use the term "God Rays" to describe the mystical power and presence of God...... この辺りのネティブアメリカンは "god rays"と呼んで神秘的なパワーや神の存在を表現している」
「Is it officially called "Crepuscular Ray"? I had heard of Angel's Ladder, but "God Rays" is also a nice name...... 正式には"クレパス光線/反薄明光線"というのですか? 私は Angel's Ladderときいていたのだけど、"神光線"も素敵なネーミングね」

「Crepuscular rays technically appear throughout the day,...... 反薄明光線は、厳密には一日中出現しますが......but the origin of the word "crepuscular" is "Twilight," so they mainly refer to rays of light coming in from the horizon at sunset......語源は『たそがれ時』ですから、主に日没時に地平線から光線が差し込むことを意味します」
「Excuse me, but you are very knowledgeable, aren't you?.....とても詳しいですね?」
「Actually, we're meteorologists from the University of Arizona...... 実は僕たちはアリゾナ大学の気象学者です....... Crepuscular rays are shades of sunlight that penetrate the sunset sky through gaps and edges in the clouds, and actually, technically appear throughout the day, but look better at dusk......反薄明光線は、雲の隙間や端を通って夕焼けの空に差し込む太陽光の濃淡のことですが、実は技術的には一日中現れるが、夕暮れ時の方が頻繁に現れる」
「That's right. So you can see them even on a clear day like today.......そうなんだ。だから今日のような快晴の日でも見れるのか?」

 気象学者の説明は解りやすく........「『反薄明光線』のしくみは、地平線近くの大気中の塵や水滴の粒子が増加すると、この粒子を通過する光が散乱・屈折し、肉眼で光線が見えるようになります。反薄明光線は、雲の密度により光線の透過率が変化し、透過光線の濃淡が生じ、複数の光線があるように見え、壮大な効果が得られます。特に、夕刻の写真ほど反薄明光線のコントラストが際立つドラマチックな写真が撮れます。また、日没時は、光が大気を通過する際に青い光を散乱させ、黄色や赤の光を多く放射し、オレンジ光線を放ちます。さらに、太陽から遠ざかる方が光線の遠近法が効くため、効果的な写真が撮れます」

「Thanks. I see what you mean.......なるほどね...... I understood that it was a natural phenomenon of solar light, but I didn't understand how it works......太陽光の自然現象だろうと理解していたが、仕組みまでは解らなかった...... Thanks. Can I ask one more question?.....もう一つ、質問しても良いですか?」
「Sure, if I can figure it out.........」
「I have encountered many mysterious natural phenomena in my life...... 僕はこれまでにも、不思議な自然現象に数多く遭遇してきた........ I have seen the halo phenomenon, the Venus Belt, and colored clouds, to name a few.......ハロー現象やヴィーナスベルトや彩雲など幾つも見て来ました....... Do you think there is a constitution that makes one prone to encountering mysterious natural phenomena?......不思議な自然現象に遭遇しやすい体質はあるのでしょうか?」
「Maybe you've been living with nature so long that when nature touches you, it awakens your native senses.......体質と言うより、君は自然と共に生きてきたから、自然に触れると、ネイティブ的な感覚を呼び覚まされるのかも...... Since we are meteorology students, we have a natural habit of looking for natural and astronomical phenomena, and we have more chances to encounter them than most people...... 僕らは気象学を学んでいるから、自然現象や天文現象を探す習慣が身に付いており、一般の人より自然現象に遭遇する機会が多い」
「I see. That makes sense...... What do you do when you encounter a mysterious natural phenomenon? I pray to nature in my heart......不思議な自然現象に遭遇した時、あなたはどうしますか? 僕は心の中で自然に祈りを捧げています」

「As a researcher of Mother Nature's meteorology, I also naturally thank the Great Spirit of Nature.....自然の母なる大地の気象学の研究者として、自然へのグレートスピリットへの感謝は自然に行っています....... Let me tell you an American Indian myth......ひとつアメリカンインデイアンの神話のお話をしましょう......」

 そして彼の語った神話は.......「For example, the legends and myths that have been passed down from generation to generation contain many stories pertaining to natural phenomena and celestial bodies........例えば、昔から語り継がれてきた伝説や神話には、自然現象や天体に係る物語が多く....... GPSやコンパスが開発される前の時代、人間は星を道しるべにするほど、天体、宇宙を身近に暮らしていた。 ギリシア神話時代のはるか昔に、人類はすでに天体や星座の高度な知識を持っていた。古代バビロニアのシュメール人の星座にギリシア神話が結びつき様々な「星座神話」が誕生した。マヤ人、ケルト人、エジプト人などの古代文明も天体神話を語り継いできた。そして.....ネイティブアメリカンの昔話の一つに『Star People』の存在を伝える物語がある......モンタナ州のラコタ族の伝説に『Star People』が光の球体に乗って上空から舞い降りてきた話が伝わっている......」

「Does this mean that Native Americans have alien myths? In particular, the "Star People" myth of Montana's Lakota Tribe is reminiscent of flying saucers?......ネイティブアメリカンにとっては宇宙人伝説ということですか? ラコタ族の『Star People』伝説は空飛ぶ円盤を連想させますが?」
「 Of course, it may be inevitable to view this as fantasy, but what if it could be due to a natural phenomenon that was experienced?......勿論、ファンタジーと捉えるのが必然かもしれないが、もしかしたら実際に体験した自然現象が原因かも知れないとしたらどうでしょう?」
「Certainly, if an ancient Native American, with no knowledge of natural phenomena, encountered Crepuscular rays or Solar Pillars, it would not be surprising if he thought they were mysterious beings from outer space!.....確かに、古代のネーティブアメリカンが自然現象の知識も無く、反薄明光線や太陽柱に遭遇したら、宇宙から来た不思議な存在と考えても不思議ではないでしょうね」

「And then Arizona Hopi tribe has a cosmic myth called "Tokpella"...... アリゾナ Hopi 族に『Tokpella/トクペラ』と言う宇宙神話がある。それまで宇宙は暗黒に覆われていたが、大地に暖かさと明るさをもたらす『太陽の精霊/Tawa』と涼しさと潤いをもたらす『天空の精霊/Sotuknang』の出現し『青い星/地球』が誕生する壮大な宇宙神話がある。ホピの創世記神話は『タワ』が中心に描かれ、『タワ』の創った『ソトゥコナン』が宇宙の構成する9つ『天空の精霊』を創出し銀河宇宙空間が完成する」

「Are you saying that the ancient Native American worldview is based on cosmology?.....古代のネーティブアメリカンの世界観は、宇宙観が基本にあると言うことですか?」
「It seems so. It is a sense of living in a world where a large ball-shaped sky overshadows the wilds of the desert as a land character. The world was in constant motion, the sun rose and set, and we lived in a cosmic vision where the moon and stars appeared and disappeared in the night sky....... そのようです。丸い地球の上に人が立ち生活しているという私たちが持つ概念は無く、土地柄として砂漠の荒野に大きなボール状の天空が覆いかぶさる世界に暮らす感覚です。世界は絶えず動き続け、太陽が出て沈み、夜空に月や星が出て消滅する宇宙に暮らしていた」

「It's amazing. How many of the various Native American artifacts have motifs of stars, the sun, space, and nature?....... ネイティブ・アメリカンの様々な工芸品に、星や太陽や宇宙や自然をモチーフにした物が多いのか?....... Is that why accessories and crafts fascinate us?...... だから、アクセサリーや工芸品が僕らを魅了するのだろうか?」
「I think so too. I think we are fascinated by Indian jewelry because their cosmic vision has been passed down to us......私もそう思うよ。インディアンジュエリーに魅了されるのは彼らの宇宙観が伝承されているからだと思う」
 
 ホピ族の宇宙創造の物語を「宇宙人伝説」に結び付ける人達もいるようだが、彼らの話す自然現象に刺激され生まれた「神話」とする方が説得力があるように思える。宇宙人説にはロマンはあるが、後付け伝説の気がする。

 流雲は沖縄の八重山地方を旅した時にも、雲の切れ間から光が漏れ、光芒が放射状に収束する「反薄明光線」に遭遇したことがある。地元の人は「風の根/カジヌニィー」と呼び、「大風の兆し」として、警鐘を鳴らす天候異変を恐れていた伝承を思い起こした。

 反薄明光線を論理的かつ科学的に説明できるだろうが、神の光線、ヤコブの梯子と呼ぼれる息を呑むような現象は、超現実的な現象なのは間違いないだろう。

「光芒」が集束を始めると太陽に吸収され始める。すると、山吹色に見えていた太陽は徐々に色が薄れ、真っ白に輝き始める。太陽は完全に「White Sun」に姿を変えた。
 真っ白に輝く太陽が西空に浮かんでいる。太陽フレアの影響なのか。これも超現実的な現象なのだろうか。


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