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【小説】目が覚めたら夢の中 第53話 遁走

遁走

私は森の中から崩れゆく館を見つめていた。

ここにいるのは、私と横の茂みの中で、すやすやと寝ている男の赤ん坊だけだ。赤ん坊は大きめの籠の中で、幾重いくじゅうもの布に巻かれている。その髪色はきれいな金色だ。

先ほどまでこの身体を操っていたアメリアは、さすがに疲れたといって、私の中で休んでいる。私が気を失っている間に、館内の魔人に避難を呼びかけたり、赤ん坊や私の身体を包む布を調達したりと、かなり忙しくしていたようだ。

私は木に背を預けると、ずるずると身体を地面に下ろしていった。
背中に現れた翼が私を横から包む。翼があるせいか少し暖かい。

アメリアが目を覚ました時には、翼が私の背中に生えていたのだという。ここ魔人が住む地では、天仕てんしであることが分かると襲われるからと、アメリアが布をかぶせ、とりあえず隠した。今は、周りに人もいないから、少しくらい見えても問題ないだろう。何より、身体を動かすのが億劫おっくうだ。きっと、カミュスヤーナに魔力を大部分奪われたから、その影響だろう。
先ほど魔物除けにつけた焚火の炎が、辺りをぼんやりと照らしている。

カミュスヤーナは、エンダーンを討伐した後、その衝動に突き動かされるままに館を壊し始めた。
しばらくして目を覚ましたアメリア曰く、私の姿に目を止めることはなく、とても楽しそうに、その赤と青の瞳をらんらんと光らせ、壁を崩し、建具を燃やし、扉を押し倒したそうだ。

アメリアは私の身体を操り、なぜか赤ん坊になってしまったエンダーンを連れ、館を脱出した。多分、カミュスヤーナが、エンダーンの魔力等を奪い、その結果赤ん坊になってしまったのだろうと、私とアメリアの見解は一致した。
他にも館で働いていた人がいたそうだけど、館が完全に崩落する前に逃げていてくれればいいと思う。

カミュスヤーナは無事だろうか?無事だとは思うのだけれど、元のカミュスヤーナに戻ってくれるのだろうか?
襲ってくる眠気に耐えられず、私はまぶたを閉じた。

ーーーーー

近くに人の気配を感じて目を開けた。
既に日は落ち、辺りは暗くなっていた。館の方から聞こえていた破壊音も今はもう聞こえなくなっている。赤ん坊はすやすやと寝息をたてて、眠ったままだ。
私は気配を察したほうに目を向けて、瞳を凝らす。
がさっと草を踏みしめるような音がした。

焚火に照らされたプラチナブロンドの髪。服はボロボロにちぎれており、上半身の半分くらいは素肌があらわになっている。その素肌も砂のようなものがかかり薄汚れていた。それらの上から外套がいとうのように大判の布を背中にまとっていた。彼は長いまつ毛の下から、赤い両眼をこちらに向けていた。

「カミュスヤーナ!」
「・・今戻った。」
かすれた声でカミュスヤーナは私の声がけに応えた。
「正気は戻ったのですね。」
「・・館を破壊するのに魔力を使った。魔力が少なくなると同時に破壊衝動が消えたのでな。」

「あの・・背中のそれは・・?」
私は、カミュスヤーナの背中を指差す。背中にまとった大判の布の下から見えるのは・・私の背中にあるのと同様。白い羽だった。
「・・よくわからないが、魔力が少なくなったら、突然背中に現れた。」
彼が困惑したように告げる。

「・・ここまで魔力を失ったことがなかったからな。普段は、魔力で隠しておけるものなのかもしれない。」
「カミュスヤーナも天仕てんしの血を引いているということですか?」
「・・生みの親を知らないので、何とも言えないが、魔人と天仕てんしの血両方を引いているなど、何の因果いんがか。そんなこと今はどうでもいい。」

彼は自分の足元に駆け寄った私の身体をその腕に包み込んだ。
「・・テラ。」
「はい。」
彼の腕に力が入り、私は苦しいくらい抱き込まれる。
「・・君が無事で本当に良かった。」
安堵あんどしたような優しい声が耳元でささやく。
「カミュス。。」
私の瞳から涙がボロボロとこぼれた。

「・・私は君を泣かせてばかりだな。」
「これは嬉し涙です。カミュスが側にいてくれて、私はとても嬉しいのです。」
「・・そうか。」
カミュスヤーナの声に笑みが混じる。
「ずっと側にいてください。」
「・・。」

「生まれが何であろうと、カミュスは私の唯一の人です。」
「・・私は魔人の血を引いている。・・君の側にいたら、私はいつか君を傷つけると思い、君を遠ざけた。」
私は黙ってカミュスヤーナの言葉を聞いていた。以前フォルネスが言っていた「彼が私と婚約しなかった理由」がこのことなのだろう。

「・・だが、君と離れてわかったのだ。・・私は君のいない世界では生きられない。」
カミュスヤーナは私から少し距離を取り、自分の左手を私の頬に添えた。
その美しい赤い瞳が色を持ってゆらめく。
「・・私からもお願いする。永遠に側にいてくれ、テラスティーネ。」

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