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【短編小説】ずっと、一緒にいよう。

私は、幼い頃から身体が弱く、しょっちゅう熱を出していた。幼稚園は休んでいる日数の方が多く、定期的に病院に通い、場合によっては長期入院もしていた。病院のベッドから、外の青空を見上げる度に、私はいつ健康になれるのかと、ため息をついていた。

病院にいる時間が長くなるにつれ、医師や看護師さんとも顔見知りになっていた。寝てばかりいると、起きられなくなると言われ、点滴バッグ等をかける点滴スタンドを押しながら、病院内を歩き回っていることが多かった。そして、私は病院に来ている同い年の男の子と知り合いになった。彼の名前は、清二せいじといった。私は清ちゃんと呼んでいた。

清二は、確かお祖母ちゃんがこの病院に長期入院していて、頻繁にお見舞いに来ているとのことだった。なぜか、清二のお父さんお母さんは一緒に来ておらず、彼一人でお見舞いに来ているようだった。この病院の近くに住んでいて、両親は仕事で来れないから、代わりに来るようにしているんだと、彼は得意げに言っていた。

彼自身は、健康そのもので、いつも薄っすらと日焼けしていた。短い黒髪に、同じように黒々とした瞳。病院には話し相手がいなかったのか、私を見つけると、近寄ってきて、長々といろいろなことについて話した。私は、体が弱くこの病院に入院していることも、早々に話してあった。激しい運動をしなければ、散歩くらいは付き合えたし、彼は私が退屈しないよう図書館から本を借りて持って来てくれたりもした。

私は、話が面白く、退屈な病院生活を彩ってくれる彼に、好意を持った。私が病院に来るのは、体調に応じてだったけれど、彼のお祖母ちゃんはずっと入院しているせいか、病院に来ると、大抵は彼に会うことができた。彼との付き合いは数年続いた。

ただ、彼も学校に行くようになり、私たちが会う機会も時間も段々と減っていった。そして、彼のお祖母ちゃんが亡くなり、彼が病院に来る理由が無くなった。私は最後に病院に来た彼の口から、その事情を聞いた。彼に二度と会えなくなると思って、私は彼の前で泣きじゃくった。彼はそんな私を悲しげな眼差しで見つめた後に、覚悟を決めたように口を開いた。

「僕は君が好きなんだ。」
「・・私も清ちゃんのこと。好きだよ。」
「ずっと、僕のことを好きでいてくれる?」
「もちろん。」
「じゃあ、僕を好きでいてくれる代わりに、僕は君の痛みを引き受けてあげる。」

彼の言っている意味が分からなくて、私は首を傾げた。

「きっと、君を迎えに行くから、それまで待っていて。」
「きっと、きっとだよ。」
「僕のこと忘れないでね。」
「うん。ずっと、ずっと好きでいるからね。」

彼は顔を赤くさせて、涙で濡れた私の頬にキスをした。


彼と別れてから、私の虚弱ぶりは徐々に良くなっていった。病院に通うことも無くなり、学校にも無事通えるようになった。担当医師も、両親も、私が健康になった理由が分からず、不思議がっていたが、それでも健康体になったことを喜んでくれた。

私は、清二に会って、自分が健康になったことを伝えたかったのだが、彼の住んでいる場所や通っている学校も知らなかった。病院の近くに住んでいるとは聞いていたが、今も同じところに住んでいるかは分からない。彼に会うことができず、高校、大学へ進み、就職した。既に、清二の面影も薄くなっていて、合わせて彼が好きだという気持ちも薄くなっていった。

そして、彼の迎えを待たずして、私は職場で知り合った人と付き合い、結婚をすることになった。両家の顔合わせを済ませ、式場の予約もし、その他諸々の準備もほぼ終わって、後は式を挙げるだけになった。
仕事が休みのある日、一人で暮らしているマンションのインターフォンが鳴った。てっきり、婚約者である彼が来たのかと思って、モニタを見たが、そこには誰もいない。

首を傾げていると、次は玄関扉をノックする音が聞こえてきた。私が慌てて、扉を開けると、そこには背の高い男性が立っていた。
「・・清ちゃん?」
「迎えに来た。菜摘なつみ。」
記憶にあったよりも低い声で、清二はそう言った。短い黒髪に、黒々とした瞳は、あの時のままだったが、肌の色はどちらかというと青白く、背は高かったが、手足は細く見えた。

「本当に、清ちゃんなの?」
「そうだよ。約束通り君を迎えに来た。」
私は、清ちゃんのことを忘れないではいたが、好きでい続けることができなかった。他の人と結婚をしようとしている。あの時の約束を果たそうと、迎えに来てくれた彼を追い返すことはできないと、私は彼を家の中に招き入れた。

彼は私が勧めたフロアクッションに腰を下ろし、向かい側に座った私を見つめて、口を開いた。
「遅くなって、すまない。」
「本当に、遅いよ。今までどうしてたの?」
「思ったより体の調子が良くなくて・・。」
彼は頭に手を当てて、軽く息を吐いた。

「清ちゃん、体調良くなさそうだけど、大丈夫なの?」
「・・だめかもな。だから、今迎えに来たんだ。これ以上は無理かもしれないから。」
「それなんだけど・・私、今度結婚するの。」
彼は、私の言葉に、表情を強張らせた。
「なんでっ。ずっと、好きでいてくれるって言ったのに。」

「あれから、全く会えなくて、私ずっと迎えに来てくれるのを待ってたの。でも、待てなかった。」
「・・・もう、俺のことは好きじゃないのか?」
「うん。ごめんなさい。」
彼は一瞬悲痛な表情を浮かべたが、その後、声をあげて笑い始めた。私は彼が狂ってしまったのかと思って、口の端を引きつらせたが、彼は笑いながら、私を見て言った。

「菜摘が俺のことを好きでいてくれるならって思って、耐えてたのに。」
じゃあ、俺が引き受けていたものを返すよ。と彼は言葉を続けた後、私の隣に来て、強引に私の唇にキスをした。
彼が唇を離すと同時に、私は脱力感を覚える。頭が痛い。胸が苦しい。思わず咳き込むと、口を押さえたてのひらに血がついた。

私が呆然と自分の掌を見つめていると、彼が私の顔を覗き込む。
「あの時言っただろう?俺を好きでいてくれる代わりに、俺は君の痛みを引き受けるって。」
「じゃあ、清ちゃんと別れてから、体が弱いのが治ったのも。。」
「俺が代わりに虚弱になったから。」

彼がその場に倒れこみそうになった私の体を支えてくれる。その力強さは、先ほどの彼の姿からは想像ができなかった。目の前で笑みを浮かべる顔には、血色が戻ってきていて、顔色も明るくなっていた。

「別れた後、体調を崩して、学校には行けなくなった。結局大学も通信で済ませた。外に出歩けないから、仕事は在宅でできるものに限られたけど、それなりに生活はできてた。ただ、ここ最近は症状が悪化して、そろそろ死ぬかもって考えた。」

私は、彼の話を聞くことしかできなかった。苦しくて声が出ない。彼が、私の背に手を当て、ゆっくりと撫でてくれたが、痛みは止まらない。

「病院にはずっと通ってたけど、結局治すことはできなかった。俺は菜摘が俺のことを好きでいてくれるのだからと、ずっと耐えていたんだ。このまま死んでしまってもいいと思ってた。でも、死ぬ前、最後に君に会いたかった。君を迎えに行くって約束してたし。」
「清ちゃん・・苦しい・・。」

私が何とか絞り出した言葉を聞いて、清二は私の体を抱えて、強く抱きしめた。そして、耳元で囁く。

「大丈夫。俺は菜摘を一人にしない。菜摘のことが好きだから。」
「・・・。」
「君が死んでしまったら、後を追うから。」
「・・・。」
「ずっと、ずっと、一緒にいよう。」

清二の優しい声を聞きながら、私の意識はぷつりと途切れた。

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