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【短編小説】これが最後のバレンタイン/有森・古内シリーズその18

目の前に差し出されたラッピングされた箱を受け取って、何も言えずにいると、彼女は軽く首を傾げる。

「どうかした?」
「・・・いや、今年、貰えるとは思っていなかったから。」
「去年とは違って、市販だし、理仁君の分しか用意してないよ。」
「でも、受験勉強で忙しいのに。」
「・・しばらくあげられないかもと思って。」

来週にバレンタインデーを控えた土曜日。僕は近くの公園に呼び出された。前日に降った雪がまだ積もっていて、公園のベンチには残念ながら座れない。おかげで僕たちは立ちながら、近くの自販機で買った飲み物を飲みつつ話をしている。

「合格おめでとう。」
「ありがとう。」

私立の前期受験で、志望校に合格した僕は、もう卒業までは何もすることがない。一方、彼女は第一志望が公立高校だから、受験は今月末だ。既に併願の私立校は合格しているが、行く気はあまりないらしい。

今月中は学校では顔を合わせるものの、それ以外で時間を合わせて会うことは控えていた。自分が先に合格したからといって、彼女の受験勉強の邪魔はしたくない。

残された期間はあと僅かなので、会いたいのが本音ではあるのだけど。

「勉強は順調?」
「まぁ。それなりに。」
「来月は卒業だね。」
「そうだね。早かったね。」

久しぶりに2人の時間を過ごしたら、会話があまり続かない。彼女に視線を走らせるが、不安そうな表情はしていない。彼女からは穏やかな空気みたいなものを感じて、一緒にいるだけで、自分が満たされていくように感じる。

「開けてもいい?」
「いいよ。」

ラッピングを剥がしたら、中からハートや桜の花びらを模ったチョコレートが、それこそ宝石のように並んでいた。

「莉乃も食べる?」
「いいの?」

チョコレートを見て、ソワソワした様子の莉乃に問いかけると、彼女はその顔を綻ばせた。僕がハートの、彼女が桜の花びらのを摘まみ上げ、それぞれの口に放り込んだ。

「やっぱり、市販のもののほうがおいしいね。」
「僕は、手作りの方が好きだけど。」
「・・また、機会があったらね。」
「来るよ。いつか必ず。」

僕がきっぱりと言い切ると、彼女は少し瞳を見開いた。

「でも、来月、ホワイトデーのお返しはできないかも。」
「何で?」
「期待してた?来月は引っ越しの準備をしないといけないから。」
「そっか、そうだよね。」

彼女はそう答えて、寂しそうに笑う。そんな顔はさせたくないけど、多分これから来月にかけて、何度もそんな顔をさせてしまうんだろうなと思う。それは嫌だと思っても、適当に言葉をかけて、ごまかすことはしたくない。

「じゃあ、20歳になって、お互い会う時に、お返ししようか。」
「大分、先の話だね。覚えてられる?」
「莉乃と過ごした日々は、ずっと覚えていられる。」
「すっごい自信。」
「何しろ、初めての事ばかりだからね。」
「そう?分からないよ。もっと、好きな人が理仁君にもできるかも。そしたら、上書きされて忘れちゃうかもね。」

そんな泣き笑いの顔で言われても、まったく説得力もないんだけど。

「そう言う莉乃にも、他に好きな人ができるかも。」
「・・・。」
「でも、他に好きな人ができてもいいよ。」
「!」

驚いて、顔をあげる彼女に、僕は笑って声をかける。

「たとえ、他の人を好きになって付き合ったとしても、やっぱり僕が良かったってなる。」
「・・すっごい自信。」
「僕は誰よりも莉乃を好きでいる自信がある。」
「・・・。」
「だから、離れても大丈夫だよ。」

僕は泣いている彼女の顔を見ないふりして、手を引いた。

「雪だるまでも作ろうか。」
「・・そんなに雪は残ってないよ。」
「じゃあ、雪うさぎとか。手袋付けてるから、大丈夫だよね?」
「濡れて手がかじかむかも。」
「そしたら、温めてよ。莉乃は掌が温かいだろ?」
「理仁君よりは温かいけど、そこまでの熱はないよ。」

そう言いながらも、彼女は公園の端に積もっている雪を掬う。

雪を小さなボールの形に丸めながら、莉乃が思いついたように呟いた。
「来週バレンタインデーだけど。」
「そうだね。」
「今年は、他の人からバレンタインデーのチョコ、貰わないでね。」

莉乃の方を見ると、彼女の頬が少し赤くなっている。好きな人からのお願い事に、応えない訳がない。
「好きな人がいるから、その人からしか貰わないと、断ればいい?」
「それはそれで、注目を集めそうだけど。」

彼女は涙の引いた顔を緩めて、クスクスと笑った。

昨年も、バレンタインデーネタを有森・古内シリーズで書きました。一年たって、2人の距離が大分近づいていることが分かります。
【短編】バレンタインデー

自分用にチョコレートはたくさん買いました。仕事上の知り合いの人が、バレンタインデーとホワイトデー、共に夫婦で交換していると聞いて、少し羨ましくなったのは、ここだけの話です。


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