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【短編】バレンタインデー/有森・古内シリーズその5

「これはまた今年もたくさんもらったな。」
テーブルの上においてあるものを見て、兄が素直に感想を述べた。

甘い物は嫌いではない。むしろ好きだけど、これだけの数を消費することを考えると、胸がムカムカしてくるような気がする。

「数が多いだけだから。全部義理?というか、友チョコでしょ?」
「そうなのか?とはいえ、毎年たくさんもらってくるよな。」
テーブルに置かれているのは、綺麗にラッピングされたチョコレートである。

今日は、2月14日だ。
好きな男性に、女性がチョコレートを渡して告白する日。

今日、学校でもらったものを、テーブルに並べただけである。これを少しずつ食べて、一ヶ月後にはお返しをしなくてはならない。正直義理チョコなら、くれなくて構わないと、いつも思っている。
今回だって、別に告白はされなかった。手紙とかもついていない。
ただ、恥ずかしそうに渡してきた女子は、何人かいたけど。

「それだけ、モテるってことじゃないか。」
兄が笑って、こちらを見つめた。
「本命から貰えなかったら、意味ないし。」
「本命なんているのか?初耳だな。」
兄のツッコミに、少し口を噤んでから、言い返した。
「いたらの話だよ。兄貴はいつも通り百合さんから貰ってるんだから、からかわないでくれるかな?」
兄は、なぜか自慢げに僕の肩を叩いてきた。何なんだ?照れてるのか?

兄は自分と5歳年が離れていて、大学生だ。大学の同級生である百合さんと付き合っていて、もう一年以上になる。本命を貰っていないわけがない。
分かっている。これは若干やつあたりが含まれている。自分の好きな人と付き合っていて、本命がもらえる兄に。

しかもこの大量のチョコレートを持って帰ろうとしたところを、クラスの女子に見られてしまった。
少し気になっている、その女子に。


「これはまたたくさんもらったね。大漁。大漁。」
席で帰り支度をしていたら、後ろから声をかけられた。
かばんの中にあるそれらを見て、ため息をついていたのも悪かった。
「有森君は、女子と仲良いものね。」
彼女は、呆れているというよりは、素直にその数に感嘆しているらしい。

よりによって、一番見られたくない人に見られてしまった。
「どうせ、全部義理だから。」
「そうなの?手作りとかもありそうだけど。」
古内は、僕に断って、チョコの品定めをし始めた。
このラッピング、可愛いね。などと感想を述べている。

「でも、手作りチョコは、食べないけど。」
「なんで?もったいない。」
古内は不思議そうに言った。
「前に貰った手作りチョコを食べたことがあるんだけど。」
「それで?」
「中に入ってたから。」
「何が?」
「それは。内緒。」

そう言ったら、古内は明らかに残念そうな顔をする。
「チョコの中に入れるものねぇ。おみくじとか?」
「おみくじ?」
「確かなかったっけ、ケーキとかクッキーの中に、おみくじが入っているやつ。」
「バレンタインデーのチョコの中には、入れないでしょ。それに口にした時点で、チョコまみれで読めないよ。」
「ラップとかで包んでおくとか?でも、そうだよね。だとすると何だろう?」

あれこれ考えている彼女の想像を断つように、僕は言葉を続けた。
「とにかく、手作りチョコを食べないのは本当。ごめんなさいして、さよならする。」
「ごめんなさいするって、誰に?」
「作ってくれた人とチョコに。食べ物を捨てるのは、罪悪感がでる。貰う時にも一応手作りの物は食べないって言ってるから、大分減ったけど。」
「いろいろ大変だったんだね。有森君。」
彼女は、僕の言い分に納得したように頷いた。

「皆女子だよねぇ。」
彼女はチョコを手放すと、しみじみとした様子で言った。
「どういうこと?」
「女の子らしいなってこと。」
「古内は参加しないの?」
「友達には渡したよ。市販のものだけど。友達からもお返しでもらった。」
友達ねぇ。お返しでもらったということは男子ではなさそうだ。

ニコニコと笑っている彼女に、不自然にならないよう気を使って、僕は言葉を投げた。
「その友達には、僕は含まれてないの?」
そう言葉を挟むと、古内は驚いたようにこちらを見た。
「これだけ貰ってるんだから、もういらないだろうと思ってたんだけど。」
「そうか。古内にとって、僕は友達ではなかったんだ。」
ことさら悲しそうに言ってみると、彼女は分かりやすく慌てだした。

「そんなことないよ。有森君は大切な友達だって。」
「じゃあ、古内も、友達の僕にくれるよね?チョコレート。」
「うーん。有森君、チョコ以外で好きな物はあるの?」
「チョコ以外?」
「だって、チョコばかりじゃ飽きるよ。まだ準備してなかったから、チョコ以外のものをあげる。」
「お煎餅とか?」

僕が口にした好きな物に、古内は目を瞬かせた。
「なぜ、そこでいきなり和なんだろう?しかも甘くないし。」
「家では、お祖母ちゃんがいるから、食べるのも和菓子の方が多いし。洋菓子よりも和菓子の方が好きなんだよね。で、チョコレートはとても甘いから、口直しってことで。」
「いいよ。探してみる。今日は無理だけど。」
「全然、構わないよ。」
「了解しました。では、またね。」
教室を出ていく彼女を見送りながら、僕はかばんを閉じた。

後日、古内から、有名店の煎餅のギフトを貰った。家族で食べてねと言われて。たくさんの種類があったので、各種類1つずつを自分用にして、残りを家族に渡した。
これも言うなれば義理だけど。それでも言ってみるものだと思った。
「うまっ。」
一人で貰った煎餅を食べながら、僕は口が緩むのを抑えることができなかった。

ちょっと早いですが、バレンタインデーが近いということで。(明日から3連休だし。)このところ気に入っている有森君と古内ちゃんに参加してもらいました。

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