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【短編小説】気づかれないようにしてるけど愛してる。

遼生りょうせいがスマホに目を向けながら、「木曜日、休みとったから。」と言った。その言葉に私は、洗い物から視線を上げて、彼の方を見たが、私に背を向けている彼は、もちろん気が付かない。

いつも、仕事バカの彼にしては、珍しいと思った。一応、私も休みを取ったほうがいいか聞いてはみたが、断られた。別に私と休みを過ごしたいわけでもないらしい。どこかに出かけるのかと聞いてみても、曖昧あいまいにはぐらかされた。

もしや、浮気でもしているんじゃないかと、疑念が浮かんだが、それなら休みを取ると私に言わなければいいだけのことだ。だって、いつも、私は出社してるけど、彼は在宅ワークも多いし、私がいない内に、相手を呼ぶ事だってできる。

さすがに、女性が家にいたら、帰った時に、私も気づくと思うんだけどな。でも、私、鈍いからな。そういうの。

遼生と一緒に暮らすようになって、3年。もう、私達は恋人同士ではなく、家族。恋人の間にただよう甘い空気のようなものは、もはやない。

それに、私は一度、彼に「そういうの、めんどくさい。」と呟かれてから、トラウマになっていて、夜に彼と寝る事もなくなった。彼も何も言ってこないから、私はそういう気持ちを押し込める事にしている。

なのに、私達は別れない。ずっと、変わらずに一緒にいる。他に出会いもないからなのか、環境が変わることに恐れを抱いているのか。遼生は、もう私を女として見てないんじゃないかとすら思っている。

私は、彼に気づかれないよう息を吐く。それでも、私は彼のことを愛している。


彼が休むと宣言した木曜日。
仕事を終わらせて家に帰ると、リビングのソファの上に寝ている遼生の姿があった。

服も、朝来ていた寝間着のままだったので、どこにも出かけてはないらしい。内心ホッとしてしまった。本当に休んで、一人で過ごす時間が欲しかっただけらしい。

よく寝ているので、私は彼を起こさないようにソファの脇に膝をつく。しげしげと彼の寝顔を眺める。ここ最近、見ることのなかった彼の顔。お互い、何かをしながら会話をすることが多くて、面と向かっておしゃべりすることもなかったなと実感した。考えてみると、私たちって、一緒にいる意味ってあるのだろうか。遼生もそう思ってたりしてないのかな。

私は彼を起こさないように注意しながら、彼の顔に自分の顔を近づけた。仰向けになっている彼の唇に、自分のものを寄せる。そういえば、最後にキスをしたのだって、何日前だったっけ。ヶ月単位?年単位?
私が感じた感触は、もちろん以前と変わっていないはず。
唇を外して、彼の様子を伺ったが、彼が起きる様子はない。思った以上に眠り込んでるらしい。疲れてるのかな。

欲求に抗えず、彼の髪に軽く触れる。
相手は眠っているのに、自分は結構大胆なことをしてる。そう思ったら、急に顔が熱くなった気がした。早く離れるか、彼を起こすべきだ。
なのに、私はこの状況を壊すのを惜しいと思っていた。きっと、先ほどのキスが、自分の中の何かを引き起こしたんだろう。

でも、いつまでもこんなこと続けてられないし。
これを最後にしようと思って、彼に再度唇を寄せてキスをする。その時、後頭部に何かが当たって、ぐっと顔が彼の方に押し付けられた。
自分の口の中に、ハッカの味を感じる。

「いつから起きてたの?」
「・・最初から。」

唇を外して、顔を逸らして問いかけたら、軽く笑みを含んだ声で、そう答えが返ってきた。口の中に感じたのは、歯磨き粉の味。歯みがきまでして、寝たふりして待っていたのかと、彼の用意周到さに恐れ入る。

「でも、私が遼生にキスするとは限らないよね?何で分かったの?」
「それならそれで。普通に起きるだけだし。」

彼はそう言って、私と額を付け合わせて、笑う。何となく、彼が張っていた罠に、まんまとかかってしまったような気がして、面白くない。

「それに、寝てる月羽つきはにキスしたことは、俺、何度もあるし。」
「何それ、全然知らないんだけど。」
「月羽。眠り深いよね。」
「・・キスだけしかしてないよね?」

彼は、私の言葉にキョトンとした表情を見せた後、苦笑した。

「・・起きるだろうと思って、さすがにしてないけど。」
「答えるまでに間があったけど?」
「いや、してる最中に、月羽が寝ぼけてるなということがあったかもと思って。」
「それ、いつの話?」
「えー。だいぶ前。仕事が忙しくなる前かな。」

だとすると、私が彼と一緒に寝なくなった時より前だ。
彼が私と寝なくなったのは、仕事が忙しくて連日連夜、夜遅く帰るようになった頃だった。トラウマになった言葉を発したのも、その時。
彼は、在宅勤務できる状態にはなく、夕飯も勤務先で食べていた。私は仕事から帰ると、一人で夕飯を食べ、一人で床についた。そして、朝起きる時には、彼がベッドの隣で寝ているという状態だった。

結局、その頃のことをそのまま引きずっている。私も彼も。今は、当時と仕事も変わっていて、引きずる必要はないのにも関わらず。

「でも、ちょっとドキドキしながら待ってた。」
「何で?」
「いや・・このところそういうのなかったから、また普段と変わらないかなと。」
「・・それは、遼生が面倒だって言ったんじゃない。」
「・・やっぱり気にしてた?あの時は仕事でそれどころじゃなかったんだよ。」

彼は、私の髪を掬って、その内のひと房を指に絡めた。

「このところは、月羽も忙しそうだし、疲れてるみたいだし。無理してしなくてもと思ってさ。」
「別に無理してなんてないけど。」
「自分の顔、ちゃんと見た方がいいから。人のこと言えないんだけど、たまには仕事休んでもいいと思うよ。自分の為に。」
「仕事ばっかりの遼生に言われたくない。」
「だから、今回休んだんじゃん。」

遼生は、私の首元に顔を寄せると、耳に息を吹きかける。変な声をあげないように、慌てて息を呑みこんだ。この状態は心臓に悪い。

「何か、このまましたくなってきたんだけど、駄目?」
「・・明日も仕事なんだけど。」
「夕飯は作ったよ。冷蔵庫に入ってる。食後のプリンも買ってきた。」
「いつの間に。」
「今日は休みだったから、時間はいくらでも。」

私は、彼の腕の中にいる自分の身体を見下ろした。今日は一日暑かったから、汗や体臭が鼻を衝く。

「でも、先にお風呂入りたい。」
「俺は全く気にしないけど。むしろ、この方が。」
「私が気にするの。」
「じゃあ、夕飯とお風呂を早めに済ませるで、どう?」
「・・ならいい。」

彼は、私の体を強く抱きしめて、「愛してるよ。月羽。」と耳元で囁いた。

タイトル決め、迷った。
このところ、恋人同士のやり取りを書いていなかったので、急に書きたくなった。交際期間の長さや仕事の忙しさって、そういうやり取りに大きく影響するよねって話。

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