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【短編小説】仲介役は、自分に向けられた好意に気が付かない。
クラスメートの男子から、今回の件の顛末を聞かされた。聞きながら、そうだろうなと思った。毎回、私の予想を裏切ってくれないかなと思いつつ、それが叶えられたことはない。
どちらにせよ、結局、私の橋渡しは実らなかったわけで、私は彼に向かって「ごめんね。」と言った。彼はそれに対して、困ったような笑みを浮かべる。
私に謝られても困るだけだろうとは、分かっている。でも、力になれなかったことには謝っておかないと。相手は、「気にしなくていいよ。」と言って、寂しげな顔でその場を後にした。私は、それを何も言わずに見送る。
「何、話してたの?」
声のした方に目をやると、同じくクラスメートの橋口君が立っていた。
「見てたの?」
「今、来たところ。坂本と話してたから、終わるのを待ってた。」
彼は、私に向かって、軽く首を傾げる。
「もしかして、告白でもされた?」
「違うよ。」
私が教室の自分の席に腰を下ろすと、彼はその隣の席に座る。そこは、彼の席ではないけど、どうせ放課後で誰もいないんだから、それを咎める気もない。
「美衣奈ちゃんへの仲介役を頼まれただけ。」
私の言葉に、彼は腑に落ちたというような顔をした。そして、フフッと笑う。
「坂本も、原のことが好きだったか。」
「仕方ないよ。美衣奈ちゃん、可愛いもの。私が男だったら、美衣奈ちゃんのこと、好きになってたと思う。」
原美衣奈は、私の友達で、とにかく可愛らしく、よく笑っていて、異性にモテる子だ。性格もよくて、非の打ち所がない。時々、彼女はなぜ私の友達でいてくれるのだろうと思ったりする。たぶん、私が彼女より秀でているものがあるとすれば、成績ぐらいだろう。
「橋口君は、美衣奈ちゃんのこと、好きじゃないの?」
「・・クラスメートってだけだな。」
ふーん、珍しい。
私は彼の顔をまじまじと見つめてしまった。彼は私と視線が合うと目を逸らせた。
「でも、前も原との仲介役頼まれてなかったっけ?」
「よく知ってるね。もう、何回目かな。覚えてないや。」
私がそう言って笑うと、彼は何か嫌なものでも食べたかのような、苦々しい顔をした。
「何で断らねぇの?」
「・・頼まれると断れないんだよね。それに告白するくらい好きになったなら応援してあげたいし。」
「それ、自分の好きな奴が、原に告白したいって頼んできても、受けるの?」
私は、彼に言われたことを頭の中で想像してみる。断るかもしれないし、受けてしまうかもしれない。
「分かんないな。その時になってみないと。」
「前田は頭いいのに、分からないことがあるんだな。」
正直言うと、勉強をすればするほど、成績は伸びる。問題には、正しい回答があるから、それを導けばいいだけ。でも、人の心なんて明確じゃないし、好きという気持ちだって、はっきり目に見えるものでもない。だから、皆、どうすればいいか分からなくて、右往左往する。私も、誰かを好きになったら、そうなるんだろう。
美衣奈ちゃんなら、どうすればいいのか分かるのかな?よく告白される美衣奈ちゃんが、誰のことを好きなのかも、話してくれたことはないから知らない。話してくれたら、私はその恋を全力で応援するのに。いつも、申し訳ない顔をして、男子の告白を断る美衣奈ちゃん。美衣奈ちゃんが逆に告白したら、きっとその恋は実るだろう。私の仲介は多分必要ない。
「俺だったら、断るよ。」
「そう?」
「代わりに、好きだって告白する。原じゃなくて、自分を見てって。」
彼が真剣な眼差しで私を見る。何だか、自分が告白されているようで、ドキドキする。顔が熱を持つような気がする。
「聞こえなかった?」
「・・橋口君。」
「好きだ。俺を見て。好きな人にならそう言う。」
「・・私にはそんな勇気はないかな。」
そう言い切れるということは、橋口君には好きな人がいるのかもしれない。自分に好きな人がいれば、もう少し想像しやすいんだろうけど、残念ながら、私にはいない。私は自分に自信がない。こんな私を好きになってくれる人がいると思えない。
彼の言うことは正しい。でも、自分の気持ちを告白することは、とても勇気のいることだ。好きな人がいなくて、傍から見ているだけの私がそう思うのだ。坂本君も、それ以外の私に仲介をお願いしてきた男子も、皆、私よりよっぽど強いんだろうな。
うんうん悩んでいると、彼は、言い過ぎたと思ったのか、少し表情を和らげて、言う。
「何てこと言ったけど、俺も告白したことはない。」
「まだ、坂本君の方がかっこいいんじゃない?」
うるせーよ。
彼はそう呟いて、その場に立ち上がった。私もつられて立ち上がる。そう言えば、橋口君は何の用事があって教室に戻ってきたんだろう?私がそれを訪ねると、彼はそれに答えずに「この後何か用事あんの?」と尋ね返してきた。
「部活もないから、真っ直ぐ帰るけど。」
「原は?」
「今日は用事あるって、先に帰った。」
「じゃあ、俺たちも帰ろう。」
私に背を向けて歩き出した彼の後を追うように、私もバッグを持って後に続く。結局、彼がここに来た理由がよく分からない。私を探してた?確かに最初に彼が言った言葉からすると、私に用があったと思うんだけどな。
「・・自分に向けられた好意には気づかないんだな。」
彼がため息とともに呟いたその言葉は、私には届かなかった。
「あ、はっしーだ。」
手を振りながら、自分のいる方向に走ってきたのは、クラスメートの原だった。特に急ぐ用事もなかったので、彼女が自分の横に立つのを足を止めて待っていた。
「今、帰り?」
「そう。」
「ね、ね、途中まで一緒に帰ろう?」
「なんで?」
彼女は俺の質問にただ笑みを浮かべるだけだった。先程、原がいた方向を見やると、後輩らしき男子が所在無さげに立っている。どうやら、彼から逃げてきたらしい。
「代わりに、棗の情報、教えるから。」
自分にしか聞こえないような囁き声で、口を動かすと、俺の腕に自分のを絡めた。
「おい。」
「大丈夫。今日、棗、委員会で、まだ学校だから。」
そのまま、彼女は俺を引っ張って、その場を離れようとする。俺は後ろを気にしながら、彼女に従った。
かなり歩いて、もう男子生徒の姿も見えなくなった頃、原は俺の腕をパッと離した。
「助かったよ。ありがとね。」
「余計なこと、吹き込んでないだろうな?」
「誰に?さっきの男子?それとも、棗に?」
「両方。」
彼女は近くにある自販機の前で立ち止まると、こちらを向いて、「何か奢って?」と言う。
「自分の金で買えよ。」
「細かいのがないんだもん。」
俺は、大きく息を吐くと、お茶を買って、彼女に手渡した。彼女は礼を言って、それを受け取る。
「誤解されるようなことは、何も話してないよ。」
「大体、何があったんだ?」
「いつもの事。でも、後輩だったから、ちょっと断り難くて、頼っちゃった。」
「いつもみたいに演技してやればいいのに。」
自分の言葉に、彼女は乾いた笑いを返す。
「純粋すぎてさぁ。私が女神様扱いになってた。そんなんじゃないのにね。」
「原さぁ。もうそういうの辞めたら?前田にも困るって言えば、あっさり辞めてくれると思うよ。」
「それはだめ。棗は私の力になりたいと思って仲介してくれてるんだから。」
原は、お茶を飲んで、俺のことを見上げる。
「それに仲介する時は、棗も私のことを考えてくれるでしょ?男子の目も私に向いて、棗には向かないから、一石二鳥。」
「でも、誰を仲介されたところで、断るんだろう?」
「学校の男子は、皆子供っぽく見えちゃうんだよね。棗が男子だったら、迷わず受けるのにな。」
原は、友達の前田棗のことが大好きだ。大人びた言動、優秀なところにベタ惚れらしい。だから、前田に自分の恋の仲介役をわざと頼んでいる。
そして、俺が彼女にあまり好意が持てないのは、自分と彼女に多くの共通点を感じるから。一番は同じ人を好きなことにある。
無意識にライバル視しているのかもしれない。
「棗は、このところ、恋バナをするようになってきた。何かしたの?はっしー?」
「いや、何も。」
そう答えながらも、この間の告白めいたものが、何かしら彼女に影響を与えたのかもしれないと、少し嬉しくなる。このまま、自分を少しでも意識してくれるといいんだけど。意識し過ぎて、話ができなくなるのは嫌だから、加減が難しい。
「私は、はっしーなら、棗を渡しても構わないよ。」
「前田は原のものじゃないだろう?」
彼女は、俺の言葉にクスクスと笑う。
「でも、棗に好きになってもらうのは、大変だと思う。あんなに魅力的なのに、自分に自信がないから。」
「原がそう仕向けてるんじゃないか?」
「私は、棗が他の人の注目を浴びないようにしてるだけ。棗の良さは私だけが知ってれば、十分だから。」
こういうところは、彼女と自分とで、意見が一致する。好きな人の良さは、自分だけが分かっていればそれでいい。
「あんまりのんびりしてると、卒業になっちゃうよ。私は卒業後も会うつもりだけど、はっしーは今のままじゃ難しいんじゃない?」
「余計なお世話だよ。」
「私としては、棗が好きな者同士、はっしーを応援してあげる。」
「原が関わると、わけ分かんなくなりそう。」
「失礼な。私は善意で言ってるのに。」
原は、俺の事を見上げながら、軽く首を傾げた。黙っていれば、確かに仕草一つ一つが可愛いかも。ただ自分には演技しているように思えてしまうが。
「今度、棗と勉強するけど、はっしーも一緒する?」
「行く。」
彼女は俺を見て、「必死だね。」と呟いて、笑った。
終
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