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【短編小説】私たちは、よく眠りたいだけ。

9月14日、10月12日につぶやいた140字小説を元に書き上げた短編です。

9月14日分
『私は、布団の上で目をつぶる前に、願うことが2つある。
1つは、夢の中で、あの人に会うこと。
1つは、目を開けたら、自分が一人ではないことだ。
あの人と別れることになってから、毎晩、私は願っている。残念だけど、どちらも叶わないまま、私は今日もその瞼を閉じる。』

10月12日分
『一人でいるのが、寂しいなんて、呟いてないで、さっさと寝てしまえ。
その前に、こんな話聞いたことある?
夢の中に出てくる人は、その人が自分のことを思ってくれてるかららしいよ。
きっと、君の夢には、私が出てくると思う。
それが分かれば、少しは寂しくなくなるかな。』

眠いなぁ。
私はパソコンに向かいながら、あくびを噛み殺す。
その時、私の隣に立った同僚の玉木さんが、それを見ていたのか、苦笑して、声をかけてきた。
「打ち合わせの時間ですけど。」
「そうだったね。」
私は、今日の朝のメールチェック等が終わっていることを確認し、その場に立ち上がる。

「ブースは空いてた?」
「それが全部埋まっていたので、ラウンジでいいですか?2人だけですし。」
「いいよ。」
私達は、ラウンジと呼ばれている部屋に入り、脇にあるコーヒーメーカーからコーヒーを各自注いで、ラウンジの一角に設置された丸テーブルに向かって、腰かける。

玉木さんから渡された資料を見ながら、2人で進めている仕事の進捗を確認し合う。進捗は順調なようだった。特に問題と思われる点は見受けられない。
「問題なさそう。このままだと、予定通り終わりそうだね。」
「はい。これも、亜森さんのおかげです。」
「私は何にもしてない。玉木さんの仕事が的確で早いからだと思う。」
彼は、私の言葉を聞いて、嬉しそうに笑みを浮かべた。

「これについては、もう大丈夫そうだけど。他に何か確認しておきたいことある?」
「仕事、関係ないですけど、いいですか?」
私は、壁にかけられた時計で、今の時刻を確認する。打ち合わせ終了予定の時刻までは、まだ時間がある。
「いいけど。まだ時間あるし。」
「このところ、亜森さん、寝不足みたいですけど、体調悪いのですか?」

私が彼の顔を見ると、彼は心配げな表情で、その視線を受けとめた。
「それを言うなら、玉木さんも相当、寝不足っぽいけど。」
「あぁ、分かります?」
「うっすら、クマができてる。」
「・・・夢見が悪いんです。」
「悪夢を見るとか?」

私の言葉に、彼は困ったような笑みを浮かべた。
「この間、恋人と別れたんですけど。その元恋人が夢に出てくるんです。」
「・・・それは悪夢じゃないよね?」
私からすればうらやましい内容だ。私は反対の理由で、よく眠れていないというのに。
「別れた原因が、相手の浮気だったんですよ。」
「・・・なるほど?」

彼は、大きくため息をつく。
「浮気してたのが分かって、別れを切り出しました。なのに、別れた後も彼女の夢を見なくちゃならないなんて。自分はどれだけ未練みれんがあったのかと。」
「私は、夢の中に出てくる人は、その人が自分のことを思ってくれているからだって聞いたことがある。」
「・・・相手が僕のことをまだ思っているってことですか?」

「浮気しておいて?」と、彼はやるせない表情を見せる。
「本当に浮気していたの?」
「そこは間違いないです。相手が浮気していたことを後悔してるんですかね?」
「それは・・私は玉木さんの恋人ではないから、分からない。でも、私は玉木さんが羨ましい。」
「羨ましい。なぜ?」

「私がこのところよく眠れないのは、夢の中で別れた恋人と会えないせいだから。」
「亜森さんも、恋人と別れたんですね。」
「先ほど私が話した理屈でいくと、彼は別れてから、私のことを思ってくれたことはない。ということになる。」
「そうなりますね。」
私は、うめき声をあげて、その場で頭を抱えた。

「亜森さん?」
「毎晩、短い薄い睡眠の後、目を覚ました時に一人だなって思うと、死にたくなる。」
「・・・追い込まれてますね。僕とは違う意味で。」
「・・・玉木さんの夢の問題は、解決する方法があるよ。」
「本当ですか?」
彼が、私の言葉に飛びついた。私が顔を上げると、身を乗り出して、私が何と言うかを見守っている。その切実さに、なぜか自分の口の端が上がる。

「誰かに自分のことを思ってもらえばいい。そうすれば、元恋人は夢の中から追い出される。」
「新しい恋をしろと言ってますか?」
「平たく言えばそうだね。」
彼は残念そうに姿勢を正すと、コーヒーを一口すすった。

「そんなに簡単にはいきません。」
「人を好きになるのは、難しくない。」
「似た理由で、眠れなくなってる亜森さんに言われたくないです。亜森さんこそ、さっさと新しい恋人作ればいいじゃないですか。」
「そう簡単にいけば、苦労してない。」
「ほら、同じことですよね。」

2人で、顔を見合わせると、私たちはぷっと吹き出して、クスクスと笑い始めた。周りに人がいるので、注目を集めないよう、口元を抑える。

「そろそろ、時間。」
「そうですね。」
手元の資料をまとめて、席を立とうとすると、彼がそれを引き留めた。
「何か、あった?」
「亜森さん。今日の夢には、僕が出ます。」
「え?」
「だから、代わりに僕の夢に亜森さんが出てきて、僕の元恋人を追い出してください。」

私が口を開けて、彼の方を見つめると、「そうすれば、お互いよく眠れます。」と言って、彼はニッコリと笑った。

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