見出し画像

【短編小説】一番、唯一、特別

ぼう有名な歌の歌詞に、『ナンバーワンにならなくてもいい。もともと特別なオンリーワン。』というものがあった。調べてみると、『オンリーワン』は和製英語らしい。『オンリーワン』と言われると、なぜか特別なものという感じがしていたが、前述した歌詞にも『特別な』と付け足されているように、『オンリーワン』には、特別という意味は含まれていない。英語の『only one』は「ひとつだけ」という意味でしかない。

でも、『オンリーワンの存在』というと、唯一無二とか、何かしら特別なもの、であるように思われる。なぜ、ここまで長々と『オンリーワン』について語っているかというと、好きな人にとって、どう思われるのが嬉しいのかをなぜか延々えんえんと考えているからだ。とはいえ、自分に、好きな人は今、いないのだけど。

「一番好きな人、唯一の彼女、特別な存在・・。」
「パソコンに向かいながら、ぶつぶつと呟いていると、変な人扱いされるから、止めた方がいいよ。」

隣から、こそっと声が飛んで、自分はそちらに視線を向ける。目の前のテーブルに文庫本を複数積み上げ、その内の一冊を手にして広げている。かたわらにあるアイスコーヒーの氷は大分溶けてしまっていて、量もあまり減っていない。相手は自分の視線を受けとめると、口の端を上げた。

「何か、言ってたか?」
「言ってたよ。好きがどうとか。」
「そうか・・・好きな人に自分がどんな立場というか、役割というか、どう思われたら嬉しいかを考えてたんだ。」
「・・・ふうん。」

相手は、自分の言葉を受けて、首を傾げた。一応、考えてくれるらしい。本をたくさん読んでいるから、いい答えを返してくれるかもしれない。

「例えば、どんな表現を考えてるの?」
「一番好きな人、唯一の彼女、特別な存在とか。」
「オンリーワンの存在ってこと?」
「オンリーワンには、一つだけという意味しかなくて、特別という意味はない。」
「そうなんだ。」

相手は、軽くその瞳を輝かせた。自分と同じように『オンリーワンの存在』について、考えていたのだろう。一つ、相手に知らないことを教えられたというだけで、自分の気持ちが上向くのはなぜだろう。

「でも、拓斗たくとが好きな人にどう思われたいかを考えればいいんじゃないの?」
「お前は、俺にそんな相手がいると思っているのか?」
「・・・いつも、恋愛がテーマの仕事を貰うと、うんうんうなって、パソコンに向かっているのを見ると、いないと思う。」

俺は、座っている椅子の背もたれに、背中をつけて、天を仰いだ。
「前に書いたやつの評判が良すぎたんだよな。何であれが良かったんだろう?」
「私も読んだけど、面白かったよ。あの記事。」
「あれから、持ち込まれる仕事に、恋愛系が増えたんだよなぁ。まぁ、報酬にプラスされるから、割はいいんだけど。」

結果、何かしら表現の種を得るために、カフェで仕事をする時に、茉穂まほを誘うようになった。彼女はいつも俺が仕事をしている横で、大量の文庫本を読み漁っている。その最中さなか、このように表現なり、こういう時にはどのように思うかとか、意見をやり取りする。誘われることに、彼女は特に文句も言わない。代わりに、彼女がカフェで飲食する分は、俺が支払っている。多分、これはwin-winの関係だろうと思う。

「・・・で、さっきの件なんだけど。」
「うん?」
「私なら、全部かも。」
「全部って・・一番好きな人、唯一の彼女、特別な存在、全部ってこと?」
それは欲張りだなぁ。と続けると、彼女は気を悪くしたのか、かすかに眉をひそめて、口をつぐんだ。

その後、改めて口を開く。
いて言えば、特別な存在かな。」
「特別って、複数あることになるけど、それでもいいの?」
「好きって気持ちは、あんまり順位付けできないものだと思うし、唯一も惹かれるけど・・・。」
「じゃあ、特別なオンリーワンの存在がいいということ?」
「何か、しまらないね。」

俺たちは、その事について、その後もかなり長い間意見を交換したが、結局、いい所に答えが着地しなかった。記事では、『特別な存在』で記述した。それを2人で読んでも、何となくしっくりこなかったが、記事の評判はそれなりに良かった。


いい天気だった。
ヘリで向かった雪山の嶺は、青空に映えていた。ヘリはそのまま、幾分平らになったところに着地をし、ヘリに乗っていたスノーウェアを着た人々を吐き出した。この後、雪山をいくらか登り、上からスキーまたはスノーボードをつけてくだる。

スキーを担いだ俺の隣には、ボードを抱えた茉穂が立った。ニットキャップと、ゴーグル、ネックウォーマーで顔はほぼ隠れてしまっているが、僅かに見える頬は、寒さに上気している。彼女は自分の顔を見ると、嬉しそうに笑った。

「綺麗だね。辺り一面、真っ白。」
「空は青くて、映えるな。」

それから汗だくになって、雪山を登った。雪の上を歩くので、とにかく歩きづらい。一応、他の人も歩いているので、道らしきものはついていて、踏み固められている。一部、階段のようになっているところもある。それでも、スノーウェア自体が歩くのに向いていないし、スキーやボードを抱えているので、辛い。が、この後、素晴らしい景色を見て、滑ることができると思い、彼女を支えながら、登った。

途中、少しだけ開けたところに、腰を下ろして休む。スキーとボードは、雪に深く差して、動かないようにし、彼女と身体をぴったりと合わせて、横に並んで座った。俺は、自分の息が整ったのを感じると、彼女の方を見て、口を開く。

「茉穂。」
「なあに?」
「茉穂は、俺にとって、一番好きな人で、唯一の彼女で、特別な存在だ。」
「・・・拓斗。」
「俺とずっと一緒にいてくれないか?」
「それは、プロポーズ?」

歩いてきた理由とは違った意味で。自分の顔が熱くなるのを感じた。彼女は目を細めて笑っている。

「私にとっても、拓斗は、唯一の特別な人だよ。」

俺は、そう言った彼女の体を、力強く抱きしめた。

短編の冒頭の歌は、SMAPの「世界に一つだけの花」です。
また、ヘリで山の上の方に行って、スキー、スノーボードを楽しむのは、栂池スキー場の「栂池ヘリスキー・スノーボード」を参考にして書いています。

サポートしてくださると、創作を続けるモチベーションとなります。また、他の創作物を読んでくださったり、スキやコメントをくだされば嬉しいです。