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【短編小説】一人にはしない

「僕はずっと美玖みくちゃんのこと、好きでいてあげる。」

「ずっとなんて無理だよ。陽ちゃんだって、他に好きな人ができたり、結婚したりするでしょ?それに、あげるなんて上から目線。」

また始まったと、私はそっけなく返すと、彼はいつも大人びた笑みを返す。

「僕は、美玖ちゃんに好きな人ができても、結婚しても構わないよ。」

「何それ。」

「美玖ちゃんが一人で泣いてることがなければ、それでいい。」

「陽ちゃんに心配されなくたって、私には友達も家族も、今はいないけど恋人だっていつかはできる。だから大丈夫。」

最後には、彼が私のことを抱きしめて終わる。
でも、私たちは恋人同士ではない。

陽稀ようきは、いつもそうだ。私の側にいてくれる割に、付き合おうとはしないし、好きという割に、私にしてくれるのは、抱きしめてくれるところまで。それ以上は、たとえ求めてもしてくれない。それをしたら、別れた時に側にいられなくなるから、と言う。

だから、私も陽稀のことを好きだという気持ちにふたをする。伝えたところで、私が彼と恋人同士になることも、将来結婚することもたぶんないから。彼は、私と仲がいいだけで、他の男の子より近い距離の親友だと思うことにした。

でも、本当は、陽稀はあまりにも距離が近くなって、自分が嫌われることを、私を嫌いになってしまわないかを恐れていて、ただ、一人でいるのが寂しいから私を求めていたんだと、気づいた。
私は、恋人同士になることも、結婚もしなくていいから、ずっと一緒にいようと、強く言ってあげればよかった。それだけだったんだ。

でも、それに気づいたのは、黒い木枠に囲まれた彼の写真を見た時だった。

私は結局、彼に何も言うことができなかった。


私は病室で一人宙を見ている。
体調は思わしくない。でも、もう十分生きた。

交通事故で陽稀ようきが亡くなってから、私は一人寂しく生きてきたのかというと、そうでもなく。私は他に愛する人を見つけ、結婚し、子どもや孫もできて、幸せに暮らした。

困ったことは、一人で泣くことができなくなったことくらい。だから、誰かの前で泣く時だけ、陽稀のことも思って泣いた。プロポーズされて嬉しかった時も、結婚式の時に感極まって泣いた時も、子ども達が入学や卒業でともに涙を流した時も。

そして、夫は他界し、私はまた一人ぼっちになった。

私は一人でもそれなりに楽しく暮らしてきたつもりだ。でも、歳には勝てない。ちょっと体調を崩したら、あっという間に体が動かなくなり、今はほぼ寝たきりだ。たまに子どもや孫が見舞いに来てくれるが、それ以外は寝ていることも多くなった。

たぶん、もうそう遠くなく、私は死ぬだろう。これは天寿てんじゅを全うしたと言えると思う。

向こうの世界にいる陽稀や夫は、私のことを待っていてくれるだろうか。
それとも、既にどこかに生まれ変わっているかもしれないな。
結局、死ぬ時は、誰でも一人だ。

「僕の声は、聞こえてる?」

目を開いたら、懐かしい顔が私のことを覗き込んでいた。

「陽ちゃん・・。」

「やっと、僕の声が届いたんだね。久しぶり。美玖みくちゃん。」

「なんで?」

私のことを見て、彼はあの大人びた笑みを浮かべた。

「一人にしないって、言っただろ?」

「私を置いて行ったよ。」

「ずっと、美玖ちゃんの事、見てたよ。確かに、一人で泣いていなければいいとは言ったけど、だからって、一人でいる時に泣かないなんて。」

真面目だね。と言って、彼は私の体を腕の中に引き寄せる。

「ずっと、私のことを見てたなんて、悪趣味。」

「だって、僕は君のことがずっと好きだから。」

「でも、私は陽ちゃん以外の人を愛したし、結婚もしたし。」

「僕は、そうしていいって、言ったはずだ。」

「・・私が好きなのは、陽ちゃんだったんだよ?」

「僕は、自分のことが嫌いだった。だから、美玖ちゃんと付き合って、いつかは嫌いになって、僕の前から消えるのが嫌だった。」

「そんなの、付き合ってみないと分からないじゃない。」

「試してみて、本当になってからじゃそれこそ遅いんだよ。」

彼と、私の話は、平行線をたどる。やっぱり、付き合っていたらうまくいかなかったかもしれない。でも、もうどうでもいいんだ。私はここで終わるんだから。

黙りこくった私を見て、彼は私の手を包んで、力を込めた。

「さぁ、一緒に行こう。」

私は、もう片方の手で、彼の体にしがみつく。

「陽ちゃん。」

「なに?美玖ちゃん。」

「陽ちゃんは、ずっとここにいたんだね。今度はずっと一緒にいよう。」

そう言ったら、彼は優しく微笑んだ。


「もう、早く支度しなさい。陽稀ようき。」

「もうちょっとで終わる。待って。」

早く登校しろとせかす母親に、洗面所で鏡に映る自分から視線を逸らして答える。母親は、それに呆れたような表情を返した。

「大して変わらないから。顔洗って、歯磨いて、早く出なさい。」

「分かってる。」

美玖みくちゃん。待ってるわよ。」

「分かってる!」

母の言葉を背に玄関ドアを開けると、玄関先で待っていた彼女がこちらを向いて、ニッコリと笑う。朝の眠気も、彼女の笑顔を見たら、吹っ飛ぶというものだ。

「おはよう。陽ちゃん。」

「おはよう。」

いつも、その日の予定や見た動画の内容とか、大したことのない内容の会話を交わす。重要なのは、今、2人で一緒にいるという、この事実。

「どうかした?」

「なんだ。美玖はずっとそこにいたんだな。」

頭の中に咄嗟に浮かんだフレーズを口にすると、彼女はそれを茶化すことなく、優しく微笑んだ。

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