【小説】目が覚めたら夢の中　第37話：覚醒

覚醒

窓から強い日の光が差している。
さすがに硬い床の上で寝ていると、身体が痛い。
身体を起こした後、身体の下にひいてあった布をたたみ、机の上に放り投げる。
寝台の側に立ち、中を覗き込む。

プラチナブロンドの髪の少女が2人並んで眠っている。
手をそれぞれの顔を近づけてみると、手前の少女は息をしていなかった。奥の少女は規則正しい寝息を立てている。
手前の少女は元々のテラスティーネの身体、奥の少女は私が新しく作った人形だ。
眠りに入ってから今日で6日。多分明日にはまた夢の中でテラスティーネに会える。それまでに移行が完了しているといいのだが。

アメリアの意識の移行の作業を始めてからは、ずっと工房で寝起きしている。私がいない時にアメリアが目覚めて、勝手に結界の外に出られては困るからだ。おかげで寝台に寝られず、さらに寝不足が加速している。
テラスティーネとは、だいたい1週間か10日に一度しか夢の中では出会えない。今後の行動予定について話し合おうにも相手がいないので、工房にいる間は回復薬やお守りなどを作って時間をつぶしている。

「う～ん。」
奥の少女が寝返りをうつと、その瞳をゆっくりと開いた。赤い瞳が私の姿を認めると、寝台の上に跳ね起きた。
「カミュスヤーナ様！」
「待て待て！服を着ろ。」
身体を起こしたと同時に、掛けられていた布を跳ね飛ばしていた。服を着ない状態でこちらに向かおうとするのを、慌てて押しとどめる。

「ああ、申し訳ありません。服を取っていただけますか？」
アメリアが机の上にある服を指差す。私は服をアメリアに投げてやり、テラスティーネの身体には布をかけ直してやった。アメリアがその間に手早く服を着ていく。

「移行は完璧ですね。視界も良好。」
テラスティーネの身体をまたいで、アメリアは寝台の横に立ち上がる。
「それにしても、だいぶ時間がかかったな。」
「そうですか？掌を介してなので、時間はかかると思っていましたけど。」
それとも、口づけで一気に移行したほうがよかったですか？とアメリアは小首をかしげる。

「いや、時間はあったからいい。」
意識を他者に移す方法は、掌を介しても行えるが時間がかかる。口づけの方は時間がかからず一気に行える。より身体の内部に近い粘膜を介する方が、効率がいい、ということだ。

ちなみに今回はまっさらな人形に対し、意識を移しているので、抵抗するものがなく、より早く移行可能だ。それでも6日かかっている。テラスティーネの意識を元の身体に移すのには、一時アメリアの意識が入っていたということもあり、これより時間がかかるだろう。

アメリアの新しい身体を造るのに1月弱。それからテラスティーネによって、身体を修正するのに1週間。アメリアの意識の移行に6日。後のことを考えると、テラスティーネの意識の移行にそれほど時間はかけられない。

「カミュスヤーナ様。私は任務に戻ります。そちらの準備が終わりましたら、お声がけください。」
アメリアが私の隣で跪ひざまずく。
私はアメリアの頭に右手を置き、暗示をかけた。アメリアの姿が消えるのを見届ける。

寝台に横たえられているテラスティーネの頬に手を当てる。手には冷たい感触があった。
意識がない状態で身体を長い間放置しておくのは、良いこととはいえない。
私はテラスティーネの左手を布の下から探り当て、右手で握った。掌を介して、少しずつ魔力を送り込む。私の魔力で彼女の身体を守るために。

手もひんやりとしていて熱はない。もちろん身体はピクリとも動かない。
まるで死んでしまったかのような。
彼女の意識は私の夢の中で眠っている。
それはわかっているのに、背筋が寒くなるのを感じる。

私は以前彼女のことは私が幸せにすると誓った。
彼女は夢の中で幸せだと語った。
それでいいのではないだろうか。
そう思い切ろうとすると、別の言葉が私の心を揺さぶる。

私は魔人だ。人間の中では異分子いぶんし。一緒にいれば、最悪、彼女は今、目の前にいるように、身体の熱を失って果ててしまう。それも私の手で。
でも、私は彼女を手放したくない。彼女の側にありたい。彼女の全てが欲しい。
彼女を失ったら、私はもう生きていられないかもしれない。

「なんだ・・？」
急激に眠気に襲われた。立っていられなくなり、寝台の横に膝をつく。寝台の端をつかんで身体を支える。瞼まぶたが開けていられない。
自分の頬にふわりとした温かい感触を感じる。
霞かすみゆく目で私が見たのは、青い眼を細めて微笑む彼女の姿だった。