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【短編小説】貴方が夢に出てきました。(続 私たちは、よく眠りたいだけ。)

玉木さんと手掛けていたプロジェクトが終わったので、私達は仕事帰りに、近くの居酒屋で、打ち上げと称した飲み会を行うことになった。飲み会と言っても、参加メンバーは、私と玉木さん、2人しかいないのではあるが。

「無事終わってよかったですね。」
既に乾杯を済ませ、手元に持ったビールを口にしながら、彼がしみじみと告げる。
「まぁ、次の仕事も決められちゃったけどね。」

今回の仕事の成果がよく、私達はまた別の仕事を与えられることとなった。私と玉木さんは、今回の仕事の成果から組ませたほうが、質も効率も上がると、みなされたらしい。

私は、まあ、玉木さんとセットとみなされても、仕事の質や効率が上がるから、別にいいんだけど、彼はそれをどう思っているんだろう?

「次も、亜森さんと一緒なので、何も心配してませんけど。」
彼は、キョトンとした顔で、そう言って、またビールを口にした。
「それより、今日は打ち上げなんですから、次のことは置いておいて、この時間を楽しみましょう。」
彼は既にテーブルに置かれていた枝豆を手に取った。
「・・それもそうね。」
私も、彼と同じように枝豆に手を伸ばした。

「そう言えば、このところ、亜森さん。顔色良くなりましたね。」
そう言われて、私の体がぴくっと反応した。
「よく眠れているからね。」
「僕は夢に出てきましたか?」
「・・出てきたよ。」
私の言葉を聞いて、彼が本当に嬉しそうに表情をほころばせた。仕事している時には、あまり見ない表情なので、それに見とれそうになる自分を必死に抑えた。

「それは良かったです。毎晩、亜森さんのことを考えて、寝た甲斐かいがありましたね。で、夢の中で、僕は何をしてましたか?」
「・・2人で仕事していたけど。」
自分でも歯切れの悪い回答だと分かっている。でも、本当のことは、とても言えない。彼にとって、私の回答は思っていたものと違ったようだ。分かりやすく表情が変わった。

「それは、残念です。・・・えっと、以前の恋人は夢には出てきますか?」
私は彼の問いに、首を横に振った。結局、元恋人は別れてから、一度も夢には出てこなかった。夢の中では、私の元恋人の位置に、目の前の彼がいる状態になっている。とても、本人にそのことを告げられないけど。
「それでも、よく眠れているんですよね?」
私は首を縦に振る。そして、頭の中の夢の情景を消し去るように、ビールが入ったグラスを空にした。

「そう言う、玉木さんはどうなの?夢の中に元恋人は出てくるの?」
「出てきません。」
彼はきっぱりと言って、フフッと笑う。顔は若干赤くなってきている。彼はビールを飲み切ったら、日本酒に切り替えていた。
「確かに以前のような寝不足な様子は、このところ見てないけど。」
「全ては、亜森さんのおかげです。」
彼の顔に浮かんだ笑みが消えない。ご機嫌な様子が見受けられる。

「あの話をしてから、本当に夢に亜森さんが出てきてくれるようになりました。おかげで元恋人は現れなくなった。亜森さんも僕のことを思ってくれたんですね。」
「・・一応、約束したから。」
正確に言うと、彼が私の夢の中に出てくるようになったから、私が彼のことを考えざるを得なくなったのだ。
「とても嬉しいです。ありがとうございます。」

彼のとろけるような笑みを見て、夢の中の彼と重ね合わせてしまい、かつ、お酒の力もあってか、顔にカッと熱が集まる。
「亜森さん、顔、真っ赤ですね。」
可愛いなぁ。と言葉を続けて、クスクスと笑うものだから、私は恥ずかしくなって、視線を逸らしてしまう。
「私は・・夢の中では何をしているの?」
「それは・・言えません。」

彼は、自分の下唇に指を当てて、それを横にスライドさせた。
「少なくとも、ただ仕事をしているだけではないです。夢だから、自分の願望が入っているんでしょうけど。」
「願望・・?」
だとしたら、自分の願望も、夢に反映されているんだろうか?私は、彼のことが。

「亜森さん。大丈夫ですか?気分が悪いとか。」
私が黙り込んだので、心配そうな表情で、彼が身を乗り出してきた。
「大丈夫。楽しいよ。」
「なら、いいんですけど。無理はしないでください。」
「・・ねぇ、玉木さん。」
「はい。」
「お互い、よく眠れるようになったから、もう寝る前に相手のことを考えるの、止めにしない?」

なんで、こんな簡単なことに気がつかなかったんだろう。元々、寝不足を解消するために始めた事だ。よく眠れるようになったんだから、この事自体、止めにすればいい話だ。

でも、私の提案を聞いた彼は、バツが悪そうな顔をして、姿勢を正した。
「あ~。すみません。」
「はい?」
「それは、できないです。止められない。」
「なんで?」
「・・。」

珍しく、彼の方が黙り込んだ。彼を見つめながら、その言葉を待っていると、店員がやってきて、ラストオーダーだと告げた。
彼はハッとしたように視線を上げる。
「自分はもう特に頼むものはないです。亜森さんは?」
「私も大丈夫。」
「では、お茶をお持ちします。」
そう言って、店員はメニュー表を受け取って、背を向けた。

店員の背中を見送った後、彼は私に視線を向けた。
「僕は、亜森さんのことを思うことは止められませんが、亜森さんが僕のことを思うのは、止めてもらっても構いません。」
それは無理だ。と私は心の中で、その問いに答える。彼がこの行為を止めないなら、夢の中に彼が出てくることになり、それに伴って私が彼を思うことも止められない。

「でも、亜森さんの夢の問題は、解決できてないのではないでしょうか?」
少し、お酒が引いてきたのか、彼の口調が丁寧なものに戻っている。
「問題って?」
「言ってたじゃないですか。短い睡眠の後、目が覚めて一人でいると、死にたくなるって。」
「よく覚えているね。」
「短い睡眠の件は解決しましたが、その後の問題は解決してませんよね?」

「してないけど・・。」
「亜森さん。今日、この後、家に来て、飲み直しませんか?」
「はい?」
「明日休みですから、そのまま泊っていっても、構いませんし。」
「男性の一人暮らしのところに、泊まるのは、女としてどうなの?」
「大丈夫です。うち2部屋ありますし。亜森さんは寝室で寝て、僕はリビングで寝ればいいと思います。」

寝る場所を分ければいいという問題でもないような気がする。でも、飲み足りないという思いと、朝、目が覚めた時に、一人ではないという状態は魅力的だ。よく眠れるようにはなったが、目が覚めた時の寂しさは、見ている夢のせいもあって、増加しているような気はしているから。

「・・止めておく。」
「ダメですか?」
「起きたら誰かがいるのは魅力的だけど、安易あんいに流されてはいけない。と思った。」
彼は、私の言葉を聞いて、テーブルの上に、身を伏せた。

「玉木さん。」
「じゃあ、代わりに家まで送らせてください。」
私の呼び掛けに、彼は顔を伏せたまま、そう言った。
「家まで来たら、終電無くなるかもよ。結構遠いから。」
私はその後、最寄り駅の名前を告げるが、彼はかぶりを振った。
「それでも、構いません。一人で帰すのは、心配なので。」
「心配性だなぁ。」

彼は、恐る恐る顔を上げた。
「僕のこと、嫌いになりましたか?」
「・・・嫌いになる要素、どこかにあったっけ?」
「家に来いとか、誘ってしまったし。」
「魅力的な提案だと思ったって言ったよね?でも、まだ早いでしょう?それくらいで、嫌いにはならないよ。」

彼は、顔を赤くして、視線を伏せてしまった。私は何か変なことを言ってしまっただろうか?一応、自分の素直な気持ちを口にしたはずだったんだけど。

彼が深々と大きなため息をつくのを、私は余ったお酒を飲みながら、見つめていた。

リクエストに応えて、続きを書いてみましたが、終わってないですね。毎晩、相手のことを考えてから寝るって、もう恋愛です。今回は亜森さんが勝ちました。
以前投稿した「今日が誕生日の君に捧ぐ。」「僕は事あるごとに君のことを考えていた。」っぽいです。こちらも続きそうで、先を書いてませんけど。

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