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【短編小説】White Sweater 後編 ♯アドベントカレンダー ♯聖夜に起こる不思議な話

White Sweater 後編

優子は川沿いの土手の上に、腰を下ろしていた。空には柔らかい光で地上を照らしている月や星がある。眠りに包まれた住宅街。完璧な静寂がここにある。
優子は手に持っていたセーターを抱きしめた。

もし、彼が今、このセーターを手に取って、着てくれたら、一体何と言っただろうか?案外、1年も経ったら、体が大きくなっていて、もうこのセーターが小さくなっていたりして。
サイズを調べるのに、青人せいとのお母さんにも協力してもらったのにな。
彼を送る時に、着せかけてあげればよかった。そしたら、彼も寒くなくて、喜んでくれたかもしれないのに。

結局、青人が亡くなってから、私はその事実を認めたものの、受けとめきれなくて、彼の葬儀にも参列していないし、最後に彼に会うことも、さよならを伝えることもしていなかった。

奥に見える鉄橋を、電車が音を立てて通過する。
一緒に帰る途中、ここに座って、飽きるまで2人で話していたことを思い出す。
そういえば、初めて彼に声をかけられたのも、放課後この辺りを歩いて、家に帰っている最中だった。

「あの・・都中さんですよね?」
川の方から戸惑ったような声がかけられた。手に持ったセーターに顔を埋めていた優子は、ハッとして顔を上げた。河原のところに人影がある。優子の方からはその表情が見えない。でも、その声には聞き覚えがあった。
「何で・・。」
「よかった・・。」
相手はホッとしたような声音で言うと、そのまま優子の前まで、土手を上がってきた。優子の近くに来て、身を屈めて、その顔を近づけた。

ずっと会いたい、もう一度会いたいと思っていた。
それが叶わないと分かっていても、願わずにはいられなかった。
その彼が、今、優子の目の前で、優しい笑みを浮かべている。

上矢かみや君。」
「ちゃんと覚えてた?僕のこと。」
「当たり前じゃない!忘れた事なんてない。」
「・・・ごめん。こんなことになってしまって。」
「ほんとだよ。何で私を置いていくの?」
「ごめん。」

青人は、その場に膝をつくと、優子の体を抱きしめた。
優子の目が見開かれたが、その後表情が曇る。
抱きしめられている感覚はあるのに、その温かさは感じられない。これは、あの時、彼の顔に触れて感じた冷たさ。優子の目から涙が溢れた。

「か・・青人。私、青人のことが好きなの。」
「・・・。」
「ずっと青人のことが好きだったの!」
青人はそれに答えなかったが、その代わりのように優子を抱きしめる腕に力を籠める。
「だから、一年前からセーター編み続けて・・クリスマスの日に渡そうって決めて・・。」
「・・・。」
「この気持ちもその時に伝えようって。好きだって言おうって、なのに。」

「都中。もう僕のことは忘れて。」
青人が優子の耳元で囁いた。優子はその言葉にビクッと体を震わせる。
「僕は都中の側にいられない。」
「そんなことできないよ。」
「都中には、もうこれ以上僕のことで泣いてほしくない。」
青人は、優子から離れると、彼女が持っていたセーターを取り上げた。そして、その場で着始める。

白いセーターは、青人にピッタリだった。彼は、自分の胸に手を当て、ニッコリと笑う。
「僕は、君のぬくもりと気持ちを貰ったから、寂しくないよ。」
「・・・青人。」
「僕に渡せなかったのが心残りだったんだろ?貰っていくから。」
優子は言葉なく、何度も頭を縦に振った。

青人は、優子の手を取ると、その手に何かを握らせる。
それが何か、実は優子には分かっていた。
「これ、私の部屋の引き出しにあるはずなのに。」
「そこからちょっと借りた。本当は会った時に渡すつもりだった。」
きっと、僕のバッグに入っていたから君に渡ったんだろう?と、青人は言う。

そう、事故に会った時に、彼のバッグには、綺麗にラッピングされた小箱が入っていた。きっと、優子へのプレゼントだったのだろうと、彼の両親が優子に渡してくれたのだ。

「今、着けてもいい?」
「もちろん。僕に見せてほしい。」
優子は、それを左の手首に付けた。細い金色のチェーンのブレスレットだった。
「とても、よく似合ってる。」
「・・やっぱり、青人のことを忘れるなんてできない。」
青人は困ったように、頭に手を当てた。
「・・僕も未練たらしく、プレゼント渡してるしね。忘れろと言いつつ。」

青人は大きく息を吐くと、また目の前の優子の体を抱きしめた。
「都中。」
「・・青人。」
「メリークリスマス。」
「メリークリスマス。」
「君と過ごす最初で最後のクリスマス。」
「やっぱり、そうなんだ。」
「僕も、君のことがずっと、ずっと好きだった。」
「・・・。」
「だから、幸せになれよ。」

「うん。」と頷いた優子の前から、青人の姿は音もなくかき消えた。最後に優子が見たのは、とても嬉しそうな彼の笑顔、優子が好きなその笑顔だった。

◇◇◇◇

「優子ぉ!いい加減起きないと、遅刻するわよ!」
「もう起きてるから!」

階下から聞こえる母の呼び声に、優子は同じ音量で答えを返す。
今日は今年最後の大学の講義。その後友達と、近くの飲食店で、クリパもどきの飲み会がある。優子は自分の姿を鏡で確認した。大学に行くから、あまりかしこまった格好はできないけど、普段よりは綺麗めの服装をしている。

優子は机の引き出しを開け、中のトレイに置いてあった金色の鎖のブレスレットを、左手首に付けた。そして、トレイの隣に置いてあるノートの表面を優しく撫でる。

青人と再会した不思議な聖夜の翌日。
彼の母から、このノートを手渡された。一見すると普通のノートだが、青人は日記として使っていた。12月24日。彼が事故にあう前日の夜で、その日記は終わっていた。
青人の部屋には既に何度も入って、整理していたのに、急に見つかったと言って、彼の母は不思議がっていた。

優子は、その日記を彼に悪いなと思いつつ読み、最後まで読み終わった後、きっと彼はこれを渡したかったのだろうと考えた。だから、この日記を部屋から見つかるようにしたのだろうと。

青人。私は幸せになる。でも、青人のことも決して忘れない。

「行ってくるね。」

優子は、机の引き出しを閉じて、部屋を出た。


12月24日(日)

明日はとうとうクリスマスだ。
会ってうまく伝えられるだろうか。

もう都中に渡すプレゼントも買ってしまったし、待ち合わせの時間も場所も決めてしまった。
でも都中を前にしたら、何も言えなくなるかもしれない。
きっと、びっくりするだろう。
都中は僕のことを異性だと思ってないだろう。でも彼女を見かけた時から。
ずっと、都中優子のことが好きだったんだ。

この気持ちを伝えようと何度思っただろう。
同じクラスで登下校が同じ。
来年になったら僕も彼女も違う高校に行ってしまう。それは、嫌だったから。
だから、明日は伝えるんだ。僕の気持ちを。
好きだって、ずっと好きだったって。

高校生の頃、書いた作品は、どれも7000字前後。今の私の作品よりもかなり長め。しかもこれを全てノートに手書きしてました。今回は初出のため、前・後編に分けて投稿しました。

今回、大きく変えたのは、連絡に公衆電話を使っていたところと、ラストです。セーターを燃やして、天にいる彼に届ける話になっていたのですが、現状、セーターを燃やせるところがないので(野焼きは法律等で禁止されてる)、大きく変えました。

以前の文章の方が、感情は豊かな気がします。前の方がいいと言われると、それはそれで複雑な気持ちになります。


今回の作品は、アドベントカレンダーの企画に参加しています。

私の創作物を読んでくださったり、スキやコメントをくだされば嬉しいです。