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【小説】恋愛なんてよく分からない(仮) 第5話 我が主

第5話 我が主

カミュスヤーナは腕の中のテラスティーネを抱えたまま、右のてのひらを下ろし、ソファーに腰を下ろした。

「兄上、彼は何者ですか?」
ソファーに座って、こちらのやり取りをすべて見ていたアルスカインが、問いかけてくる。きっと、それまでは口を挟みたくても、挟めなかったのだろう。

「魔王ディートヘルム。」
「また・・魔王ですか。」
アルスカインは、頭に手を当て、大きく息を吐いた。

「すまない。他の魔王が彼に私たちのことを話したら、興味を持たれたらしい。」
「テラスティーネが突然、兄上と離縁すると言い出したのも、それが原因ですか?」

「奴は、魅了みりょうの術にたけているらしい。たぶん、術をかけられたのだろう。」
カミュスヤーナは膝の上のテラスティーネの頭を撫でた。先ほど急遽きゅうきょ就眠の術をかけたため、彼女は規則正しく寝息をたてている。

「術の解除はできるのですか?」
「それが・・無理かもしれぬ。」

就眠の術をかけたように、他の魔術を上掛けしてかけることは可能だった。カミュスヤーナとテラスティーネの魔力の色は似通っていて、通常だと状態異常の術はかかりにくいが、カミュスヤーナの方が、魔力量が多いので、無理やり力で術をかけたような状態だ。

今、テラスティーネの両目に右手を当て、解除を試してみたが、何か押し返されるような感覚があってうまくいかない。
自分がかけた魅了の術は、簡単に解除できた。以前、ジリンダの地の少女、ミルクレインテで試し済みだ。

カミュスヤーナは普段意識的に魔力量が満たされないように減らしている。魔力量が満たされると、それに伴って破壊衝動が引き起こされ、暴走してしまうからだ。

ディートヘルムよりはカミュスヤーナの方が魔力量は多いのかもしれないが、相手の得意分野に切り込んでいくほどの差はないのだろう。だが、この状態だと、魔力で無理やり術を解くことができない。それ以外の術を解く方法となると。。

「薬に頼るしか、ないのかもしれない。」
「薬ですか?」
「魔力での解除が無理だから、状態異常を薬で治すということだ。」
「そのようなこと、可能ですか?」

院では学んだことがありませんが。とアルスカインが首を傾げる。

「私たちは薬学が専門ではないからな。以前、疫病えきびょうに効く薬を作った時と同じ要領で作成すればいい。」
「すると、魔法士まほうしである兄上にお願いする他ないのですが。。」

「元々、こちらの事情に、そなたらを巻き込んだようなものだから、問題ない。ただ、私一人では時間がかかるから、薬学に精通した人物に意見を聞きに行ってくる。」
「心当たりがあるのですか?そのような人物に。」
「ある。」

カミュスヤーナの頭の中には、水色の髪、金色の瞳を持った男性の姿が浮かんでいる。テラスティーネの父親であるアルフォンスだ。彼は天仕てんしだから、薬学にも精通しているだろう。

問題は・・。
カミュスヤーナは腕の中のテラスティーネを見下ろした。

薬ができるまでの間、彼女をどうするかだ。
寝かせたままでいると生命活動が維持できない。しかし、起こしてしまうと、ディートヘルムの魅了の術がかかったままだから、彼の元におもむこうと彼女は動くだろう。

魔王から彼女を取り戻すのには、それ以上の労力がかかるから、それは避けたい。

「どうされましたか?兄上。」
「薬を作る間、彼女をどうしようかと思ってな。」
カミュスヤーナと同じように、アルスカインが首を傾げて、唸る。

「眠ったままにするわけにもいきませんしね。」
「本人に結界を引けば、以前のように生命維持は可能だが、あまりいい方法ではない。・・試してみるか。」
カミュスヤーナは再度、眠っている彼女の頭に右手を載せた。口の中で文字列を唱える。

頭から右手を外すと、カミュスヤーナはアルスカインを見つめた。
「彼女にかけた就眠の術を解除する。うまくいかなくて、彼女が暴れるかもしれないので、少し離れていてくれ。」
「分かりました。」

アルスカインは自分が離れるのと同時に、カミュスヤーナたちが座っているソファー以外の家具を、従者たちに頼んで、部屋の端に退けた。
カミュスヤーナはそれを見届けると、彼女の両目を覆うように右の掌を当てた。魅了の上からかけた就眠の術を解除する。

右の掌を外すと、膝の上に寝ていたテラスティーネが、その青い瞳を開いた。目を瞬かせ、目の前にいるカミュスヤーナを見ると、慌てたように飛び起きた。そして、ソファー横のカミュスヤーナの足元にひざまずく。

「失礼いたしました。カミュスヤーナ様。」
「・・いや、かまわぬ。」
「兄上、一体テラスティーネに何をされたのですか?」
「・・魅了の術を解除できなかったから、対象を変えたのだ。ディートヘルムから私に。」

カミュスヤーナが、テラスティーネに手を伸ばして触れると、彼女は大げさなまでに身を震わせた。
もちろん抗議はしないが、カミュスヤーナに触れられるなど恐れ多いといった様子だ。

ただ、テラスティーネの様子を見る限り、これが魅了の術を掛けられた結果というには、少し違和感が残る。
テラスティーネの瞳に映るその色は。怯え?

「兄上?」
「いや、何でもない。・・これなら、私が命じれば、今まで通りの生活はできる。だが・・私の気が参ってしまいそうだ。」

カミュスヤーナの命には服従ふくじゅうする。だが、彼女にとって彼は主であり、愛する伴侶はんりょではなくなってしまった。
カミュスヤーナが大きく息を吐くのを、アルスカインは心配そうに見つめていた。

第6話に続く


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