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【短編】夜の散歩、踏切で。 ♯2000字のホラー

夜に、近所を歩き回るようになったのは、いつからだっただろうか?別に目的なく、うろついているわけではない。夜、寝つきが悪いので、夜に運動不足解消も兼ねて歩いているのだ。
どうせなら走ればいいじゃないかと思われるかもしれないが、走るほどの余力は、一日の最後には残っていない。

散歩をするルートは決めている。住宅街はできるだけ避けて、畑の脇や川べりなどを歩く。その途中に一つの踏切がある。
今日も踏切の脇で、待っている人影があった。相手は、自分の姿を認めると、こちらに向かって深々と礼を返した。僕は、ポケットからスマホを取り出して、耳に当て、彼女の前で立ち止まった。

「こんばんは。礼二れいじさん。」
「こんばんは。ゆうちゃん。」

顔を上げた夕は、こちらを見て微笑んだ。高校の制服らしきものを着ていて、髪は顎辺りで切り揃えられている。彼女が体を動かすと、その髪もサラサラと流れる。

「まだ、消えることができないんだね。」
「はい。会いたい人がここに来てくれないんです。」
彼女は寂しそうに言った。

彼女に初めて会ったのは、夜の散歩を始めて程なくしてからだった。
いつも決まって、この踏切脇に立って、線路を眺めている。着ているのはいつも制服。最初は家出かと思って遠巻きに眺めていたが、毎晩のように会うので、僕の方から声をかけた。

夕は、この踏切にいる幽霊だ。地縛霊というやつ。

その少し前に、この踏切で待っていた時に、背中を強く押され、線路に転がり出てしまった。そこを近づいていた電車に引かれ、彼女は死んだ。
その件に関しては、事故で片付けられてしまったらしい。目撃情報等がなかったために。彼女はそれから自分の背中を押した人物をここで待っている。

最初にそれを聞いた時、からかわれているのだと思ったが、彼女の脈が取れないこと、その肌が恐ろしく冷たいことから、彼女は生きていないのだと、感じた。夕の体に触れるというところが、何となく幽霊らしくないが。
さらに、僕以外の人には、彼女の姿自体見えていないらしい。だから、声をかけられて、彼女はひどく驚いたと言って、笑っていた。

それからは、散歩の際、会う度に少しの時間、話をするようになった。夕は他の人には見られないから、僕はスマホを耳に当てて、電話で会話をしているように装って、彼女と話している。それほど人通りはないので、ここを夜に通りがかる人は、ほぼいないのだが、念のためだ。

「今日は、夕ちゃんに、言わなきゃならないことがある。」
「はい。何でしょう?」
「今度、恋人と同棲することになって、夜の散歩ができなくなる。」
「・・もう、会えないということですね。」
「本当は、夜の散歩を続けたいんだけど。恋人に変な誤解させるわけにもいかないし。一緒に散歩することになったとしても、夕ちゃんと話すわけにはいかないだろう?」

夕は、僕の前で、大きいため息をついた。
「その恋人は、私の姿が見えないでしょうから、礼二さんがおかしな人と思われますね。」
「だから、あと少しでお別れだ。」
「残念です。礼二さんとはお友達になれると思っていたのに。」
「・・・友達ではないの?僕たち。」

そう問いかけると、夕は顔をしかめた。
「私と友達になるということは、礼二さんが死ぬということです。私は死んでしまって、生き返れませんから。」
「・・・僕を殺すつもりだったの?」
「できなくはないです。電車が来る時に、貴方の体を線路に向かって押し出してやればいい。私がされたのと同じように。」
夕はそう言って、僕の前で押すようなしぐさをしてみせた。

「でも、できませんでした。礼二さんは私が唯一会話できる人でしたから。」
「君は、その、君を殺した人に会いたいと思っているんだよね?」
「そうです。でないと、私はこの場から動けないので。礼二さんは特別ですが、その人は私のことが見えて分かるはずです。」

「別れる前に、その人を捜して、ここに連れてこようか?」
「それは・・結構です。いつかここに来てくれると信じています。」
「ここにその人が来たらどうするの?」
「お友達になってもらおうかな。」
夕は、少し気分をあげるように笑って、僕を見上げた。

「別れる前に、礼二さんの恋人の姿、見たいです。」
「難しいな。夜に散歩なんかに付き合ってくれるかな。」
「何とかなりませんかね?」
「聞いてはみるけど、期待はしないでよ。」
「分かりました。」

そう話して、僕はスマホをポケットに入れ、彼女に手を振りながら、線路を渡る。彼女は線路を渡ることはない。僕が線路を渡り切るのを、彼女はいつも手を振りながら見送る。

僕は、恋人に、夜に散歩をしていること、そして、一度でいいからその散歩に付き合ってほしいと頼んだ。彼女は二の足を踏んでいたが、僕たちは夜の散歩に出た。

踏切の前で、隣を歩いていた恋人の顔が、恐怖に歪んだ。彼女の視線は、見えるはずのない、夕の姿を確実にとらえていた。

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