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【小説】恋愛なんてよく分からない(仮) 第3話 転入生

第3話 転入生

時は少しさかのぼる。

テラスティーネは、学び舎である院の非常勤講師として、主に魔法学について、生徒に教えている。

元々、院を卒業したら、院の講師になる予定ではあったのだが、諸々もろもろの事情により、その話は流れ、その後魔法士の免許の資格試験官を務めていたが、それも諸々の事情で辞めざるを得なかった。今後何が起こるか分からないので、非常勤で講師を受け持つことになった。

諸々の事情を引き起こしているのは、ひとえに愛する夫ではあるが。

テラスティーネの夫は、ここエステンダッシュ領の摂政役せっしょうやくであるカミュスヤーナだ。摂政役は領主を補佐する役割に当たる。問題は、カミュスヤーナが、魔人の住む地であるユグレイティの地を治める魔王でもあるということだ。

カミュスヤーナは、人間とは別の人型種族である天仕てんしと、同じく、人間とは別の人型種族である魔人の両親の間に産まれた。そして、人間の住む地で成長した。天仕の血を引いているせいか、その成長した環境のせいか、彼は魔人の中では目を引く美しい魂の持ち主に成長した。

美しい魂とその豊富な魔力量は、他の魔王の興味を引く。彼は様々な事柄に巻き込まれる羽目に陥った。その事柄にテラスティーネも巻き込まれ、彼女は彼と共に、エステンダッシュ領とユグレイティの地を行き来する生活を送っている。

安定しない生活のため、彼女は非常勤でしか仕事ができない状態なのだ。

「テラスティーネ先生!」

テラスティーネは、院の廊下を歩いているところを、一人の生徒に呼び止められた。
彼は彼女の前まで歩み寄ると、その歩を止めた。

桃色の髪に、黄色の瞳。なぜか、院の最終学年で転入してきた生徒で、名をディートリヒと言う。

「私はいつ先生の研究室に所属できますか?」
「何度も言うように、私は、研究室は持たないの。」

私は、非常勤講師だから、研究室は持たない。そう会った時から言っているのに、ディートリヒはテラスティーネに会うと開口一番そう口にする。

何でも、テラスティーネの授業を受けて、大変感銘を受けたらしい。彼は院に所属する生徒の中では、比較的魔力量が高い。だから、魔法学の実技はいつも優秀者となっている。その内、魔法士の資格も取れるだろうと教師内では話題に上がっている。

「では、今日も魔法学の件で、お聞きしたいことがあるのですが、お時間はいかがですか?」

ディートリヒに予定を尋ねられて、テラスティーネは頭の中で、今日の予定を思い返す。

彼女は非常勤ということもあって、会議も必要最小限のものだけ出ればいい。今日は、会議はなかったはずだ。院にある自室で資料を作成するつもりだったから、その間であれば、時間は取れそうだ。

ディートリヒは、毎日のようにテラスティーネを捕まえて、魔法学に関して、かなり深い質問をしてくる。彼女が考えているのとは違う視点で意見を述べることも多く、その質問に答えることは、テラスティーネにとってもいい刺激にはなっている。それに他に予定があると言うと、それ以上強請ねだってくることもない。

「少しの間であれば。」
「ありがとうございます。ああ、荷物お持ちしますよ。」
「もう少し、院内で交流をした方がいいと思うのだけど。」

そう言うと、彼は困ったように笑顔を向けた。

「私は中途半端な時期に、院に入ったので、あまり学友はできないのです。」
そう返されてしまうと、何も言えなくなってしまう。

確かに、院の最終学年で、転入してくる生徒は珍しい。たぶん、他の領から移住してきたのだろう。移住してきたなら、領主のアルスカインに挨拶をしているのだろうが、テラスティーネも領主の館にはたまにしか行かないので、よく分からない。

摂政役であるカミュスヤーナは、今は魔人の住む地ユグレイティの方に出かけてしまっているから、このことは知らない。テラスティーネは仕事があるので、彼と一緒にユグレイティの地に行くことができなかった。カミュスヤーナからも、自分の役務の方を優先するよう言われているので、それを放り出していくことはできない。

とはいえ、彼に会えない期間が長くなると、どうしても気が滅入る。寝る前に、毎日通信機を通して、会話をしていたとしても。

テラスティーネは、ディートリヒと院の自室に入る。研究室は持っていないが、一応院で庶務しょむをするための部屋が割り当てられている。院の資料などは、自宅に持ち帰ることが禁止されている。そのため、様々な庶務は、この自室で終えてからでないと、自宅に帰れない。

幸い、明日から2日間院が休みだから、庶務を終えたら、ユグレイティの地に一度向かってもいいかもしれない。一人でいても、休みの時間を使いこなせないからだ。

ディートリヒは、テラスティーネから預かっていた荷物を、机の上に置いた。
テラスティーネは机に向かっている椅子に腰かけたが、ディートリヒは机の前にある長椅子には座ろうとせず、彼女の横にじっと立っている。

「どうしたの?ディートリヒ。」
「先生。先生は、エステンダッシュ領の摂政役の方と婚姻こんいんしていると聞いたのですが。」
魔法学とは全く関係のないことを聞かれて、テラスティーネは首を傾げる。

「しているけど、それが何か?」
「とても綺麗で、有能な方だとか。」

男性に対して綺麗という表現はどうかと思うが、彼は他の者に顔立ちは整っていると言われている。有能なのは間違いがない。元々領主だし、彼は魔法士だ。以前より頼られることが減ってはいるが、それはこちらにいる時間が限られているためであって、彼の能力がおとろえたわけではない。

「なぜ、そんなことを聞くのかしら?」
「僕では駄目でしょうか?その方の代わりにはなれませんか?」
「何を言っているの?」
テラスティーネの問いかけに、彼は彼女の顔を見つめたまま、ニッコリと笑った。

「その方は、頻繁に外出されて、こちらにいないことが多いとか。もしかしたら、ここにいない時に、他の異性に会っているとか?」
「それはないわ。私は行き先を存じているもの。」
「でも、常に一緒にいるわけではないのでしょう?確認はできないのでは?」

「ディートリヒ。それ以上言うと怒るわよ。」
「どうぞ。お好きなように。」
そんなことはできませんけど。ディートリヒはそう言って、テラスティーネの顔をその黄色い瞳で見つめた。

なぜか、彼の黄色い瞳から、目が離せなくなった。
頭の中で、視線を逸らせと、警鐘けいしょうが鳴る。これと似たようなことがあった。あれは、エンダーンやゲーアハルトと。。

「貴方は人間ではないわね?」
問いかけるのが精いっぱいだった。目の前の彼は、そんなテラスティーネの様子を見て、クスクスと笑った。
「まだ、問いかけられるのですね。さすが、の方の伴侶はんりょだ。」
「貴方は・・魔人・・。」
「そうです。間もなく、そのような抵抗もできなくなります。」

ディートリヒは椅子に座っているテラスティーネと、目線を合わせるように屈んで、顔を近づける。
「なぜ、私に。」
「それはもちろん、貴方のことが気に入ったからです。先生。」
ディートリヒは彼女から視線を逸らすことなく、楽しげにその口の端を上げた。

第4話に続く


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