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【短編小説】指の上に輝く星

通販サイトを眺めていて、気に入ったリングがあった。

夜空に輝く星をモチーフにして作られたものらしい。商品説明にそう書いてあった。七宝焼きを思わせる藍色の線に、キュービックジルコニアが星のように飾られている。

金額は高くなく、会社員としてもらっている給料で、自分へのご褒美に買うのに、何の躊躇もなく出せる価格帯。でも、欲しいものリストに入れて、いつまでも買わないでいるのには、理由がある。

それは、このリングは、ペアリングの片割れであるということ。
私には、もう一方のリングをつける相手、つまり恋人がいない。恋人という言葉で、頭の中に思い浮かぶ顔がないかと言われれば、一人浮かぶ人物はいる。たぶん、今の生活の中では、一番一緒にいる時間が長い人物。でも、彼は私の恋人ではない。はっきりそう告白されたわけでもないし。

ただ、欲しいという誘惑には抗えず。私は大きなプロジェクトが終わったご褒美として、そのリングを買った。もう片方も綺麗だったが、サイズが大きいので、仕方なく、棚のアクセサリートレイに置いたまま。私は手元に届いたリングを、右の中指に付けて、出勤をした。

キーボードの上に置かれた指に飾られたそのリングを見る度、やる気を起こさせるのか、私の仕事の進み具合はさらに加速した。周りの人が驚いて目をやるほどに。ただ、その中、同僚の玉木さんだけは、複雑な表情を浮かべて、私の方を見つめていた。


「亜森さん。」
「玉木さん。飲みすぎ。」

仕事をする上でペアを組まされることが多い玉木さんとは、仕事帰りによく飲みに行く。今日の彼は珍しくお酒を飲むピッチが速い。明日が休みということもあるのかもしれない。

それとも、お酒を飲んで何か払拭したい事でもあったか。

「何か、悩み事?」
「・・無自覚にも程がある。」

彼は赤くなった顔で、瞳を潤ませてこちらを睨んだ。

「え、原因、わたし?」
「左の中指に着けてるそのリング。」

彼は、私の指に付けられたリングを指差した。
まぁ、気づくよね。仕事上、一番近くにいるのは彼だ。

「そう、綺麗でしょ?これ・・。」
「ペアリングですよね?それ?」

自分でご褒美を兼ねて買ったと、言葉を続ける前に、彼にそう指摘される。私は心持ち自分の顔が引きつるのを感じた。
何で、玉木さんは、これがペアリングの片割れであることを知ってるのだろう。

私の表情から考えていることを読んだのか、彼は軽く首を傾げた。

「そりゃあ、知ってますよ。元々、僕と一緒に通販サイトで、それを見てたじゃないですか。」

そう言われて、私はこのリングを初めてサイトで見つけた時のことを思い出す。大きなプロジェクトが終わったのを祝して、お互いが欲しいものを贈り合うのはどうだろうかと、提案してきたのは彼だった。プレゼント交換なんて、子どもの頃の誕生会以来だなと思って、話に乗った私が、同じ通販サイトを見ていて、そのリングを見つけたのだと、改めて思い返す。

その時は、確か、消え物に限定したから、リングはプレゼント候補から外されたんだった。それに、恋人同士でもないのに、ペアリングをつけたり、贈り合うのもどうかと思ったし。

「亜森さん、恋人できたんですか?」
「できてないけど。」
「じゃあ、何でペアリングなんて。」
「純粋に、私が欲しかったから。」

私の言葉に、彼はその目を見開いた。
どうやら、彼は私がこのリングをつけてきたから、恋人ができたと思ったらしい。まさか、欲しいからといって、ペアリングを自分で買うとは思っていなかったのだろう。

「えっと、じゃあ、もう片方は?」
「家にあるよ。私にはサイズが大きすぎて着けられないから。」
「そっか、そうなんだ。」

彼は明らかにホッとしたように顔を緩めた。そして、私がリングを着けている手に、自分のものを伸ばす。私の手は、彼の大きな手に包まれた。

「確かに、亜森さんの指って、細いですね。」
「そう?」
「自分よりは、かなり細いです。」

お酒を飲んでいるせいか、彼の指先は熱く、普段手が触れるところのない指の腹や間を触られると、鼓動が速くなるのを感じる。

「あの、亜森さん。」
「何?」
「もしよかったら、その片割れ、僕にくれませんか?もちろん、お金は払うので。」
「・・いいけど。玉木さんが着けるの?」

彼は、私の顔を見て、とても嬉しそうに笑う。

「もちろん。」
「・・でも、会社では止めてほしいな。他の人に誤解される。」
「誤解じゃないから、大丈夫です。」
「・・・。」

彼は、私の手をキュッと握った。

「亜森さん。僕、会社辞めようと思ってます。」
「・・どうしたの突然。」
「亜森さんと一緒に仕事をするのは、とても楽しいし、お互いの力量とかも分かっているので、正直とても楽です。それに伴って、仕事の成果も上がってる。でも、やっぱり亜森さんに頼るというか、甘えるところも出てきて、このままだと自分の力はいつまでも伸びないなと感じてます。」

彼はそう言って、表情を曇らせた。

「そんなことない。玉木さんは優秀だよ。」
「ありがとうございます。でも、自分を向上させるには、亜森さんと別れた方がいいと思います。それに、亜森さんは公私混同は嫌いでしょう?」
「・・。」
「一緒に仕事をしてると、ずっと仕事仲間としてしか見てくれないだろうと思ったんです。」

私は、転職の相談を受けているのかと思ったけど、そうじゃなかった。彼は、私に告白をしている。

「正直、今の自分のポジションに、別の奴が来ることを嬉しいと思いません。でも、亜森さんと関わるのは、別に仕事でなくってもいいと思ってる。」
「玉木さん。」
「亜森さん。僕が転職したら、付き合ってくれませんか。」

ここで断ったら、彼が転職すると同時に、私たちの関係は切れる。
私は自分の指輪に目を落としたつもりが、私の手は指輪ごと彼の手に包み込まれて、その温かさしか感じられなかった。
彼は真剣な面持ちで私の答えを待っている。

「私は・・。」

ペアリングを買う時に、頭の中に浮かんだのは、誰だったか。
ペアリングの片割れを身に着けたいと言われ、私は嫌と感じたのか。

何となく、もう答えは出ているような気がした。

私の答えを聞く彼の表情がこれまでになく嬉しそうだから、それを見る私まで、嬉しさで胸がいっぱいになった。

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