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短編小説Only

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普段は長編小説を書いていますが、気分転換に短編も書いています。でも、この頻度は気分転換の枠を超えている。 短編小説の数が多くなってきたので、シリーズ化している(別のマガジンに入っ…
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2022年10月の記事一覧

【短編小説】トリック オア トリート!

「トリック オア トリート!」 休みの日は、お昼近くまで寝ているのが、常だ。 インターフォンの音で、目が覚めたのは、10時だった。音がやむ様子がなく、近所迷惑になると思って、欠伸をしながら、玄関の扉を開けた自分に対して、かけられた一声が、それだった。 黒のとんがり帽子をかぶり、黒と紫を基調としたドレスを着て、手にはご丁寧に箒まで持っていた女の子は、自分と目線を合わせると、箒とは別の手に持っていた、ハロウィーンのお化けカボチャ、ジャック・オー・ランタンの顔が書かれた袋を目の

【短編小説】さよなら、愛しき人

その言葉を見た時、私は頭の中が真っ白になった。 「嘘だと言ってほしい。」 「決めたから。もう、アカウントごと削除する。」 SNSのメッセージ画面に、間髪入れずに相手からの返答がある。 相手の名前は、『レイ』。名前だけみると、女性のようだが、相手は性別を明かしていない。 私が、このSNSを始めてから、そう経たない内からの付き合いだ。やり取りするのは他愛のない話だったが、私にとっては大切なものだった。 だけど、私は相手にその思いを伝えていない。 だから、『レイ』にとって、

【短編小説】ここではないどこか

部屋の中には、大きな本棚があって、そこに400冊以上の本が並んでいる。本は全て薄いけど、中身より立派な表紙がそれぞれついている。若干、薄汚れたものもあるけど、ほとんどは新しく、読まれるのを、お行儀良く待っている。それらの本の中身はすべて読みつくした。というか、記憶している。 「仁詩。」 本棚を飽きることなく眺めていると、後ろから声をかけられた。紺のトレンチコートを着た説理が立って、こちらを見つめていた。 「時間ですよ?」 彼女は、手に持っていたリストを掲げて言った。そのリス

【短編小説】私たちは、よく眠りたいだけ。

眠いなぁ。 私はパソコンに向かいながら、あくびを噛み殺す。 その時、私の隣に立った同僚の玉木さんが、それを見ていたのか、苦笑して、声をかけてきた。 「打ち合わせの時間ですけど。」 「そうだったね。」 私は、今日の朝のメールチェック等が終わっていることを確認し、その場に立ち上がる。 「ブースは空いてた?」 「それが全部埋まっていたので、ラウンジでいいですか?2人だけですし。」 「いいよ。」 私達は、ラウンジと呼ばれている部屋に入り、脇にあるコーヒーメーカーからコーヒーを各自注

【短編小説】同じような違う匂い

風呂に入って、髪を洗おうとした段階で、気づいた。 昨日、シャンプーを使いきっていたことに。 詰め替え用は、すでに購入してあるが、置いてあるのが、風呂の外の洗面室の棚の中だ。既に髪はシャワーで濡らしてしまっている。 髪や身体を拭いて、取りに行くのが面倒くさい。 仕方ない。 俺は、同居人の雫が使っているシャンプーを、代わりに手に取った。 髪を洗うと、いつものシャンプーではなく、雫の匂いがする。彼女からする分には、いい香りだと思うのに、自分が使うと、何か甘ったるく感じるのはなぜ

【短編小説】この世界は病んでいる。

この世界は病んでいる。 ふとした瞬間に頭に浮かぶフレーズ。 だから何?と、自分でも突っ込みたくなるが、何故か思うことをやめられない。 「悩んでいるですか?」 だから、その言葉に対して問いかけられるとは、思ってもみなかった。 声のしたほうに視線を向けると、私と同じスーツ姿の男性が立っていた。そして、私と同じように、彼のスーツも、彼自身に馴染んでいないように見えた。 私は、頭の中に浮かんだフレーズを、そのまま口に出していたらしい。黙って彼の顔を見返した。相手が聞き違えたと