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【短編小説】ここではないどこか

部屋の中には、大きな本棚があって、そこに400冊以上の本が並んでいる。本は全て薄いけど、中身より立派な表紙がそれぞれついている。若干、薄汚れたものもあるけど、ほとんどは新しく、読まれるのを、お行儀良く待っている。それらの本の中身はすべて読みつくした。というか、記憶している。

仁詩ひとし。」
本棚を飽きることなく眺めていると、後ろから声をかけられた。紺のトレンチコートを着た説理せつりが立って、こちらを見つめていた。
「時間ですよ?」
彼女は、手に持っていたリストを掲げて言った。そのリストには、昨日の訪問者が羅列られつしてある。今日はその訪問者の家を、自分たちが回る。これは毎日のルーティンだ。

「今、行く。」
僕は再度、本棚を眺めると、きびすを返して、説理の隣に立つ。説理は、顔にかかった栗色の髪を、ピンと後ろに振り払った。僕が頭に手を載せ、そのまま手を左右に動かすと、彼女の頭も同じように左右に揺れた。
「何ですか?これは。」
「頭を撫でただけ。」
「下手すぎです。力が入り過ぎてるし、私の頭に手を押し付けすぎです。」
「うるさいなぁ。」

僕は彼女からリストの紙を取り上げる。紙には30名ほどの名前が列挙れっきょしてある。増えても減ってもいない。このところ一日の訪問者は、30名前後に落ち着いている。正確に言うと、ここでいう訪問者は、「遊びに来たよ」という印を残していった人だ。印を残していかなかった人は、更に70名くらいいるらしいが、それが誰なのかは分からない。分かるのは大よその人数だけだ。

「行きますよ。仁詩。」
「はいはい。分かってます。」
既に僕の手の下から逃げ出した説理は、玄関のドアを開けて、こちらを見つめている。僕も靴を履いて、彼女の後に続いて外に出た。

外は、碁盤の目のように上下左右に道が走っていて、その脇に正方形の家が建っている。家の敷地面積は、すべて一緒だが、高さはまちまちだ。この高さは、その家の中にある本の数で決まる。本の数が多いと、収納しきれなくなって、家が高くなっていくのだ。自分たちのいた家は、経ってから1年経ったばかりだが、本が毎日のように1冊増えていたので、大きい方なのかもしれない。

「今日はいい天気ですね。これを秋晴れと言うのでしょうか?」
「秋晴れは、秋に空気が澄んで晴れ渡っている空の様子を意味する。」
「なるほど。そのものですね。」
説理は歩きながら、器用にその場でくるくると回った。

道をのんびりと歩いていると、同じように歩いている人とすれ違ったりはするが、特に会釈は返さない。ひょっとしたら知り合いかもしれないけど、他人の顔も声も分からないので、知り合いかどうか見ただけでは、判別しようがない。

時々、訪問者が列をなしている家もある。その家に並べられた本が気に入って、何度となく訪れるということは、よくある話。家自体に、印をつけて、訪問することもある。訪問者は、印をつけた家は、他の家々と違って、色がついたように見える。先ほど見た訪問者で溢れている家も、黄色に色づいて見えた。でも、ここ最近は訪れていない。今日も多分訪れないだろう。

「あ、着きましたよ。」
説理がそう言うのと同時に、ポケットに入れていた情報端末が振動した。情報端末には、先ほどの訪問者リスト内容が、既にインプットされていて、どのように行けばいいかを頭に直接教えてくれる。
情報端末は常に持ち歩いているので、道に迷うことはまずない。先ほど手に持っていた紙のリストも、情報端末から出力したもので、出力前に、効率の言い回り方を判断して、リストの並び替えを行ってくれている。

「こんにちは!」
説理が玄関のドアを開いて、中に向かって声をかけた。人がいるわけでもないのに、律儀りちぎである。他の家を訪問して、その家に人が在宅していたことなど、今までに一度もない。挨拶などしても誰も聞かないのだから、無言で入ってしまえばいいのに。

靴を脱いで廊下を進んでいくと、本棚のある部屋に辿り着く。ここはまだ本が少ないが、その少ない本が既にヨレヨレになっている。大分読み込まれた様子だ。

「仁詩。読みたい本はありますか?」
「ここの本は、結構、読みつくしてるんだよな。」
そう答えつつも、本にてのひらかざしながら、まだ読んでいない本を探す。説理はその様子を見つめながら、ポケットから金平糖を取り出して、口にした。この間、読んだ本に金平糖が出てきたから、ここ最近の説理のマイブームになっているのだ。

読んでいない、かつタイトルから興味引かれた本を、本棚から抜き出し、床に座って読み始める。説理はその様子を隣で黙って見つめている。それほど長くはないので、直ぐに読み終えた。最後のページを開いて、そこにコメントを書き残す。そして、本を閉じ、裏表紙に軽く唇を当てる。一瞬ハートマークが浮かんで、直ぐに消えた。

説理が黙って立ち上がって、僕の腕を引っ張ったので、読み終えた本を本棚に戻すと、僕たちは無言でその場を後にした。

毎日のルーティンが終わると、次は、説理が僕を引っ張って、あちこち興味を引かれた家に行き、本を読むという作業をする。この作業は、かなり説理の気まぐれによるもので、するかしないかも、日によって変わる。
今日は普段よりも多めに、本を読んだ。気に入ったものには、先ほどのようにマークを残す。

そんなことを繰り返している最中に、説理が空き地の前に立って、首を傾げた。
「ここ、家が建ってたと思うのですが。」
「建ってたよ。以前、頻繁に訪れてた。」
「いなくなってしまったんですね。」
「ここの家の本、結構好きだったんだけどな。残念。」
消えてしまってから、それほど時間が経っていないせいで、記憶には残っている。でも、一言一句、本の内容を言えと命じられたら、できない。

たまに、建っていた家が、きれいさっぱりなくなることはある。家がなくなると、もちろん中にあった本もそっくりなくなる。何か事情があって、消えてしまったんだろうけど、とても残念だ。

その本を読んで、気持ちが救われた人もいただろうに。それに、その本を書くことで、気持ちが救われることもあっただろうに。家の持ち主が、辛い思いをしていないといいなと、思いながら、僕は茫然ぼうぜんと立ち尽くす説理の手を掴んだ。振り向いた説理の目から、大粒の涙が溢れそうになっていたので、手で拭ってやった。

家に帰ってきて、2人顔を見合わせて息をつく。本を読むのは楽しいけど、落ち着くのは、やはり、この家だ。説理が、今日読んだ本の内容を知りたがったので、額と額を合わせて、記憶を共有する。
「いつも思うのですが、何で私と仁詩は分かれているのでしょうか?」
「さぁ、家の持ち主が想像力たくましいんじゃない。」

普通、家の持ち主から、この役務を任されて、家にいる人物は一人だ。それなのに、ここには、僕と説理の2人がいる。僕が本を読み、説理が訪問する家を決める。性格も違う。僕は、慎重で物静かなほうだが、一つのことに熱中するきらいがあり、その為、時間を忘れてしまうことがある。説理は、好奇心が強く、感情の発現が激しいが、人の考えを読み取るのがうまい。

「仁詩がいてくれた方が、私は寂しくないです。」
「家の持ち主も、一人じゃ寂しいだろうからと思ったのかもね。」
「お礼言いたいです。」
「きっと、分かってると思う。僕たちの考えていることは全部。」

だって、僕たちは、家の持ち主の一部に過ぎないのだから。

説理が、僕の膝に頭を載せて、その場に寝ころんだ。僕が彼女の髪を撫でてやると、気持ちよさそうに目を閉じる。僕もその様子を見て、徐々にまぶたが重くなってくる。僕と説理の境目さかいめが消えて、一つになっていくような感覚を覚える。

こうして、僕たちの一日は過ぎていく。

noteを一つの世界と考えて書き出した短編。
家の持ち主がnoteクリエイター、家はnoteアカウント、本はnoteの記事、訪問者リストはスキをくれた人のリストにあたります。
私は、前日にスキをくれた人の元を訪れて、記事を読んで、気に入った記事にスキをつけるということを、毎日しているので、仁詩・説理にも、同じことをしてもらいました。

2022年10月24日 説理の口調が前半と後半で異なったので、直しました。

私の創作物を読んでくださったり、スキやコメントをくだされば嬉しいです。