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【短編小説】同じような違う匂い

風呂に入って、髪を洗おうとした段階で、気づいた。
昨日、シャンプーを使いきっていたことに。
詰め替え用は、すでに購入してあるが、置いてあるのが、風呂の外の洗面室の棚の中だ。既に髪はシャワーで濡らしてしまっている。
髪や身体を拭いて、取りに行くのが面倒くさい。

仕方ない。

俺は、同居人のしずくが使っているシャンプーを、代わりに手に取った。
髪を洗うと、いつものシャンプーではなく、雫の匂いがする。彼女からする分には、いい香りだと思うのに、自分が使うと、何か甘ったるく感じるのはなぜなんだろう。

シャンプーの容器の記載を確認すると、ジャスミンとローズをブレンドした香りとある。どちらも花の名前だったような気がする。シャンプーには違いないのだから、汚れ落ちに問題はないだろう。自分が普段使っているのは、せっけんシャンプーとそれ用のコンディショナーだ。ハーブであるローズマリーの香りがするが、こんなに強くはない。

最初は、雫も、俺が使っていたシャンプーとコンディショナーを使っていた。ある時から、彼女がカラーをするようになった。せっけんシャンプーだと、相性が良くなくて、髪がきしむらしい。その頃から、カラー落ちがしにくい、別のシャンプーとコンディショナーを使うようになった。ここ最近はずっと同じものを使っている。

だから、彼女の匂いは、主にこのシャンプーとコンディショナーの香りで構成される。彼女は香水のたぐいはあまり付けない。洗濯洗剤や柔軟剤などは、あまり香りが強くないものを使っていて、それほど香らないから、余計に、今の自分から、彼女の匂いがするように感じる。

風呂から出て、髪を乾かして、リビングに向かうと、ソファーに座ってテレビを見ていた雫がこちらを向いた。

「私のシャンプー、使ったでしょ?」
「・・詰め替えるの忘れてて。」
「呼んでくれればよかったのに。」
「声を張り上げるのが、面倒くさかった。」

そう答えると、仕方がないなぁというように、雫の唇が弧を描いた。

シャンプーの香りが違うせいで、分かってしまうものだろうか。
自分も、雫が俺のシャンプーを代わりに使ったとしたら、分かるものだろうか。
さっき、使った時に感じた香りは大分収まっている。髪を乾かしたことによって、香りが落ち着いたらしい。

そんなことを思いながら、雫の隣に腰かけると、彼女が俺に向かって、鼻をひくつかせた。そして、怪訝けげんそうな表情になる。

「何?」
「う~ん。ちょっとね。」
こちらの問いには答えず、私もお風呂に入ってくると呟いて、彼女は風呂場の方に歩いていった。

自分よりも髪が長いせいか、確実に時間がかかった風呂を終えると、雫はソファーに座った俺の髪に手を置いた。
しばらく、さわさわと髪をもてあそんでいたが、その内、髪に顔を当て、大きく息を吸いこんだ。

「何、してんだよ。」
「同じシャンプー使ってるのに、香りが私と違うなって思って。」
確認したの。と言って、髪に当てた手を、俺の耳たぶに移動させて、ふにふにと揉みだした。
「くすぐったいから、やめろ。」
「なんでなんだろうね~。」
クスクスと笑いながら、彼女の手は、変わらず俺の耳たぶを触っている。

それは、お互いの体臭が違うからだ。
頭を振れば、髪が動くのに合わせて、ほんのり雫の匂いがするが、自分の体臭が混ざるから、全く一緒にはならない。
彼女が、俺と同じシャンプーを使っていた時も、彼女の匂いは、俺とは違うと思った。あの時は、よりシャンプーの香りが弱かったから、その違いが、はっきりとしていた。

はやと。自分のシャンプー詰め替えるの、忘れてたでしょ。」
「あ。」
「詰め替えといたよ。」
「ありがとう。」
「どういたしまして。」

どれほど近くても、全く同じにはなれない。
俺たちは別の人間だから。
でも、ほんの少し、お互いの匂いが似ると、距離が近づいたような気がするから不思議だ。

俺は、ソファから身を起こして、彼女の方を振り向くと、驚いて目を丸くしている彼女の体を引き寄せた。

「あ、同じような匂いになった気がする。」

俺の腕の中で、彼女は嬉しそうに言って笑った。

月曜日に続けて、香り・匂いの話。でも、自分はあまり嗅覚は強い方ではない。だから、香りと記憶が結びつくこともない。
急に寒くなったので、皆さま、体調崩されませんよう、お気を付けを。パソコン操作していると、手がかじかみます。。

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