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【短編小説】トリック オア トリート!

「トリック オア トリート!」

休みの日は、お昼近くまで寝ているのが、つねだ。
インターフォンの音で、目が覚めたのは、10時だった。音がやむ様子がなく、近所迷惑になると思って、欠伸あくびをしながら、玄関の扉を開けた自分に対して、かけられた一声が、それだった。

黒のとんがり帽子をかぶり、黒と紫を基調としたドレスを着て、手にはご丁寧にほうきまで持っていた女の子は、自分と目線を合わせると、箒とは別の手に持っていた、ハロウィーンのお化けカボチャ、ジャック・オー・ランタンの顔が書かれた袋を目の前に差し出した。

寝起きの頭には、今起こっていることを把握はあくする事すら、困難だった。
ハロウィーンをしていることは分かった。目の前にいる女の子も魔女らしき格好かっこうをしているし。だが、そもそも、この女の子は誰だ?小学校低学年らしかったが、今の自分に小学生と知り合う機会はない。自分の恋人にするには、年齢が10以上違う。薄く化粧もしているのか、可愛らしい子ではあったけど、今の自分の守備範囲には入っていない。

それとも、ハロウィーンが近いから、手当たり次第にお宅訪問して、お菓子を強請ねだっているのだろうか?だとすれば、勇気があるというか、物怖じしないというか、何があったら大変だと言うべきか。

自分が、口を開けたまま、その場に立っているのを、いぶかしく思ったのか、女の子の笑顔がわずかに曇った。そして、再度、先ほどの言葉を口にする。

「トリック オア トリート!」
「・・・あげられるようなお菓子はないんだけど。」

一人暮らしの家に、お菓子は常備していない。だから、彼女にあげられるようなものは何もない。

「あら、なら、いたずらしないとね。」

そう言って、扉の後ろから、女性が微笑んだまま出てきて、女の子の隣に立った。女の子は、泣きそうな顔で、出てきた女性にしがみついた。

「なんだ。亜紀ちゃんじゃん。ってことは、こちらは姫生きいちゃんか。大きくなってたから、分からなかった。」
「姫生が久しぶりに、晁生あきおに会いたいって言い出したから、散歩ついでに押し掛けたの。」
「晁生おじさん。久しぶり。」

姫生が自分の腕を広げて、駆け寄ってきたので、自分も玄関に膝をついて、彼女の体を受けとめる。腕の中に、子ども特有の柔らかさを感じた。一瞬、化粧品の香料が香って、ドキッとする。

「その様子だと、起きたばっかりって、感じね。」
「前もって、言っておいてくれれば、準備していたのに。」
「思い立ったのも急だったから。もし、よかったら駅前まで行かない?何か軽く食べて、ついでに姫生にも、お菓子を買ってあげてくれると嬉しいんだけど。・・・今日、予定とか合った?」
「別に何もないよ。分かった。一緒に行く。」

「今から準備をする」と言うと、「向かいにある公園で、遊んで待っている」と告げて、亜紀が、僕の腕の中にいる姫生を呼ぶ。姫生は名残惜し気に僕から体を離した後、「早く来てね」と言って、笑った。


シャワーを浴びて、カッターシャツに、カーディガン、チノパンを合わせて、外に飛び出した。それなりに歩くだろうと思ったので、足元はスニーカー。取り敢えずのボディバッグ。休みの日に一人でゆっくり過ごす予定を壊されたにもかかわらず、心の中から、これからの時間を楽しもうという気持ちが、湧き上がってくるから不思議だ。

公園の入り口で立ち止まると、ブランコに乗っていた姫生が、こちらに向かって手を振る。隣に立っていた亜紀が、姫生の様子を見て、こちらを振り返った。

「思ったより早かったね。急がせちゃったかしら。」
「全然大丈夫。じゃあ、行こうか。」

姫生は、僕と亜紀の間に立って、両手を繋ごうとする。彼女が手に持っていた箒を代わりに持ってあげた。軽くて、おもちゃにしてはよくできている。実際の用途には耐えないだろうと思うけれど。
彼女に合わせて、普段よりは速度を落として歩く。僕たちの間で、黒のとんがり帽子が揺れている。

「それにしても、姫生ちゃんの衣装、よくできてるね。」
「仲良くしてくれている友達の伝手つてで、譲ってもらったの。私はそれほど裁縫が得意じゃないし。買うのにはちょっとお高めなのよね。それに、この時期しか着れないし、直ぐ大きくなって着れなくなっちゃうから。」
「ふうん。姫生ちゃん、よく似合ってるよ。」
「ありがとう。晁生おじさん。」

姫生が斜め下から、僕のことを見上げて、ニッコリと微笑む。なぜだか、彼女の笑顔を見ると、ドキッとしてしまう。

「それにしても、突然来て問題ないなんて、晁生は誰かいい人はいないの?」
「なんか、その言い方、母さんみたいだけど。」
「・・・。」
亜紀が何とも言えないような表情をして、口をつぐんだ。

「心配してくれてるの?」
「そうね。私みたいに大変な思いはしてほしくないかな。」
「亜紀ちゃん。」
「大丈夫。姫生はそれを見てきているし、何度も話しているから。」
「晁生おじさん。私のことは気にしなくていいよ。私は今が楽しいから。」
そう言いながら、姫生は自分と繋いでいる手に力を込めた。

姉である亜紀は、姫生がお腹にいるころから、当時の夫であった男性のDVにあっていた。姫生が3歳の時に、離婚。それからは、姉が姫生を一人で育ててきた。このところは、例の感染症もあって、あまり会っていなかったが、自分と、彼女たちが住んでいる場所は、徒歩で行ける距離にある。

「今のところ、そういう関係の人はいないかな。」
「もしかして、私のせいで、結婚が怖くなったとか。」
「それはないな。姫生ちゃんを見てると、こんな可愛い子どもなら、自分も欲しいと思うし。第一、交際もしていないのに、結婚なんて考えない。」

そう答えつつも、僕は、誰かと付き合ったり、結婚したりする自分が、想像できない。職場でも出会いがないし、だからといって、自分から積極的に出会いを求める気も起きない。このままだと、恋愛も結婚もしないで終わるのかもしれない。別にそれでもいいじゃないか。日々、楽しければ。と思いたいのに、心の奥底では、何となく焦ってる。

「まぁ、今日は美味しいもの食べて、楽しく過ごそう!何なら、夕飯も作っていってあげようか?」
「本当に?・・・だったら、夕飯、家で作って、皆で食べてから帰れば?」
「いいの?そんなに遅くまでいて。」
「どうせ、一人だし。帰りも家まで送ってく。」
「・・・本当に、晁生みたいな人が側にいればいいのになぁ。」

ポツリと漏らした亜紀の言葉に、思わず歩みが止まる。
彼女と視線を合わせると、亜紀はやってしまったというように顔をしかめた。2人の間で、姫生が不思議そうに、こちらを見上げている。

「大丈夫。きっと、側にいてくれる人が現れるよ。亜紀ちゃんにも。」
「晁生にもね。」

2人で、顔を見合わせて笑うと、それに合わせて、姫生も笑い声をあげた。

3時間くらいで書き上げました。今日もいいお天気です。
事故などには気をつけて、いいハロウィーンをお過ごしください。

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