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【短編小説】さよなら、愛しき人

その言葉を見た時、私は頭の中が真っ白になった。

「嘘だと言ってほしい。」
「決めたから。もう、アカウントごと削除する。」

SNSのメッセージ画面に、間髪入れずに相手からの返答がある。
相手の名前は、『レイ』。名前だけみると、女性のようだが、相手は性別を明かしていない。

私が、このSNSを始めてから、そう経たない内からの付き合いだ。やり取りするのは他愛のない話だったが、私にとっては大切なものだった。
だけど、私は相手にその思いを伝えていない。

だから、『レイ』にとって、私はSNSで、やり取りする一人でしかないと思う。便宜上べんぎじょう、ここでは彼女と呼ぶが、その彼女が、このSNSを止めてしまうと言い出した。近々、このSNSのアカウントごと、先ほど言ったように削除すると。

アカウントを削除したら、もちろん今までのやり取りは無くなるし、もう彼女には会えなくなるだろう。たとえ、他のSNSを始めたとしても、彼女が私にそれを通知するとは限らないし、同じアカウント名で始めるかどうかも分からない。私と彼女を繋ぐのは、このSNSだけなのだ。

「なにか、嫌なことでもあったの?」
「決定的なものはない。」
「リアルが忙しいとか。」
そう聞きつつも、だったらアカウント削除ではなく、投稿を休むとか、他に方法は取れるはずだと考える。

「リアルは、前も今もそんなに変わってない。」
「じゃあ、どうして。」
「何となく。でも、SNSってそんなものじゃないのかな。」
彼女の言葉に、自分は横っ面を張り倒されたような感覚を覚えた。
やっぱり、私が思うほど、彼女はこのやり取りを重要視していない。

アカウントごと削除してしまえるほど、私の存在は、彼女にとっては軽いものなんだ。
私がたとえ、どれだけ愛しいと、大切だと思っていても、この気持ちは伝わらないだろう。
急に鼓動が激しくなって、目の前がにじんでくる。思わず嗚咽おえつらしそうになって唇を噛みしめた。そんなことしたって、彼女に聞こえるわけでもないのに。

私は、彼女の姿を知らない。
私は、彼女の声を知らない。
私は、年齢も、住所も、もちろん何も知らない。
きっと自分のこの気持ちを伝えても、気味悪がられるだけだろう。
でも、今伝えないと、彼女に自分の気持ちを伝える機会は、二度と来ない。

「どうしたの?メッセ返ってこないけど。」
彼女がいつまでも返答がないことを不審に思ったのか、そのようにメッセージが送られてくる。早く返答をしないと、と思うのに、何と書いたらいいかが分からない。

「ミト。今までありがとう。ミトとの会話は楽しかった。」
じゃあ、何で、止めようとするのか?
「アカウント削除しても、ミトのことは応援してる。」
応援してくれるのは嬉しいけど、友達でいてほしい。そう言いたい。
私の考えがまとまらないまま、メッセージが次々に繰り出されるのを、眺めていた。

「最後に言いたいことがある。」
最後なんて言わないでほしい。
「私はミトの本当の姿を知らないけど」
それは私も同じこと。
「君のことが好きだった。」
それを見たらだめだった。返事もできずに、私は声を上げて泣いた。

私が落ち着いた時には、既に彼女のアカウントは消されていて、画面を切り替えたら、今までのやり取りもすべて見られなくなっていた。


広い講堂に、人がまばらに座っている。私はいつも通り、講堂の一番後ろの席に陣取った。
出席をし、テストでよほどひどい成績を取らなければ、単位が貰える講義だ。ただ、内容が専門的過ぎて、この講義を取っている生徒の数は決して多くはない。

講義を大人しく聞くか、それとも聞いているふりをして、本を読むか、妄想にふけるか・・・。悩んでいると、「すいません。」と声をかけられた。
声をかけられた方向に目を向けると、何席か空けたところに腰を下ろしている人が、申し訳なさそうにこちらを見つめていた。

「前回も出席しましたか?もし、プリントとかノートとかあれば、コピーさせてもらいたいんですけど。」
「・・・いいですけど。」
「お礼に何かおごりますから。」
「本当ですか?」

できれば一食分おごってほしい。食費が一食分浮くだけでも、寮暮らしの私には御の字だ。
「じゃあ、学食の一番高いランチ定食で、いかがでしょうか?」
相手は、私の提案に少し考える様子を見せた。
「一番高いのって、ビーフシチュー定食でしたっけ?」
「そうです。それです。」

「わかりました。今度おごります。」
「今回の講座が終わったら、図書館に、コピーしに行きましょうか。」
「そうですね。その時に連絡先交換して、ランチは別日でいいですか?今日は持ち合わせがないので。」
「大丈夫です。」
私が頷くと、相手は、ほっとした様に顔を緩ませた。

「ええっと、私は、三戸みと恵梨香えりかと言います。情報の1年。あなたは?」
「三戸・・。」
問われて、相手は、一瞬、目を見開いたように見えたが、直ぐに表情を戻して、こう答えた。

「僕の名前は、栗崎れいです。情報の2年です。」


【連絡先交換時の会話】

「栗崎さん。(SNS名)は使っていますか?」
「いや、使ってません。」
「そうですか。連絡するのに便利なんですけど。では、メールか電話の方がいいでしょうか。」
「・・・インストールします。」

「でも、私とのやり取りのためだけに、インストールしてもらうのは・・。」
「興味があったので、構いません。」
「本当に、便利ですよ。使い方の練習には付き合います。」
「・・・はい。よろしくお願いします。」

(しばし、間が空く)

「インストールして、設定できました。」
「この『クリ』がそうですか?」
「そうです。」
「これで、連絡先交換できました。私は、ここに表示された『ミト』です。ランチの日程も、これでやり取りして決めましょう。」
「・・・分かりました。」

【ランチをおごってもらった時の会話】

「ビーフシチューを食べたの、何年ぶりだろう?やっぱり、美味しい!」
「ビーフシチューなら、近くのレストランとかで食べられるのでは?後は自分で作るとか。」
「どちらも高くつくし、自炊は手間がかかります。」
「まぁ、そうですね。気に入ってもらえたようで何よりです。」

「栗崎さん、(SNS名)の操作、慣れました?」
「ええ、三戸さんしかやり取りしてませんが、回数重ねましたし。」
「私、前にそれ使ってよくやり取りしてた人がいたんですけど、この間止めちゃったんですよ。結構ショックで。」
「へぇ。」
「本当は、普通に友達になりたいくらい気が合ってた子でした。でも最後まで、自分の気持ち、伝えられなくて。」

「・・・そうなんですか。」
「はい。最後に好きだって言ってくれたのに、私それが嬉しくて号泣しちゃって。返事もできなくて。気が付いたら、アカウント削除された後でした。」
「・・・その相手のこと、三戸さんも好きだったんですか?」
「勿論です。先ほども言ったじゃないですか。友達になりたかったんだって。」

「両想いなら、友達じゃなくて恋人では?」
「相手は女の子だと思います。アカウント名もそれっぽかったし。もう一回やり取りできたら、大好きだって言えたのに。」
「・・・。」
「どうしました?栗崎さん。顔赤いですよ。熱でもあるとか?」
「・・・いえ、気のせいです。」

「あぁ、でも今は吹っ切れましたよ。栗崎さんともやり取りするようになりましたし。もしかしたら、何らかの折に連絡くれるかもしれないし。」
「そうですか。それは良かったです。」
「・・・やっぱり、顔、赤くありません?」
「あまり見ないでください。恥ずかしいので。」
「?」

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