膝枕外伝 SF膝枕【膝枕リレー300日記念】

まえがき 

こちらは、脚本家・今井雅子先生の小説「膝枕」の外伝です。Clubhouseで2021年5月31日から始まった朗読リレー、通称「膝枕リレー」が2022年3月26日で300日を迎えたのを記念したものです。

「膝枕リレー」の経緯はこちらのノートをご参照ください。

今井先生のエピローグ
それからの膝枕(twitterの画像をご覧ください)

下間都代子さんによる朗読

kaedeさんによる朗読
(stand.fm)今井雅子作 膝枕

Noteに投稿されたスピンオフ
下記のマガジンをご覧ください。

Note以外に投稿されたスピンオフ
藤崎まりさん作
(stand.fm)今井雅子作・膝枕 アレンジバージョン

やがら純子さん作
落語台本「膝枕」

下間都代子さん作
ナレーターが見た膝枕〜運ぶ男編〜
(Youtube)大人の朗読リレー「膝枕は重なり合う」(朗読:下間都代子さん、景浦大輔さん)

kana kaede(楓)さん作
「単身赴任夫の膝枕」

賢太郎さん作
(stand.fm)「膝枕ップ」

松本ちえさんも「からくり膝枕」をお書きになりました。
(限定公開のようでしたので紹介に留めます)

本編

『臨時ニュースをお伝えします。先ほど、小惑星と見られる物体が地球へ飛来していることがわかりました。HISAヒサ(HIzamakura Space Administration)の発表によりますと、現在の軌道を維持した場合、1時間以内に地球に衝突する見込みであるとのことです。ですが、落ち着いてください。多くの小惑星は落下するまでに燃え尽きてしまいます。また、確率的には海に落ちる場合がほとんどです。今後の発表があるまでお待ちください。繰り返します。HISAヒサによりますと……』

テレビの音量を下げると、神妙な顔つきで所長が口を開いた。

「今聞いてもらった通りです。全世界の観測網を潜り抜ける小惑星なので、大きさはせいぜい数メートル程度だと思われます」

人知れず地球に衝突する小惑星や隕石は多い。2013年にロシア中西部で撮影された火球の写真はSNSで拡散された。先日も3メートル級の小惑星が発見から2時間後に落下した。衝突地点と時刻の予想が速かったこと、小惑星の大部分は大気圏で破裂したこと、残った破片は海上に落ちたことが重なり、被害の報告はほとんどなかったという。

「すでに各国の研究機関が解析を始めているところだとは思いますが、私たちも全力を尽くしましょう」

所長と久松の他にはコンピュータの駆動音が唸る部屋に、所長の落ち着いた声が響く。

ここは『膝枕カンパニー』の地下にある観測所である。本業は人工知能を搭載した膝枕の通販だ。発表当初は鳴かず飛ばずの売り上げだったが、宇宙飛行士とのコラボで人気に火がついた。

膝枕ブームで莫大な利益を得た社長が頭を出した、いや、手を出したのは宇宙観測事業だった。世界中の研究機関と協力して地球に接近する小惑星の動きを監視している。地球に衝突する可能性の高いものについては、落下地点の予測を行い被害軽減の対策を取ることも業務とする。新発見の小惑星に”Hizamakura”という名をつけたいためという噂もある。

すべては膝枕開発で培った技術の応用だが、高い専門性が要求されるために所長と久松しかいない。

「所長、この画像ですが」

久松はモニターに映る画像の1つを指した。

「これ、膝枕に見えませんか?」

「確かに似ていますが、そういう形の小惑星かもしれません。表面を詳しく見られればよいのですが」

「やってみます」

久松は世界各地、さらには衛星で測定されたデータを解析した。

「膝枕の皮膚のデータと一致しています」

「ということは『あの子』しかいませんか……」

所長が知る限りこれまでに宇宙へ行った膝枕は1人しかいない。なんらかの原因で船外へ放出されたか。あるいは……

「久松君、お手柄です。正体がわかっただけでも収穫ですよ。報告しますので、軌道予測をお願いします」

久松はモニターに向き直った。飛来物の詳細な形状、質量などのデータも世界の知るところとなるだろう。

久松は楽観的だった。万一地上に落下したとしてもその被害はほとんどないはずだと自社技術で衝撃を軽減することもできる。

だが、問題は意外なところから降ってきた。

ニュース速報を知らせる音と同時に電話が鳴った。所長の応対を妨げない程度に、久松はテレビの音量を上げた。

『ただいま入った情報です。飛来物は「膝枕」であるということがわかりました。繰り返します。飛来物は「膝枕」であるとの発表です。また、落下地点は……』

久松は読み上げられた地点に驚くとともに腹が立った。末端研究所とはいえ世界と繋がっているのだ。衝突位置が位置だけに、メディアの前にこちらに情報が来てしかるべきだ。

「なんでこっちが知る前に公式発表があるんですか! 所長、所長? どこからの電話ですか?」

「上層部から絶対に傷つけるなとのお達しがありました」

「なぜですか。小惑星と同じ扱いでいいじゃないですか」

自社の技術で衝撃をほぼ無くすことは可能だ。それでも膝枕自体は無傷では済まないだろう。そもそも大気圏突入時にどうなるかわからない。小惑星や宇宙ごみが飛び交う空間で無傷なのが奇跡なのだ。さらなる奇跡を起こせと言っているに等しい。

「先ほどのニュースを見た膝枕愛護団体から抗議が来たみたいです」

「そんなの……」

自社が作っている商品なのだ。久松にも愛着がないと言えば嘘になる。だからといって、

「地上への被害に比べたら大した事ないじゃないですか」

自分もそれはわかっているという顔で所長は言った。

「団体から多額の寄付を受けているんです。無下にはできません」

「じゃあ、大気圏外にいるうちになんとかしろということですか?」

「そういうことです」

そのとき、警告音が鳴り響き、モニターの1つにアラートが表示された。膝枕の表面温度が高くなりつつある。久松には、それが確実に地球へ戻りたいという意思表示のようにも思えた。

所長はあくまで冷静だった。

「こちらからのアクセスはできますか?」

「ダメです。管理者権限で弾かれました」

「管理者……HISSヒスとの距離は?」

HIzamakura Space Station、通称HISSヒスは高度300キロメートルを周回する宇宙ステーションである。膝枕の公式キャラクターに任命された宇宙飛行士が現在滞在中のはずだ。

「最も近づいて300キロメートルです」

2人の認識は一致していた。世界最高技術の集大成であるHISSヒスでも、300キロ離れた飛行物に干渉できるとは思えない。

「一応、HISSヒスとの交信を試してみましょう」

所長が言い終わるか終わらないかというタイミングで警告音が止まった。それと入れ替わるように、テレビにHISSヒスの外部カメラの映像が写し出された。

久松はアラートが出なくなったことも気になったが、今はテレビ画面に注目する。所長はどちらの画面も視界に入る位置に椅子を持ってきて座った。

画面右端から伸びたステーションの先端の扉が開き、宇宙服を着た人物が出てきた。左肩に日の丸が見える。

久松が

「この人が膝枕の管理者ですよね」

と所長に確認する。

「そうです。いまはこの人の指示しか受け付けません」

宇宙飛行士は画面のほぼ中央で体を大の字にしたまま静止している。

再度久松が尋ねた。

「温度上昇が止まったということは速度が落ちたということでしょうか」

所長の回答を待つまでもなく、事実は明らかだった。

画面左側から膝枕が飛んでくる。その速さはついさっきまでの警告音からは考えられないほどゆっくりだった。

膝枕は宇宙飛行士の中へ吸い込まれるように直進し、受け止められた。

宇宙飛行士は膝枕をお姫様だっこの格好で抱えると、ステーションの中に消えていった。

唖然としている久松と所長をよそにアラートが並ぶ画面が更新され、HISSヒスからのメッセージが写し出された。

『膝枕リレー300"S"anbyaku日 おめでとうございます"F"estival

あとがき

公開日時は誰が何と言おうと2022年3月26日28時14分です。

冗談はさておき、この元ネタになった記事を紹介します。

隕石ではなく膝枕が落ちてくるというネタを掘り起こし(上から来る話を掘るとはこれいかに)300日に合わせて書き切りました。

略語はもう少し工夫できたかなと思います。いつの間にか変わっているかもしれません。

2022年3月27日 小羽勝也さん(膝番号13番)が膝開きしてくださいました! ありがとうございます! ↓のリンクからお聞きいただけます

2022年5月4日 徳田祐介さん(膝番号2番)が初見朗読の部屋で読んでくださいました! ありがとうございます!

もう一つのエンディング

『この沈み込み"S"hizumikomi、このフィット"F"It感。この膝があれば、もう何もいらない』

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