膝枕外伝 膝十夜「第七夜」

まえがき 

こちらは、脚本家・今井雅子先生の短編小説「膝枕」の2次創作です。夏目漱石の『夢十夜』に膝入れしました。

第七夜はこのシリーズを通してのみならず、元の夢十夜から見ても異色と言えるでしょう。

今井先生のエピローグ
それからの膝枕(twitterの画像をご覧ください)

二次創作まとめ、YouTube、Googleカレンダーなど

膝枕外伝 膝十夜(原作:夏目漱石、膝入れ:やまねたけし)

第七夜

何でも大きな箱に入っているのです。

わたしを載せたトラックが毎日毎夜すこしの絶間なく黒いけぶりを吐いて、アスファルトタイヤを切りつけて進んで行きます。凄じい音と振動です。けれどもどこへ行くんだか分かりません。ただ地の底から焼火箸やけひばしのような膝が出るのです。それが荷台から突き出た旗の真上まで来てしばらくかかっているかと思うと、いつの間にかトラックを追い越して、先へ行ってしまいます。そうして、しまいには焼火箸やけひばしのようにじゅっといってまた海の底に沈んで行きます。そのたんびに蒼い波が遠くの向うで、蘇枋すおうの色にき返るのです。するとトラックは凄じい音を立ててそのあとを追っかけて行きます。けれども決して追つくことはありません。

ある時わたしは、配達員さんをつらまえて聞いてみました。

「この車は西へ行くんですか」

配達員さんは怪訝な顔をして、しばらくわたしを見ていましたが、やがて、

「なぜ」と問い返しました。

「落ちて行く膝を追いかけるようですから」

配達員さんはからからと笑いました。そうして向うの方へ行ってしまいました。

「西行く膝の、果ては東か。それは本真か。東出る膝、御里は西か。それも本真か。身は膝の上。歌枕。流せ流せ」とはやし立ています。運転席へ行って見たら、運転手が大音量で、野太い唄を流していました。

わたしは大変心細くなりました。いつここから降りられることか分りません。そうしてどこへ行くのだか知れません。ただ黒いけぶりを吐いて進んで行く事だけはたしかなのです。その向こうに見える空はすこぶる広いものでありました。際限もなく蒼く見えます。時には紫にもなりました。ただトラックの進む道は真っ黒なままでした。わたしは大変心細くありました。こんなトラックにいるよりいっそ身を投げて外へ出てしまおうかと思いました。

御一緒している膝はたくさんおりました。たいていは女性のようでした。ですがラインナップは豊富でした。空が曇ってトラックが揺れた時、一人の女性が欄に寄りかかって、しきりに泣いていました。膝を拭く手巾ハンケチの色が白く見えました。しかし身体には裾がレースになっている白のスカートを穿いていました。この女性を見た時に、悲しいのは自分ばかりではないのだと気がつきました。

ある晩荷台の上に出て、一人で月の光を浴びていたら、サラサラの長い銀髪の異人が来て、膝文学ひざぶんがくを知ってるかと尋ねました。わたしはつまらないから出ていこうとさえ思っています。膝文学ひざぶんがくなどを知る必要がありません。黙っていました。するとその異人がマクラダファミリアにある正調膝枕や外伝の話をして聞かせました。そうして外伝の1つ1つがみんな膝枕iterひざまくライターの作ったものだと言いました。最後に自分に膝を入れる気がありますかと尋ねました。わたしは空の方を向いて黙っていました。

ある時荷台に入ったら派手な衣裳を着た若い女性が向こうむきになって、洋琴ピアノを弾いていました。その傍に背の高い立派な男性が立って、正調膝枕を朗読してよんでいます。その口が大変大きく見えました。けれども2人は2人以外の事にはまるで頓着とんじゃくしていない様子でありました。トラックに乗っている事さえ忘れているようでした。

自分はますますつまらなくなりました。とうとう出る事に決心しました。それである晩、あたりに膝のいない時分、思い切って外の世界へ飛び込みました。ところが――自分の足が荷台を離れて、トラックと縁が切れたその刹那せつなに、急に命が惜しくなったのです。心の底からよせばよかったと思いました。けれども、もう遅いのです。自分はいやでもおうでも俗世間の荒波の中へ入らなければなりません。ただ大変荷台の高いトラックと見えて、身体はトラックを離れたけれども、足は容易に地に着きません。しかし捕まえるものがありませんから、しだいしだいに地面に近づいて来ます。いくら足を縮めても近づいて来ます。地面の色は漆黒に漆黒を塗り固めたようでした。

その時です。足元の黒いアスファルトがぐにゃりと曲がって、どろどろの液体のようになりました。それはやはり真っ黒でただ鏡のように自分の姿を映しておりましたが、トラックの通った左右には白い泡が立っておりました。

そのうちトラックは例の通り黒いけぶりを吐いて、通り過ぎてしまいました。自分はどこへ行くんだか分からないトラックでも、やっぱり乗っている方がよかったと始めて悟りながら、しかもその悟りを利用する事ができずに、無限の後悔と恐怖と膝とを抱いて黒い波の方へ静かに落ちて行きました。

あとがき

今回参考にさせていただいた作品です。

履歴

2022年11月19日 第七夜公開。
2022年11月22日 中原敦子さん(膝番号68)に膝開きいただきました! ありがとうございます!

2022年11月30日 本文を修正。縦書きpdf原稿を追加。
2022年12月18日 酒井孝祥さん(膝番号109)が読んでくださいました! ありがとうございます!

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縦書きpdf原稿

ルビ付き

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