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教頭せんせいのあたまの中(vol.7)

教頭せんせいは、(先生たちへの)愛がある……😌

これはたぶん
私だけじゃないと思う

多くの教頭先生がそうじゃないかなぁ🤔

じゃなきゃ

こんな大変な時代に
教頭なんかやってないよ💦

今の時代

教員は

名誉職でもないし
子どもたちから憧れられる職業でもない

教員を目指す学生が少なくて
困っている😔

でも

先生たちは
生徒(子ども)を相手にしているから

未来に希望を持てるし

成長する姿が喜びだし

子どものダイレクトな反応が
楽しい

だけど

教頭は
先生たち(大人)を相手にしてるんだぜ⁉️

未来に希望?
成長?
ダイレクトな反応?

ダイレクトに攻撃されるけどね🤣

昨日の投稿で
※vol.6を見てね😃

お母さん気分と言ったが

それは
愛があるゆえだ

愛があるから


先生たちにまだ成長してほしいし

先生たちによい人間関係を築いてほしいし

先生たちに心地よい環境で働いてほしいし

なにより

先生たちには幸せでいてほしい

と思っている……

だから

私にできることを

精一杯

やるだけだ……


しっかし

私がこのように
菩薩様?のような心を持てるようになったのは

つい最近のことで

若いときは
かなり尖っていた🤣

アンチ教師だったし

教員になる前に
わりといろいろな仕事をやっていて

教員の世界を
斜めから見ていた…

自分が教員になってからも
その斜めからの視点は変わらず

教員批判ばかりしていた

でも

ある時期を過ぎてから

なぜか

「みんな違って、みんないい」
by みつを


って

すーっと心に入り込むようになったんですよねぇ😮😮😮

そもそも
社会や組織には
いろいろな人がいるじゃないか❗️

教員だって
いろんな人がいていい

たとえそれが

性格の悪い人だって
意地悪な人だって

あ、そういう人は稀ですよー

教員は「人がいい」んです❗️

純粋というか…

むしろ

もっと戦略的になったり
ズル賢くなったり
した方がいいんじゃないの?

と心配になるくらい😅

話は戻りますが

「みんな違って、みんないい」

と私が思えるようになったのは

「人としての器(うつわ)」が

大きくなったからじゃないかなぁ
🤔

って思うんですよねー

この「人としての器」については

そのうち

どこかの回で、詳しくお話ししますねー♪


ここまで読んでくださりありがとうございました‼️

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