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しめかざり探訪記[3]――島根県飯南町 出雲大社の大しめ縄製作  「大撚り合わせ」行事

■6年ぶりの掛け替え

 2018年、初夏のある日のこと。しめかざりの関連会社に勤務するAさんから、出雲大社のしめ縄が6年ぶりに掛け替えられるという情報を得た。あの有名な出雲大社神楽殿の「大しめ縄」だ。全長約13メートル、重さ約5トンで日本最大級。まず私が思ったのは、「そうか、あの巨大なしめ縄は毎年作り替えるわけではないのか」ということ。その準備や労力を考えれば当然なのだが、個人宅のしめかざりを主に見てきた私には新鮮だった。

 Aさんによると、その大しめ縄製作の最終工程である「大撚り合わせ」という行事を見学できるらしい。製作場所は出雲大社ではなく、飯南町という山の中。調べてみるとアクセスがかなり悪く、公共交通機関では難しそうだ。しかしこれを逃せば次は6年後だと思い、行くことを決めた。

 というわけで、今回は「しめかざり探訪記・番外編」として、出雲大社の大しめ縄製作をレポートしてみたい。一般家庭のしめかざりと何が違うのか、または同じなのか? 【前回はこちら

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↑出雲大社の大しめ縄

 7月15日快晴。松江に前日入りしていた私は、結局Aさんの車に乗せてもらい、飯南町へ向かった。市街をあとにして、早朝の車はぐんぐん山の中へ入って行く。しばらくすると眼下に田んぼも広がってきた。田んぼの青と、山の青と、空の青。家に残した仕事のことが、さらさらと頭から消えていく。このアクセスの悪さは、到着までに心を無にするためのしかけ(デザイン)ともいえる。

 さて、前提講義をしておこう。出雲大社の大しめ縄を掛け替えることを「掛け替え神事」と呼び、5〜6年に一度行われる。今回は7月17日だ。しかし、掛け替える前に肝心の大しめ縄を製作しておかねばならない。その製作準備は田植えから考えれば1年以上、実作業だけでも4ヶ月ほど費やす。その最終段階にあるのがこの「大撚り合わせ」。私はいま、この行事に向かっている。

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↑飯南町。山の中の田んぼ

制作現場の藁束2本

 一時間半ほど走り、車が止まった。山の中に突然、ひらけた土地と体育館並みの大きな建物が現れる。ここは「飯南町大しめ縄創作館」。大しめ縄の製作場所だ。昔は小学校の体育館で製作をしていたそうだが、4年前に専用の場所として建設された。

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↑飯南町大しめ縄館

 建物の中がどうなっているのか、全く想像しないで足を踏み入れた(むしろ想像ができなかった)。入って、驚いた。ブルーシートをかけられた巨大な藁束2本が、どっしりと空間を埋めている。本来は広い場所なのだろうが、そうとは思えないくらいに圧迫感があった。

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↑館内に横たわる藁束

 「大撚り合せ」という作業は、この藁束2本に「撚(よ)り」をかけて、「しめ縄」にしていくことを言う。「撚り」とは簡単に言えば「よじる・ねじる」ことだ。ティッシュで作った「こより」をイメージすればわかる。ティッシュなら指先で撚ることが出来るが、大しめ縄となると広い場所が必要だ。そこでまず、この2本を屋外に移動させる。藁束の下に細長い円柱を何本も入れ、その上を滑らせていくという原始的な方法だ。はじめて屋外に出してもらった大きな2本は、深呼吸でもしているかのように開放感にあふれていた。

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 人々の手でブルーシートがめくられていく。すると、なんとも美しい「コモ」が現れた。コモは、藁で編んだゴザのようなもの。このコモは、平面にすると16メートルx3.6メートルの大きな長方形になる。その中に大量の「中芯」(=藁束)を詰めて包んだものを2束つくる。

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↑藁束を覆う「コモ」

「コモ」に「シメノコ」そして「モト」

 今回の大しめ縄に使われる藁は単一のものではなく、部位によって稲の品種が違う。例えば、「中芯」は脱穀したあとのコシヒカリやアカホモチの藁。脱穀後の藁はかたく、芯材に適している。「コモ」は表面に現れる部分なので、青刈りした美しく長いアカホモチの藁。そしてしめ縄から垂れ下がる「シメノコ」はカメジの藁。稲の特性を生かして使い分ける。ちなみにカメジという品種名は、島根県で農業の神様とされる「広田亀治」からきている。米の不作に困窮する農民のために、新品種の開発に挑んだ人だ。そして長年の研究からやっと生まれた理想的な稲を地元の人は「亀治米」と呼んだ。カメジの藁には、土地の記憶を人に繋げるという大事な役目がある。

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↑円錐形に垂れた部分がシメノコ

 屋外に出した巨大な藁束は、「モト」(根元)を2本重ね合わせ、太い釘を刺して固定する。こんなにも大きなしめ縄なのに、刺す釘は1本だけ。棟梁は慎重に、太釘を打つ一点を見極めようとしている。私が「どのように場所を探すのですか?」と聞くと、棟梁は「感覚だ」という。一度刺したらやり直しはできない。棟梁はしばらく藁束を観察し、「ここ」と言った。そのあとはもう躊躇なく、その一点に釘を立て、木槌で叩く。簡単には入らない。やっと釘が全て刺さると、紐のようなものを何重にも巻きつけて、根元をガチガチに固定する。なんと、ここまで1時間を要した。どれだけ大しめ縄の根元の固定が重要か、そして慎重に作業しているかがわかるだろう。

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↑素手で釘を持っているのが棟梁

■「見よう見まねだよ」と棟梁

根元が固まり、やっと「大撚り合わせ」が始まる。ここからはクレーンが登場。まずはクレーンで藁束の1本を持ち上げ、もう片方の藁束は10〜15人ほどの人力で前方に転がし「撚り」をかける。かなり力の要る作業だ。しかし「撚り」がMAXに到達すると、棟梁はすかさず「そのままキープ!」と叫び、押し手達から「えええ〜〜!」と悲痛な声があがる。その間にクレーンの藁束がゆっくりと降りて来て、「撚り合わせ」が一つできた。これを繰り返すことで「縄」になっていく。

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 正直私は、この規模のしめ縄は全てクレーン作業なのだろうと思っていた。しかし棟梁の「『撚り』の部分は人じゃないとできないね」という言葉に嬉しくなる。どんなに大きなしめ縄になろうとも、やはり人の力が必要なのだ。よく考えればクレーンだって人が動かしている。棟梁と息を合わせるのも大変なことだろう。ちなみにクレーンのない時代はどうしていたのかと聞かれるが、神楽殿の大しめ縄は1981年に奉納されたのが最初。意外と歴史は浅いが、しめ縄に必要なのは歴史ではなく、そこに「掛けたい」という気持ちだ。

 この一発勝負の「大撚り合わせ」は、日陰のない炎天下(7月なのに気温35度!)の中、なんと5時間もかけて「ゆっくり」と行われた。それは、慎重に慎重を重ねても足りないほどの慎重さで作業しているからだ。

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 実は、棟梁は元運送屋さんで、この大しめ縄を「運ぶ」側だった。定年後、頼まれて棟梁になったが、製作方法はほとんど教わっていないと言うから驚く。「運送屋時代から見てきたから、作り方はなんとなくわかる。見よう見まねだよ」。

 私はこの「見よう見まね」という言葉は、物事が継承されていく魔法の言葉だと思っている。1ミリもスキのない設計図を渡されたら思考停止になってしまうが、曖昧ならば試行錯誤する過程でそれが「自分ごと」になっていく。より良くしようとワクワクしたり、苦悩したり、それが楽しい。

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↑しめ縄を持つ棟梁

 しかし、棟梁も後継者には困っているらしい。若手に繋がらないという悩みはどこも同じ。最近ではこの大しめ縄創作館に、他県の高齢の氏子さんから困り果てた声で電話がくるという。地元にしめ縄の作り手がいなくなってしまったから、代わりに作って欲しいという依頼だ。これまでは自分で仲間たちと作っていたが、皆高齢になってしまった。それでもどうにか奉納したい。こんな気持ちを抱え、密かに胸を痛めている氏子さんが日本中にいるはずだ。私も各地を歩く中で、外すに外せなくなっている古びたしめ縄をたくさん見てきた。強く静かに主張するそのしめ縄から、作り手の無念が滲み出ているようで、私などは少し怖くなるのだった。

***

 長く暑い1日が終わった。朝見た巨大な藁束2本は、5時間以上をかけて無事に一本の「縄」となった。まるで蛇の交尾のように互いに巻きつき、新しい命のかたちが生まれた。

 炎天下でビデオカメラを回し続けた私はもうヘロヘロだ。大撚り合わせに参加していたAさんの腕も、日焼けで痛そうに焦げていた。

 帰りも車に乗せてもらい、今日1日をぼんやり振り返る。「大撚り合せ」で特に印象に残ったことは3つ。あんなに大きなしめ縄でも、「見よう見まね」で継承されていること。機械だけでなく必ず人の力が必要だということ。後継者に困っていること。
 ん? なんだ、それなら家庭のしめかざりと状況は同じではないか。全く別世界だと思っていた「神社の大しめ縄」だが、結局それを作る「人」は、同じ部分で楽しみ、悩んでいた。

 今日完成させた大しめ縄は明後日、出雲大社の神楽殿へ奉納(設置)される。そして、役目を終えた古いほうの大しめ縄は、山へ運ばれ土に還る。山の名は、あえて聞かなかった。


森 須磨子(もり・すまこ)
1970年、香川県生まれ。武蔵野美術大学の卒業制作がきっかけで「しめかざり」への興味を深めてきた。同大学院造形研究科修了、同大学助手を務め、2003年に独立。グラフィックデザインの仕事を続けながら、年末年始は全国各地へしめかざり探訪を続ける。著書に、自ら描いた絵本・たくさんのふしぎ傑作集『しめかざり』(福音館書店・2010)、『しめかざり—新年の願いを結ぶかたち』(工作舎・2017)がある。
2015年には香川県高松市の四国民家博物館にて「寿ぎ百様〜森須磨子しめかざりコレクション」展を開催。「米展」21_21 DESIGN SIGHT(2014)の展示協力、良品計画でのしめ飾りアドバイザー業務(2015)。2017年は武蔵野美術大学 民俗資料室ギャラリーで「しめかざり〜祈りと形」展、かまわぬ浅草店「新年を寿ぐしめかざり」展を開催し、反響を呼ぶ。収集したしめかざりのうち269点を、武蔵野美術大学に寄贈。
2020年11月には東京・三軒茶屋キャロットタワー3F・4F「生活工房」にて「しめかざり展 渦巻く智恵 未来の民具」開催予定。
https://www.facebook.com/mori.sumako
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土星マークの出版社、工作舎です。創業は1971年、おかげさまで2021年に50周年を迎えます。サイエンス、アート、人文、文学などの書籍を刊行。丁寧な本づくりを心がけています。https://www.kousakusha.co.jp/

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