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工作舎の隠れ推し本#07 異相に神あり異形に神あり 『本朝巨木伝』

note連載企画「工作舎の隠れ推し本」の第7回は、巨木の生命と日本の物語『本朝巨木伝』です。記事の最後に、プレゼント企画の詳細が書いてあります。ぜひご応募ください。


『本朝巨木伝』
牧野和春 荒俣 宏=序文

屋久島の香り

 人はなぜ巨木に魅せられるのか。深山幽谷に自生する樹木には、人のあずかり知らぬ、荘厳な気配がある。一方で、産土神を祀る神社の神木はもっと身近で、懐かしさすら感じさせる。私たちは巨木から何かしらの情報を受け取っていて、その情報が無意識に作用し、畏怖やノスタルジアといった感情を惹起するのだろうか。その何かしらの情報として、植物の香りに着目してみようと思う。
 
 森に入ったとき、清々しい空気とともに爽やかな「緑の香り」を感じて心が落ち着いた経験がある人は少なくないだろう。この緑の香りの正体は、植物から放出されるテルペン類と呼ばれる有機化合物だ。テルペン類の役割は、人にはヒーリング効果程度かもしれないが、植物にとっては害虫からの防衛手段という重要な機能がある。すなわち、食害を受けた植物が発したテルペンを正常な植物が受容すると、害虫に対する防衛の反応が誘導される(これを植物間コミュニケーションという)。私たちが緑の香りを感じるとき、植物たちは一致団結し害虫に抵抗している最中ということになる。
 
 この緑の香りは実は地域によって異なるという研究がある。もう少し正確にいえば、同じ植物種(対象はスギ)であっても放出するテルペン類の組成が地域によって多様であるということらしい。また、多様性をもたらす要因は気候や生物間の相互作用にあるようだ(研究はスギに寄生する真菌類が大きな役割を果たすと指摘する)。するとその土地に適応した固有の香り、いわば方言が存在するとでもいえようか。植物のコミュニケーションの世界も奥が深そうだ。

 ところで、巨木といえば筆者は屋久島に生える樹齢3,000年にもなる屋久杉を思い浮かべる。屋久島は日本有数の多雨地帯として知られ、林芙美子が「月に35日雨が降る」と表現したほどである。以前に二週間ほど島に滞在したことがあるが、旅程の半分で雨に降られた。亜熱帯気候特有の霧雲の中にみた屋久杉は筆舌に尽くしがたい存在感だった。
 
 この島の多雨という環境条件は、スギの生理的・生態的特徴に多大に影響している。寿命が数千年に及ぶのも、この過酷な環境のもとで成長速度が非常に遅くなるためである。そんな雨の島に生きる屋久杉の香りは、ほかのどの地域のスギとも異なるのだろう。筆者が屋久杉から感じたただならぬパワーは、この島特有の気候と生物間の相互作用のなかを生きる彼らが放つ緑の香りがもたらしたものかもしれない。(塩澤)

参考文献
種生物学会編(2023)『植物の行動生態学:感じて、伝えて、記憶し、応答する植物たち』 文一総合出版
Hiura T. et al.(2021)Diversification of terpenoid emissions proposes a geographic structure based on climate and pathogen composition in Japanese cedar. Scientific Reports 11:8307


著者紹介

牧野和春(まきの・かずはる)
1933年、鳥取県生まれ。慶應義塾大学文学部卒。ジャーナリストをへて1968年、牧野出版を創立。
著書は『桜の精神史』『樹齢千年』『異相巨木伝承』(以上、牧野出版)、『巨樹の顔』(共著・朝日新聞社)、『桜伝奇』(工作舎)、『森林を蘇らせた日本人』(NHKブックス)、『鎮守の森再考』(春秋社)、『巨樹と日本人』(中公新書)など多数。
全国巨木フォーラムを支援して、講演活動やフィールドワークのため日本各地を飛び回る。

書籍情報

『本朝巨木伝』
牧野和春 荒俣 宏=序文
●本体2200円+税 ●四六判上製 240頁
1990.9刊行

本書目次

序文 巨木と人生 荒俣宏
1章 山桜に逢いたい 桜さくら●狩宿の下馬桜[静岡県]

2章 原生林の奥深く 板の根●サキシマスオウノキ[西表島]
           水中木出現●魚津埋没林[富山県]

3章 女の力を宿す 宿根の枝●さしまたのツバキ[富山県]
          大アベマキ霊験記●口大屋の大アベマキ[兵庫県]
          大酒呑みの藤●牛島の藤[埼玉県]
          老木の乳柱●飛騨高山の大銀杏[岐阜県]

4章 生活の守り神 養蚕の神●薄根の大桑[群馬県]
          巨樹に憩う●椋本の大椋[三重県]
          阿波の「阿呆水」vs 大楠●加茂の大クス[徳島県]
          縁結びの木●愛染桂[長野県]
          殿様拝領の松●萩原の大笠松[群馬県]
          語部を失った巨樹●府馬の大クス[千葉県]

5章 天にも昇る気 巨杉の揃い踏み●智満寺十本杉[静岡県]
          金花芳香二里四方●三島神社のキンモクセイ[静岡県]

6章 異形・異端の奇 天狗の枝垂れ栗●小野のしだれ栗[長野県]
           イザナギの梛 凪ぎの梛●熊野速玉大社のナギ[和歌山県]

7章 歴史を写す 林立栗柱の怪●チカモリ遺跡出土の木柱根[石川県]
         のたうち殖える天神の梅●藤川天神の臥竜梅[鹿児島県]
         女性上位の夫婦欅●根古屋神社の大欅[山形県]
         渋柿の系譜●庄内ガキの原木[山形県]
         栃の木は残った●利賀のトチノキ、脇谷のトチノキ[富山県]
  
8章 樹齢千年の死 一期一会の大樫●高尾山麓の千年樫[東京都]

付録 牧野和春・選「日本全国、各都道府県一本の巨木マップ」


プレゼント応募方法

X(旧:twitter)facebookで「#工作舎の隠れ推し本プレゼント」をつけて投稿した方、あるいはメール(saturn@kousakusha.co.jp)でご応募の方に、最大3名様に抽選で『本朝巨木伝』をプレゼント!
当選した方には、DMメッセンジャーメールにて連絡いたします。期日は「2024年4月17日(水)」まで。皆様、どしどしご応募ください!

次回の紹介書籍は異なるものへの怖れ『犬人怪物の神話』です!


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