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201X年7月 樹海ノアる山

ひょんなことから樹海ノアる山に登ることになった。そういえばこの山に登るのは二回目だ。前回は南側から登ったのだが今回は北側から。山を挟んだ国はたいそう仲が悪いと噂には聞いているが実際どうなんだろうか?

そんなことよりも、久々に登る樹海ノアる山の麓は世界遺産になったせいか大混雑だ。あり得ないほどの人、人、人。土産物屋につぐ土産物屋。聞けば、頂上付近はたいそう渋滞している様子。だが仕方がない。登るしかないのだ。良すぎる天気が体力を奪うので、水分&栄養補給に気を付けて登山をスタートした。

7合目あたりまで順調に登っていたが、あっと思った瞬間、靴の底が抜けた。もう何年も前に買ったもので、経年劣化を起こしていたのであろう。靴底が剥がれてベロンベロンだ。二度と登山靴なんて買わないと心に誓い、レンタルで充分だ!くそう!ガッデム!などと映画に出てくるアメリカ人のように豪快に落ち込んでいたら、通りがかりの山のプロが、さらりとプロの技で助けてくれた。ありがたや。。。

と、気を取り直して登りだすも、登るほどに混雑がひどくなり、今度は自分のペースで進むに進めない状態に陥る。

ふう。。。ま、いっか。のんびりいこう。

結局、予定時間を大幅に超え、とっぷりと日が暮れた後に宿に着いた。寝床に行くと、僕らが寝るはずのところに他の人の荷物がどんと置かれていたので宿の人がどかしてくれ、スペースを作ってくれた。宿の人曰く『そこ、ちょっとアレな人が置いたみたいなんです。うまいことやりましょう』

やっとことでありついた晩御飯。食べ始めて間もなく怒号が聞こえたので、早速きたかと思いながら話を聞きにいくと、『ここは俺の場所だ!誰だ勝手に荷物動かしたのは!』といったようなことをわめき散らかしている。お店の方に目配せして話しかけた。『これは僕らの荷物だけど、僕らはあんたの荷物なんか動かしてないよ。で、なんでそんなに怒ってんの?ここは僕らの場所だって聞いてるけど?あんたの場所は本当にここなの???』とぐいっと踏み込んだところ、一瞬怯んで矛先を店員に変えて怒鳴りはじめた。

結局僕らは場所を移動することになったのだが、幸運なことに開ける予定のなかった快適なスペースをあてがってもらうことができた。宿の人とおかしな客のやり取りの一部始終はとても参考になったが、なにやらすうっと背中に寒い感じがある。

話したわけではないが、あの柔和な物腰の宿の人はこう思ってるのではないだろうか?
『山で怪我するのはああいうやつからだし、その時に助けるかどうかは僕らの胸三寸なんだ。』

とかく、やり取りにおける余裕の持ち方が美しい。

明け方、山頂を目指すべく起きたが、僕らは同行者に体調不良が出たため頂上を目指すのをやめて宿で待機している。仕方がないのでうっすらと明るくなる景色をぼんやり眺めていたら、宿に救助を求める緊急無線が入ってきた。宿の人たちは無視して談笑している。なんとなく気になった僕はほっといていいのか聞いたのだが、宿の人は笑って言った。

『いいんだよ、昨日のあの客だから』

ほらやっぱり。

そんな緊張感をほぐすように周囲が明るくなると共に闇は闇の中にふんわりと封印され、今日も山の1日がはじまる。昨日の客の事もあのやり取りもふんわりと封印されていくのだろう。

僕らはまだ生かされている。

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