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201X年12月 風吹ク街

電車から降り立つと乾いた風がびゅうびゅうと吹いている。どれくらいの強風かというと、駅前の放置自転車が全部倒れる程度だ。この駅で降りた数人の乗客は、迎えの車でどこかへ行ってしまった。風は冷たく、体温が持っていかれる。早朝だからか、歩いている人は一人も居ない。

珍しく街に行くためではなく、人に会うために街へやってきた。今日会うのは一体どんな人だろうと思いながら肩をすくめ約束の喫茶店へ向かう。途中、開いている店は駅前のコンビニ一軒だけ。いつ遭難してもおかしくない。そんな気分になる。何かものすごい違和感と時空のねじれ感がある。そんな街だ。

しばらく歩き続けると、昭和の空気そのものをそっとまとった小さな喫茶店がある。中に入るとその人はいた。小さな喫茶店の小さな小さな人。とても小さくて油断をすると見えなくなりそうなくらい小さい。そして見え辛いが、よく見るととても小さな、小さな灯火をそっと持ち合わせていることがわかった。ああ、この感覚か。間違いない。この人は大丈夫だ。そんな安心感の中、挨拶をする。

「はじめまして。どうやら君を探していたようです。」

熱いコーヒーをゆっくりと胃に流し込み、僕らは話し始める。他者を他者として尊重して対話できる、とても聡明な人だった。或いは人の形をした何かだったのかもしれない。そして店員から見ると、僕は独り言を喋ってる人だったかもしれない。僕たちはとめどなく話をし続けている。始まるでもない、終わるでもない、ただ出てくる言葉を繋ぎ合わせていく。ただそれだけのことが心地よい。

一体どれくらいの時間が経っただろうか?喫茶店の中は陽が差しているのに真夜中の匂いに包まれている。風は止んでいるのか何も音がしなくなっている。気がつくと客は誰もおらず、店員も居なくなっていて、目の前の小さな人の声はどこか遠くで聞こえている。そんな感覚だ。

無だ。無に囲まれている。

だがこわくはない。この無は知っている。夜が親密だったあの時代の空気感だ。僕は宙に向かって話しかけた。

「やあ、久しぶりだね。君だったのか。道理で。。。こんなところで会えるとは思ってなかったよ。」

ふわっと明るくなった次の瞬間、暖かな闇が訪れた。とてもとても懐かしい闇だ。そして延々とアナログのラジオのチューニングを合わせるような音が聞こえる。知ってる。これが僕の中の波の音だ。

ヒューンザザザブージョワジョワガーーー

時折、どこかの国の知らない言葉が混ざってくる。ここがどこで、今がいつなのかはどうでもいい。僕の意識はみるみる明確になり、同時に穏やかに眠気に落ちて行く。これだ、この感覚だ。あ、もうすぐ落ちる。。。。。。その瞬間、目の前の小さな人が笑いながら優しく言った。

「ヒューンザザザブージョワジョワガーーー」

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