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短編【ふたりたび】小説

あと三十分で当機はスワンナプーム国際空港に到着しますと英語のアナウンスが機内に流れる。予定より一時間ほど遅れているのは成田空港を経つ間際、急に飛行機の整備が入り飛び立つのが遅れたからだ。

隣の席の晴臣はるおみは、せわしなく腕時計と窓の外を見ている。落ち着きがない。まるで子供みたいだ。あと三ヶ月で二十歳になる男とはとうてい思えない。顔も幼いし所作も子供じみている。

顔が幼いから所作が子供じみて見えるのか。所作が子供じみているから顔が幼く見えるのか。多動性障害とは言わないものの、じっとその場にいる事が苦手な性分の晴臣には七時間のフライトはそうとうストレスだったようで三時間前から、そわそわと腕時計を気にしていた。

だから言ったのに。一緒にタイに行きたいと言う晴臣に七時間のフライトがいかに長いかを私は説明した。それでもいいと晴臣は言った。

そう言った手前か晴臣は愚痴ひとつ言わない。でも、そのかわり態度にいらいらが滲み出ている。いらいらは伝染するようで私もなんだか不愉快になってくる。ニ時間前から晴臣との会話はなかった。

羽田空港到着から、およそ九時間後ようやく私たちは解放された。

スワンナプーム国際空港の三階にあるフードコート『フード・バイ・マジック』に入ったのは、とにかくお腹が空いていたからだ。高級そうなレストランに入っても良かったのだけど料理がでてくるのが遅そうで、ついつい庶民的なフードコートに駆け込んでしまった。

タイには今日を含めて後三日はいる。舌を満足させるのは、その間にいつでもできる。とにかく今は、お腹を満足させたかった。

「姉ちゃんがイライラするから俺までイライラしちゃったよ」

カオマンガイを頬張りながら晴臣がサラッと言った。私はクイッティアオを啜りながら晴臣を睨む。

「何怒ってんの?」
「別に」
「へんなやつ」

クイッティアオがお腹を満たしているせいか、あまり怒りが湧いてこない。

「ねぇ、それ、フォー?」
「違うよ。クイッティアオ」
「クイッティ?……フォーと何が違うの?」
「知らないよ」

本当なら私の目の前には耕作こうさくがいるはずだった。一週間前、耕作は申し訳なさそうに私に言った。

「あの、夏菜」
「なに?」
「実は来週…」
「仕事?」
「うん。出張で岩手の工場に」
「休み、出してたんじゃないの」
「そうなんだけと…」
「いいよ。仕方ない。瑞穂と行くよ」
「申し訳ない。瑞穂ちゃんによろしく。この埋め合わせはーー」

旅行予定の日、その日は親友の瑞穂も彼氏と一緒にニュージーランドに行くって言ったじゃん。偶然一緒に海外旅行だねって言ったじゃん。そんなことも忘れている。

キャンセルするのも勿体無いので私は一人でタイに行く事にした。だけど一人分は無駄になる。一人分のキャンセルって出来るのかな。

そんな事を晴臣にポロッと言った。

「え!じゃあ、一緒に行こうよ!海外旅行、オレ行ったことないし」

本当に旅行に行きたかったのか。一人寂しい姉を憐れんで申し出たのか。それは分からない。

でも、まあ。一緒に来てくれて、ありがとうとは思っている。一緒に行こうよ。晴臣がそう言ってくれる事を期待してキャンセルの相談をしたのは事実だ。晴臣なら、きっとそう言ってくれると思ったから。幾つになっても晴臣は私を慕ってくれている。

でも、本当は私の方が弟離れ出来てない。

次はフォーを食べてみようと思いながら私はクイッティアオを啜った。



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ひょんなモノ

昨日は明日の二日後

晴れるなら

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