短編【晴れるなら】小説
奴が跳んだ。
だからお前は駄目なんだよ。空中からの落下による一撃。たしかに体重が乗り衝撃は倍増する。が、その分、軌道が読まれて易々と防ぐ事が出来る。
空中からの攻撃は相手が回避不能に陥ったときのトドメの一撃として行うべきで初手からする攻撃ではない。俺は落下しながら太刀を振り下ろしてくる奴の攻撃に合わせて戦斧で迎え撃つ。
おそらく奴の太刀は折れるだろう。あれだけの高さに飛び上がり、それなりに体重が掛かっているのだから。俺の頑丈な戦斧の前では、お前の太刀では耐えられない。自分の武器の耐久性も考慮して戦わなければなら……。
「な!」
なに!なんだ、この重さは!この重さは!この衝撃は中軽装備級のそれではない!俺は戦斧に亀裂が入る感触を感じとり太刀を受けながら咄嗟に戦斧を引き下げた。太刀の力を受け流したのだ。そうしなければ破壊したのは俺の戦斧の方だった。
「お前、まさか!チャージングかっ!」
「悪いな。こうでもしなければ、お前らには勝てないからな」
奴のチャージングされた太刀は閃光一閃、瞬く間に俺の胴体を捉えた。そして俺は……この世界から……消えた。
「くっそー!アリかよー!」
僕はVRゴーグルを頭から外して思わず投げ捨ててしまった。そして慌てて拾う。VRヘッドギアの中では高級機に当たる『プセブデス・プロ』だったのをすっかり忘れてた。危ない危ない。壊れてはないようだ。
それにしても畜生!あんな雑魚にやられてしまうなんて。僕は再び『プセブデス・プロ』を被って【セイブズアース】の世界へ跳ぼうとした。
「ただいまあ」
玄関から姉ちゃんの声。もうそんな時間か。デジタル時計の表示は午後七時十二分になっていた。
「なーに?まだゲームやってたの?アンタまさか朝から、ずっとやってたんじゃないでしょうね?バイト休みだったからって」
「そーんなワケないでしょー!肉じゃがカレー作って待ってたんだから」
「…あのね、晴臣。肉じゃがカレーってのは余った肉じゃがで作るもんで最初から作るもんじゃ」
「まーまーまー。食べてみてよ。初めてにしては中々の味ですよ」
スプーンの上に乗った一口大のじゃがいもと崩れた人参と薄切りの牛肉を湯気と一緒に姉は口に入れた。熱かったのか大量の空気を取り入れながら咀嚼している。全てを飲み込んだ姉が一言いった。
「おいしい」
「でしょー!自分でもびっくりだよ。ビギナーズラック」
「でも何でよ」
「何が」
「何で料理なんか。急に」
「だって結婚するんでしょ?結婚。耕作さんと。いずれは。そしたら僕は自炊をしなきゃならないし」
「そんなの……まだまだ先の話しだよ」
姉の言葉の調子が何となく曇っているような紗がかかっているような妙な違和感を僕は感じた。
単純で素直な姉だから直ぐにわかる。何かあったんだ。何があったのかは僕からは聞かない。そんな事をしたら気配を感じたヤドカリの様にサッと姉は本心を隠す。人の助けを借りる事は迷惑をかける事だと思っているのだろう。
だから自分からポロッと言葉を落とすのを待つ。
「来週、仕事なんだって、耕作さん。約束したのに」
ポロッと言葉が落ちた。なるほど、そういう事か。姉は恋人の耕作さんと来週タイ旅行に行く予定だった。それが駄目になったのだ。
「ペアで買った航空チケットって一人分キャンセル出来るのかな」
「姉ちゃん、一人でタイに行くの?」
「だって、勿体ないもん。有給も取ってるし」
「え!じゃあ、一緒に行こうよ!海外旅行オレ行ったことないし」
「でも七時間だよタイまで。大丈夫?」
「え?七時間」
七時間かあ。僕は一箇所にじっとしているのが苦手な性分だけど。
「ホントに大丈夫?七時間、座りっぱなしだよ?きっと嫌になると思うよ?」
と言う姉の口調に、さっきまでの曇りはなくなっていた。まだ、一緒に行くなんて言ってないのに、あからさまに元気になっている。
それなら、まあいいか。
と僕は思った。
⇩⇩別の視点の物語⇩⇩
山下という男
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