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パロディスター 製作日誌⑥

「ねえ”好き”の反対ってなんだと思う?」

彼女は器用なので歯ブラシをくわえながらでも喋ることができる。
僕は口の周りを泡だらけにしてしまうから歯磨きのときは洗面台の前から動けない。

「まあ”嫌い”でしょ。普通に考えて」

彼女は歯ブラシをゴミ箱に捨てて”違いまーす”と言って洗面所へ消えた。
寝起きに意味のわからない質問をしてくる彼女を少しうざったく思いながら、
僕はベッドの脇に落ちている下着を拾うよりも先に煙草を探した。

「好きの反対はね”好きじゃない”なんだよ」

着替えて髪を束ねた彼女は日曜日なのに仕事に行くような格好をしていた。

「だから、君は悪くないからね。君のこと嫌いになったんじゃない。それだけわかってね」

彼女はそう言って僕にキスをして、部屋を出て行った。
もう二度と会うことはなかった。

そんな状況をわかっていなかった僕は、彼女の残してくれたミントの匂いをすぐに煙草で消してしまった。


それから僕は何人かの女性と出会ったり別れたりしながらパロディスターを作った。


NASA,9.11,自民党,COVID19,etc..
世の中に溢れる当たり前とされる事柄や情報にイチャモンをつけて、
皮肉で包み込んでコラージュをまぶしてパロディ作品として飾りつけたものをメディアにぶん投げまくるマッド・アマノは”シニカルサイコキラー”だ。

マッド・アマノは疑い続ける。そして世論に問題定義を投げかけ続ける。
なんでもすぐに調べたら出てくるネット社会において”答え”には意味なんてもうなくて、
”問い”を考え続けることの大切さをマッド・アマノは教えてくれた。
太平洋戦争で崩壊した価値観の中を全速力で駆け抜けた人間にしか辿り着けないフェーズでマッド・アマノは今も闘っている。


きっと”本当”の反対は”嘘”ではない。
本当の反対は”本当ではないこと”なんだと思う。
パロディスターは全てが真実で構成されたドキュメンタリー映画ではない。
ただ不思議なことに僕もマッドさんも劇中にて一言も”虚偽"の発言をしていない。
心の底から思ったことと感じたことしか口にしていないのである。


僕は”本当のこと”を伝えるために今も嘘ばかり言っている。


”ねえ、さっきからずっと何のこと言ってんの?"

振り返るとそこには彼女がいた。
長い髪を束ねて、歯ブラシをくわえてこっちを見ている。

なあ、俺わかったんだ。あのとき君が言ってたこと。
仕事もロクにしてなくて借金もあって飲んだくれだった俺との未来を疑った君の思考は当然で、
それでも俺が傷つかないようにそっとドアを閉めた君の優しさにやっと気がつけたんだ。

あのさ!俺が監督したドキュメンタリー映画が新宿で上映されるんだ、観に来てくれないかな?
終わってもし時間あったら、話したいことがたくさんあって、俺まだ実は君のことずっと、

そう言いながら僕はポケットからパロディスターのチケットを取り出そうと探ったが見つからない。

代わりに個包装された白い粉と注射器がポケットからこぼれ落ちて、地面から乾いた音がした。


左手にゴムチューブを巻きつけたまま、ケイズシネマの前で横たわっている男がいる。
薄ら髭で嫌に肌が白く髪の長い男は虚な目をして涎を零しながら、にへらにへらと笑っている。
哀れな目で男を見る通行人たちをかき分けて、ひとりの男性が近づいてきた。


「監督、初日の舞台挨拶いけそ?」


マッドさんとふたりで話すよー!俺の役目はタイムキーパー!


安心してください、ぜんぶパロディですよ。



7/8[sat]-7/21[fri] 新宿K's cinema パロディスター 前売り券もまだギリ間に合う


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