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短編集

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読み切りを中心とした短編集。
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痛み

 少々やり過ぎたかなと思ったが、依頼なのだから仕方がない。  高額な料金を請求しているのだから、こちらはクライアントが望むように最高のレベルで仕上げるしかない。  より残虐に。より残酷に。  或いはゴミのようにあっさりと。  クライアントの望むがままに殺す。それが仕事だからだ。  目の前の男はすでに虫の息だ。腫れ上がった目蓋を必死でこじ開け、涙を流しながらこちらを見上げる。じりじりと蠢いているのはそれでも私から逃げようと必死なのだろう。 「痛いか? あぁ、私も痛い。溺愛してき

許し

 白だ。ただひたすらに無限に広がる白い世界。他の色は何もない。完全なるホワイトアウト。雪山を知る人間が最も恐れる自然現象が、目の前に広がっていた。  視界は一メートルもない。吹き付ける暴風が雪をあらゆる方向から叩きつける。下から巻き上げられ、横から吹き付けてくる。  山の女神が笑う。無力な人間が、冬の雪山に入り込む愚かさを。  雪の女王が責める。領域を犯す人間よ、身を以て凍てつく世界を知るがいいと。  ピッケルを突き立てるが、まるで岩のように固くなった雪肌には一度では突き刺さ

サプライズ!

「こっち、こっち!」  俺にわかるように千夜(せんや)は跳び上がって手を振った。そのたびにブリーチした金色の髪がふわりと舞い上がる。細身な上に中性的な顔立ちで、ただ見ただけでは物静かそうに見える千夜だが、これでいて案外男気溢れる気質だ。  よく言えば、即決即断即実行。悪く言うと短気で落ち着きが足りない。今ももう見えているというのに、もう一度跳び上がって手を振っている。 「もう見えてるよ、千夜君」 「だって星斗(せいと)はぼんやりしているから、僕を見落としてそのまま通り過ぎて行

初恋

 たぶん、初恋だった。  ずいぶん自信のない回答だが、確証を持って彼女が好きだったと言える程、強く思っていたわけではない。  入学式に一緒に写した写真。ひときわ目立つ真っ白なふわふわの髪が印象的で、僕はのちに密かなあだ名をつけた。 ――綿毛ちゃん、と……  彼女とどんな会話を交わしたのか、どんな遊びをしたのか、全く覚えていない。彼女は一緒に入学を果たしたけれど、一緒に卒業していないから。  などというと、まるで彼女が途中で事故か病気で亡くなったかのようだが、そんなことはない。

おやすみのキスをして

 この基地に来て半年にもなるというのに、ハイスクール時代の親友が配属されていると知ったのは、つい三週間前のことだった。  親友であるオルフェオ・パルトニフェリとの付き合いは、ジュニアスクール時代からはじまる。俺もオルフェオも隣りのクラスの赤毛のルイージャが好きで、ルイージャのハートを射止めるのは俺だ! と競い合っていたのだが、当のルイージャが好きなのは秀才で名をはせたヴィットーリオだったというのが俺たち二人の初恋のオチ。ダブル初失恋を機にさらに俺たちは友情を深め、何をするのも

夏の終わりに……

 たまたま、外へ出ようと考えたのは数十分前のことだ。  家の外へ一歩出ると、ねっとりとした熱い空気が全身にまとわりついた。これから季節は涼しくなっていくというのに、まだ暑苦しさが残っている。  額から頬にかけて流れ落ちる汗を乱暴に手の甲で拭う。  そのまま手を下ろすと、少し先に誰かが立っているのに気付いた。 「リーンハルト……?」  声をかけると口に煙草を咥えて、ぼんやりと海を眺めていた長身の男は、ゆっくりと振り返り口角を吊り上げてニヤリと笑った。どこか楽しそうなそれでいて悪

孤独になれた魔女は愛を知らない

 僕の母親はジプシーだった。ゆえに安住の地はなく、家という概念を持たない生活をしてきた。  街から街へ、時には小さな村へと渡り歩く日々。そんな生活の中で、母はどこの誰とも知らない、名前すら名乗ることのなかった一夜の相手の子を産んだ。それが僕だ。  母は快活に笑い、「あんたのパパは妖精だったのよ」という日もあれば、「あんたの父親はとある国の国王様だったの」と、ありもしない嘘を謳うように言い続けていた。いつしか僕は本当の父親を尋ねる事をしなくなった。  僕が六歳になった頃、母に