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おやすみのキスをして

 この基地に来て半年にもなるというのに、ハイスクール時代の親友が配属されていると知ったのは、つい三週間前のことだった。
 親友であるオルフェオ・パルトニフェリとの付き合いは、ジュニアスクール時代からはじまる。俺もオルフェオも隣りのクラスの赤毛のルイージャが好きで、ルイージャのハートを射止めるのは俺だ! と競い合っていたのだが、当のルイージャが好きなのは秀才で名をはせたヴィットーリオだったというのが俺たち二人の初恋のオチ。ダブル初失恋を機にさらに俺たちは友情を深め、何をするのも一緒の親友であった。
 ハイスクールも同じところに進学したのだが、俺は両親の仕事の都合で引っ越すことになり、いつしか互いの生活の忙しさから連絡は途絶えがちになり、俺が士官学校へ入学したあとは完全に音信不通となってしまった。
 オルフェオは大学へ進学したのち、遅れて士官学校へ入学した。
 それぞれの道を歩んではいたものの、進むべき道は同じであったという事も知らず、俺たちはそれぞれに経験を詰み、軍隊組織という場所で自分のなすべきことを果たしていたというわけだ。
 そして三週間前、食堂から出てきた俺と、食堂へ向かうオルフェオは久しぶりの再会を果たした。
 もちろん仕事の都合上、長話はできなかったものの、その夜は再会を喜んで祝杯を挙げた。
 その時、すでにオルフェオが結婚していて子供までいるという話を聞き、俺がいまだに自由気ままな独り身生活を送っていると知ったオルフェオは、妻子を紹介したいからぜひうちに遊びに来てくれと誘ってくれたというわけだ。
 夫人は気立てがよくて料理上手という最高の女性であり、一人娘のダニエラはよく笑う愛らしい少女だったのだが……
「おやすみのキスをして?」
 ダニエラは幼いながらもうるんだ瞳という女の武器を存分に発揮していた。
 どうやら俺はダニエラが大好きな、絵本に出てくる王子様に似ているらしい。
 初めて訪れたオルフェオの家で、ダニエラは俺を見るなり感激してはしゃぎまくり、すっかり俺に懐いてくれた。俺の膝の上に座り、大好きなその絵本を持ってきて「ほら見て、レオニダにそっくりでしょう?」と嬉しそうに話して教えてくれた。
 もちろん、オルフェオの視線は微妙に引きつった笑顔だった。だが俺から決して離れず、ずっと俺の傍にいればいる程、オルフェオの笑顔が消えて行き、ついには俺を敵視するような視線を向けてくる。どんなにオルフェオが、「ほらいい加減にレオニダのところじゃなくて、こっちにきなさい」と誘導しても「いや!」の一言で拒否して、俺の膝の上に座り続けた。
 あの手この手で引きはがそうとすればする程、余計にダニエラは俺に懐いた。
 しかし父親の言葉には逆らっても、母親の言葉には逆らえず、ぐずって嫌がるダニエラを風呂に入れてしまうと赤いパジャマを着せて、もう寝る時間だからと言って寝室へ連れて行こうとする。それでもダニエラは俺に駆け寄りキスをせがんだというわけである。
 オルフェオの真顔が心底怖い……
 が、俺とて軍人だ。敵の真顔が怖くて、男なんてやってられるか。幼女とはいえ、女の誘いを断るなんて男の沽券にかかわる。俺はダニエラを抱き寄せると、そのバラ色の頬にそっと唇を落とした。
「おやすみ、ダニエラ」
 俺の頬にもキスを返したダニエラは、満面の笑顔を俺に向けた。父親とは対照的だ。
「おやすみなさい、レオニダ! ねぇ、また来てね? きっとよ? 約束して?」
「あぁ、もちろんだよ。また遊ぼうね」
「うん! また遊んでね! おやすみなさい!」
 母親に促されて、ダニエラが寝室へと消えていく。そしてその気配が完全に消えたところで、オルフェオが咳払いをした。
「もう誘わない。うちに来るな」
「酷い父親だな、オルフェオ? いたいけな少女との約束を俺に破らせる気か?」
「父親だからだろ! よりによって、なんでおまえなんだ」
「ひどい言い方だな」
 いやぁ、こいつと同じ兵科所属じゃなくてよかったよ。同じだった日には、八つ当たりは必須だったかもしれない。幸い、俺の方が階級が一つ上だ。仮に同じ兵科だとしても、俺に命令を下せはしない。
「ちくしょう、俺も金髪碧眼だったらよかったのに!」
 そういってオルフェオは自分の髪を掻きむしった。娘を溺愛しているのがよくわかる。
「馬鹿だなぁ、オルフェオ。おまえが金髪碧眼だったとしても、いつかダニエラだって、金髪碧眼じゃない自分だけの王子様を見つけて嫁に行くんだぜ」
 そう言うとオルフェオは驚愕の事実を知らされた! という顔で俺を見た。
「そんな嫁にだなんて……」
「今すぐとは言ってないだろ」
 久しぶりに再会した親友が、いつの間にか父親になっている姿を見て、俺も子供が欲しいなぁと漠然と思った。
 だがそれよりも先に、生涯の伴侶を見つけるのが先だなと前途多難な未来に溜め息をこぼす。
「しかしおまえも父親かぁ。結婚っていいな」
 そう言うと、オルフェオは自然と頬をほころばせた。
「そうだろ? だからレオニダ、おまえも早く結婚して子供を持て。そして女の子を育てて見ろ。俺の気持ちがよくわかるから」
「相手がいなけりゃ、はじまらないんだぜ」
 俺はそう言うと、グラスを傾けてワインを喉に流し込む。
 まだ見ぬ伴侶に乾杯しながら……

おやすみのキスをして -完結ー

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