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Road to the Sky

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レッドスピネル空軍基地にスクランブル発進の要請。第一戦闘配備に備えていた第一飛行戦隊・デスサーカスは即時応答していた。不穏な奇襲を仕掛けるローレンツ空軍の未確認機体。夜間戦闘とな… もっと読む
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2022年2月の記事一覧

43 スカイ・ロード

 絶対に忘れられない人がいる。  空に恋して、空に愛され、空に奪われた人。  今、その消息を知る者はいない。  好きで好きでたまらなくて、振り向いて欲しくて、でもできなくて、都合のいい女でもいいからと、仲間であることを利用してでも傍にいたかった。  唐突に姿を消し、連絡が途絶えてから激しく後悔した。  好きだと告げればよかった。愛していると言えばよかった。例えそれが迷惑だと言われても、小さな棘となってあの人の心に刻まれるなら、それでもよかった。  何一つ言えないまま、別れを迎

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42 スカイ・ロード

 失敗は許されない。  すでに左エンジンが停止しており、右エンジンだけでは浮力が足りない。中途半端な浮力では、前方にある遮蔽物に突っ込む可能性があった。 「こんなところに開発設計局ってあったんだ……」  そんな場合ではないと知りながら、もしかしたらこれが今生で最後に見る光景かもしれないと思った。茶褐色の大地にぽつんとある砂漠の飛行場が見える。ギアダウンし、スピードを徐々に落とす。予想以上に早くスピードが落ちるのは、右だけで飛んでいるせいだろう。  街は随分遠いところにあるんだ

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40 スカイ・ロード

 三杯目のビールを飲み干したジルは、ジョッキをカウンターに叩きつけるようにしておいた。 「もう一杯!」 「はいよ」  カウンターにいるマスターが苦笑いを浮かべつつ、ジョッキを下げて新しいジョッキにビールを注ぐ。  ジルは新しいビールが来るまでに小皿のナッツを口に放り込んで噛み砕いた。  確かにカイザーはすごいパイロットだったと思うし、今現在も努力をしている。その姿は確かに称賛に値するものだろうし、自分でもすごいと思った。  見習って努力したいと思ったから煙草だってやめた。  

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39 スカイ・ロード

 一日の業務が終わると、レポートを書かねばならない。FCOS自体が試作を兼ねたプロジェクトである以上、データ解析を必要とするためだ。  もちろん、カイザーもジルも毎日書いている。階級上カイザーが上になるため、カイザーが受け取り、自分のレポートと合わせて開発部へ提出している。  カイザーには個別に与えられたオフィスがないため、オペレーションルームの一画にテーブルを持ち込んで代用していた。他の部屋は扉の工事がされておらず、車椅子のカイザーでは開閉に時間がかかる。この部屋が丁度良か

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38 スカイ・ロード

 あの日……カイザーが泳いでいる姿を見かけた日。ジルは禁煙をした。  それまでなんとなく煙草を吸っていた。特に吸いたかったものではなかったけれど、周囲が吸っていたのでなんとなくはじめた喫煙だったが、喫煙により心肺機能が低下するのは空軍兵士じゃなくてもわかっていることだった。  自分はなぜ空軍にいる? なぜパイロットになった?  それこそただ空を飛びたいだけなら、民間の航空会社でもいい。そうしなかったのは、この国を守りたいという気持ちが少なからずともあったからだ。  現状に甘ん

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37 スカイ・ロード

 下半身不随のカイザーは、当然足が動かない。どのくらいの障がいかわからないが、腰も麻痺があるなら、体を捻る動作は腕の力だけだ。  もちろん、障がい者にもアスリートがいることはわかっている。国際的な大会がいくつもあって、その中に水泳もあることは承知していた。  しかしカイザーが負傷してから一年足らず。わずか数か月で、腕だけで泳げるようになった?  足を使わないで泳ぐことと、足を使えないで泳ぐことは違う。無意識にかかる筋肉への緊張はまったく違うはずだ。 「見て来たら? っていうか

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36 スカイ・ロード

 午前中はお互いにトレーニングに時間を当てていた。とはいっても、カイザーは下半身不在のため、特にすることもないだろう。  そう思ったので、西棟のFCOSのオペレーションルームを尋ねたのに、そこの主は不在だった。 「どこ行ったんだろ……」  携帯端末機にはお互いのナンバーを登録してある。けれど仕事でもなければ呼び出したくない。カイザーもまた仕事以外で利用していない。 「フランク? エルセン中佐なら今日は来てないぞ」 「え?」 「午後からだって。って、おまえ一緒に飛ぶんだからわか

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35 スカイ・ロード

 ジルがカイアナイト開発設計局に来てから、一か月を過ぎた。こちらでの生活もようやく慣れ始めたが、気候は驚く程変化した。 「はぁっ、はっ」  ジルが元々いたエリア54はオーカースピネル州にあり、冷涼とした風が連峰から吹きおろす。そのため暑さは然程厳しくはない。  着任時、オラーシオがここの夏は地獄のように暑いと嬉しくもない歓迎の言葉を述べていたが、夏を前にしてももう暑い。岩場が多い砂漠地帯は、遮るものがなくて木陰ができず、太陽熱を台地が全て吸収してしまう。おかげで正午前後はフラ

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34 スカイ・ロード

 リハビリを終えてスティーブンを呼び、大型量販店へ連れて行ってもらった。  ライムントに会って話をして本当によかったと思う。確かにカイザーは歩くことができなくなった。それが原因でパイロットの道を閉ざされてしまったし、日常生活に不便な事が増えた。  けれどこの両手は動くし、見られる、喋られる。できることは多い。  事故以来、お湯を沸かして珈琲を飲むということくらいしかしていなかった。鍋もフライパンもダンボールに入ったまま、かといって捨てに行くのも大変で、部屋の片隅に置かれたまま

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33 スカイ・ロード

 先にカイザーが進み、その後ろをライムントがついてくる。リハビリルームへ続く廊下のため、他にも車椅子の患者や、松葉杖、腕を吊るした患者がゆったりと歩いてくる。ここでは誰も奇異な目で見ない。リハビリをするという目的のために来ているからだろう。 「リハビリに通ってどのくらいになる?」 「入院していた病院と直後にリハビリをした病院、そして今ここへ転院していますが、怪我をしてから十か月、リハビリを開始してから七か月です。怪我自体がひどかったので、一か月ほどは医療ポッドにいました」 「

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32 スカイ・ロード

 車椅子の低い視界から街の中に出ていくと、遠慮のない視線が突き刺さる。  純粋な身体障がい者への好奇の眼差し。特に子供目線はまっすぐで、無垢であるがために時に残酷だ。時々そんな視線が痛いと感じる時がある。  すれ違う人の手がぶつかりそうになったり、鞄がぶつかることもある。両足で立っている時は手や足にぶつかろうとも気にも留めなかったけれど、視界が低くなることで顔にぶつかる。不意に訪れることなので、車椅子では避けようもない。  スティーブンの言うように、死ぬかもしれないという覚悟

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31 スカイ・ロード

 カイアナイト空軍開発設計局のあるハウライト荒野は、ごつごつとした岩場が多くて緑が少ない。決して乾燥地帯というわけではないが、土壌が越えていないためにあまり植物は育たない環境にあった。  エアカーは粉塵や砂埃がフィルターに入り込むためあまり歓迎されてはおらず、開発設計局では旧式の四輪自動車が重宝されていた。そのため、オフの日に市内に出ると、市民から「あぁ、軍隊の人が来た」という目で見られることが多い。  この日も開発設計局から現れた車両は、市民にそんな目で見られつつ街へとやっ

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30 スカイ・ロード

「俺は中佐の、おもちゃじゃない。思い通りに、動かないからといって、嫌がらせをするのは、やめて欲しい」  上昇しながらの会話なので言葉が途切れる。いつもつい口に出してしまうことで、不必要にトラブルになるわけだが、言わなきゃ相手はわからない。  わかろうともしない相手には、特に言ってやらなければとジルは思っていた。 「パイロットの基本動作が出来ない癖に、一人前きどりか? 出来ていないからやれと言っている」 「なんだと?」  もしも目の前にいたら、掴みかかってやりたい気分だった。

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