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「ようこそ、妖崎あやかし法律事務所へ」第14話

幕間二


「二次被害が出たって、本当か」

 C県とI県の県境を流れる『時峰川』。その河川敷の現場に到着した帆理は、車を降りるや否や固い声で尋ねた。

 夏至を過ぎたばかり、梅雨明け目前のこの時期、まだ空には薄明かりが残っている。河川敷の遊歩道では犬の散歩やウォーキングをしている人も多く、規制線の周りには、いくらかの人が野次馬と化していた。

「遺体の発見者は、夕方のランニングをしていた男性とのことです。通報は、遺体を発見してすぐに行ったと。しかし通報に気を取られている間に、『動き出して』噛みつかれたとのことです」

 後輩刑事の報告を受けながら、土手を降りていく。湿った雑草を踏みし、鑑識が集まっている藪へと近づく。ブルーシートを捲り上げると、若い女性の遺体が横たわっている。帆理は静かに手を合わせた。

「被害男性の状態は?」
「幸い、というべきか。錯乱して相手を殴り飛ばしたので、軽い出血程度で済んでいます。現在は念のため、病院の方で感染症などの検査などをしていますが、それよりも混乱の方が酷く……」

 帆理は知らず、厳しい顔をする。

 まずいことになった。

 遺体を見つけた、というのは特段問題ない。発見者の男性にとってはショッキングな出来事だろうが、普通の事件事故でも遺体を目の当たりにすることはある。

 だが死体に襲われたなんて、まず普通ではない。
 新にでも頼んで記憶を消してもらうしかないか、と帆理が思案していたその時だった。

「楠木さん!」

 後輩刑事の悲鳴じみた呼び声が響き、帆理はハッと顔を上げた。

 目に飛び込んできたのは、仄かに腐臭を漂わせた女性――先程まで物言わぬ肉塊として横たわっていたはずの死体だった。

 女性はギョロリとそれぞれの目で違う方向を見ながら、帆理に掴みかからんとしてくる。あんぐりと、裂けそうなほどに口を開けて迫る様子は、肉を目の前にした獣のようだった。

「ふっ!」

 帆理は冷静に女性の片腕を掴むと、瞬時に女性の腕を捻り上げて地に叩き付けた。そのまま関節を決めて、動きを封じる。

 死体だろうと化け物だろうと、その身体は人間だ。死体に痛覚はないだろうが、骨格構造には逆らえない。

 事態に気付いた他の捜査員が駆けつけて、死体の女性を拘束していく。それを待って死体から離れ、帆理はスーツに付いた汚れを払った。

「まさか本当に死体が動くなんて……」

 後輩刑事が呆然と呟く。帆理もまた、緊張した面持ちで言った。

「……捜査員の増員を上に掛け合おう」

 最早、一刻の猶予もない。
 これ以上、被害を増やすものかと、帆理は静かに拳を握り締めた。

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