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【超実践文章教室】1週間で文章が劇的に変わるトレーニング法(2012年6月号特集)


1日10分、継続は力なり

 創作トレーニングの第1日のメニューは、既に刊行されている本の全文書き写しです。名づけて写経トレ。
 このトレーニングでは、プロの作家が書いた作品をまるまる丸写しします。改行の位置、句読点の打ち方、記号類もそっくりそのまま書き写します。自分流にアレンジするのは厳禁です。

 書き写す作品は、「こうなりたい」「テクニックを盗みたい」と思う作家の文章であれば、どれでもかまいません。時間は、1日10分でOKです。実際の筋トレも3日空けると効果がなくなると言いますが、文章のトレーニングも同じで、いっぺんに長時間やって明日からは一切やらないのはダメで、毎日少しずつでも長くやるほうが地力になります

 気をつけたいのは、写すことが目的になってしまうこと。そうではなく、なぜそう書かれたのかを考え、文章を味わいながら書き写していってください。

写経トレの効能

 作家の文章の書き写しをやってすぐに文章を書くと、それが漱石であればあなたの文章も漱石っぽくなり、芥川であれば芥川っぽくなります。これは繰り返し特定の歌手の曲を聞いたあとにその歌を歌うと、なんとなくその歌手の歌い方に似てしまうのと同じです。つまり、文章の癖、文体が伝染するわけです。

 ただ、目に見えて似るのは一時的なことで、伝染した癖はすぐになくなり、その人の癖として地層のように溜まります。
 そこには漱石風もあれば芥川風もあり、また村上春樹風もあれば石田衣良風もあるでしょう。つまり、その人が影響を受けた作家の文章の特徴が渾然一体となっているのです。これが文体の正体です。

 このように全文書き写しには作家の文体を盗むという効果がありますが、もうひとつ、重要な効用があります。それは文間のとり方が分かることです。文間というのは、連続する文と文の関係の度合いです。

学生はこの絶壁によじのぼった。ひるすぎのことであったが、初秋の日ざしはまだ絶壁の頂上に明るく残っていた。学生が、絶壁のなかばに到達したとき、足だまりにしていた頭ほどの石ころがもろくも崩れた。崖から剥ぎ取られたようにすっと落ちた。途中で絶壁の老樹の枝にひっかかった。枝が折れた。すさまじい音をたてて淵へたたきこまれた。
滝の附近に居合せた四五人がそれを目撃した。しかし、淵のそばの茶店にいる十五になる女の子が一番はっきりとそれを見た。
いちど、滝壺ふかく沈められて、それから、すらっと上半身が水面から躍りあがった。眼をつぶって口を小さくあけていた。青色のシャツのところどころが破れて、採集かばんはまだ肩にかかっていた。
それきりまたぐっと水底へ引きずりこまれたのである。

(太宰治「魚服記」)

 文間の溝が深すぎると、意味は通じません。たとえば、《品川に新幹線が止まるようになった。明日は雨だそうだ。》は、前後する二つの文章の関係が遠すぎてわけが分かりませんね。
 しかし、文間が浅ければ(文と文の関係が近ければ)いいわけではなく、あまりに文間が浅いと読んでいて息が詰まる気にさせられます

 太宰の文章は文間の溝が深いほうですが、それが非常にいい塩梅で、読む人は文と文の関係を考えますから、右脳が刺激されて気持ちよくなると言われています。文と文の関係が遠いだけに、話がさくさく進む快感もあります。
 この文間のとり方を理屈で教えるのは困難です。それより、書き写してから何度も読み、感覚として覚えたほうが早い。手書きでやればなおいいです。

書く環境づくり

 トレーニングルームというのがあるのと同様に、文章を書くためには書斎は必須です。部屋であれば一番いいですが、そうでない場合は集中力をそぐ要素を遮断できる環境でありたいです。

 侮れないのが椅子と照明で、ここにはある程度の投資は必要です。少なくとも、書くことが苦痛になるような環境は好ましくありません。
 トレーニングを継続するためには、机に向かうことが心地よい環境づくりは欠かせません。そして、一日に一時間は机に向かって書くか読むかする。その習慣をつけましょう。

特集「1週間で文章力を上げる!」
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※本記事は「公募ガイド2012年6月号」の記事を再掲載したものです。