損害賠償に関するメモ(システム開発を中心に)

契約書の交渉のような「たられば」の交渉のときにしろ、実際に訴状が送られてきたときも重要でありながらよく理解されていない「損害賠償」についてまとめたメモ(書き始めると本ができてしまうほど深い論点なので論理的な精緻さや構成は欠いています)。

損害賠償の意義

損害賠償は、民法においては「債務不履行、不法行為などの一定の事由に基づいて損害が生じた場合に、その損害を填補して損害がなかったのと同じ状態にすること」(法律学小辞典第5版)

どんな損害であっても、「金銭」に換算して償うのが原則。
例外が名誉毀損における原状回復措置(謝罪広告など)(民723条)。

損害賠償の原因事由(法的根拠)

①債務不履行(民415条)
債務を負う者が、その債務を履行しないこと。
例えば請負契約においては、完成させるべき仕事を完成させないこと。

②不法行為(民709条)
債務を負わない者が、他人を傷つけたり他人の物を壊すことによって損害を与えること。
例えば交通事故、傷害、誹謗中傷など。

いわゆる「慰謝料」

精神的損害の金銭賠償のことを指すが、不法行為に基づき認められることが殆ど(民710条)だが、債務不履行においても認められる(最判昭和54年11月13[住友化学工業名古屋製造所事件]においては休憩時間を与える使用者の債務の不履行にもとづき精神的損害を償う慰謝料支払い義務を認めた。ただし休憩時間分の賃金に相当する損害賠償の支払い義務は否定。)。

損害賠償を請求するために必要なこと

①原因事由の存在
②損害の存在
 財産的損害、精神的損害であることを問わない
 積極的損害・消極的損害であることを問わない
③原因事由と損害の因果関係の存在
を立証する。

これらすべてが裁判においては立証に非常に困難が生じる深い論点である。

システム開発関係における損害額の算定

遅延賠償

プロジェクト遅延に伴う機会損失は算定に困難を伴うので立証が困難。

逸失利益(得べかりし利益)

「原因がなければ得られたであろう利益」をいうが、たらればの世界の話であるので立証が困難。

(「逸失利益」について東日本大震災における東電の賠償額案)
逸失利益=(売上高ー売上原価+売上原価中の固定費ー経費中の変動費ー給料賃金・地代家賃)×減収率
※減収率:売上高の減少割合
↓・・・卸売業において売上原価中の固定費=0と仮定すると
逸失利益=(売上高ー売上原価ー経費中の変動費ー給料賃金・地代家賃)×減収率
↓・・・売上高ー売上原価ー経費中の変動費=限界利益
逸失利益=(限界利益ー給料賃金・地代家賃)×減収率
↓・・・売上が全くなくなる=減収率100%とすると
逸失利益=限界利益ー給料賃金・地代家賃

(東京地判平成13・9・28)
レンタルサーバの障害により集客用ホームページが消失した事案。ホームページの再構築に必要な期間を3ヶ月、その期間に相当する過去3カ年の平均売上にホームページの貢献割合(8割)とそれぞれ認定(損害額は原価を控除)した。

無駄になった業務委託費、調達費

[東京地判平成16・12・22]
販売管理システムの開発において、処理速度がユーザーの要件に達しなかったことにより、ユーザーが開発のために用意していたソフトウェア、ハードウェア(これらは他の業務に使用できない)のリース料を損害と認定。
※同事件は性能要件が契約の目的に適合しないとして瑕疵担保責任を認めた事例としても重要。

無駄になった人件費:プロジェクト専従要員の人件費などは認められやすい

(東京高判平成26・1・15)
対象システムの導入に従事した従業員の人件費、専従従業員以外でシステム導入のためのみに時間外労働をしたために支払われた手当のうち相当因果関係のある損害として約1億4千万円を認定。
※システム導入の専従従業員以外の従業員の基本給相当はシステム導入がなくとも生じる固定費として除外した。

賠償額の減少事由

過失相殺(民418条)
被害者に過失があればその分の賠償額は減額される。
交通事故における、事故車両がいずれも交通違反を犯していた場合などの過失割合がわかりやすい。

システム開発においては
・ベンダーによるプロジェクトマネジメント義務(※1)違反による損害賠償
・ユーザーの協力義務(※2)違反
が過失相殺として認められる例が多い。

※1
裁判時期や事件規模により画一的ではない概念であるものの、東京高判平成25年9月26日[スルガ銀行対IBM事件]においては以下のような段階的な義務と判示。
ⅰ)契約締結前の企画・提案段階においては提案システムの機能、ニーズの充足度、開発手法、リスクについての説明を行う。
ⅱ)契約締結後の段階では、開発過程において、適宜得られた情報を用いて専門的見地からシステム構築を進め、ユーザーに必要な説明を行う。
ⅲ)システム開発は当初の想定どおり進むとは限らないから、局面に応じてメリット、リスク等を考慮し、開発計画の変更、さらには中止の要否とその影響等についても説明を行う。

※2
ベンダに対する情報提供と、要求事項の取捨選択に関する自らの意思決定(経営判断)を適時・適切に行うことでほぼ確立。

例えば東京高判平成26年1月15日ではシステムの未完成について、ユーザーが多数の変更要望を行ったことやデータの移行作業に不適切さがあったことにも原因があるとして4割の過失相殺がされた。

損益相殺(判例法理)
被害者が損害を受けたと同時に同じ原因により利益をも受けたときはその分の賠償額も減額される。

システム開発においては、中間成果物(一括請負契約において、開発工程は頓挫したがそれまでに完成した設計書など)がなんらかの用途が認められるケースが考えられるが、認められづらい傾向。
例えば前掲[スルガ銀行対IBM事件]ではシステム設計書については客観的価値が認められない、要件定義書についても(ユーザーが要件定義段階に負担した費用と第三者報告書による評価額にほぼ差がないことを理由に)ユーザーが利益を得たとは認められないとして損益相殺を否定。

一方で後述の限界利益説においてはその法的理論付けとなる。

債務不履行・契約不適合責任に基づく損害賠償請求の根拠条文(民法416条)と賠償責任制限条項

民法416条は(概略)以下のような損害概念を用いてる。
1項:(債務不履行によって)通常生ずべき損害
2項:特別の事情によって生じた損害

ところでシステム開発契約を中心に置かれることの多い「損害賠償の範囲は発注者に現実に生じた直接かつ通常の損害に限定され、逸失利益、間接損害は含まれない」のような賠償責任制限条項における「直接損害」「間接損害」は英米法の概念。

日本法との対応は以下のように解釈されると思われる。

・直接損害 = direct damages = general damages = 民法416条1項の通常生ずべき損害
・間接損害 = consequential damages = special damages = 民法416条2項の特別の事情により生じた損害
(平野晋「体系アメリカ契約法」から)

「損害賠償責任条項」の解釈

(東京高判平成25・9・26[スルガ銀行対IBM事件])
【前提としての経過】
・計画・要件定義に遅れが生じており、開発スコープの最終合意が遅れた。
・弁護士を交えて最終合意において以下のように責任制限の定めが改訂された。(この時点でプロジェクトの大幅な遅延や中止が予見されていたと思われる)
「1条記載の各個別将来契約を締結した場合で、各個別将来契約において、被控訴人が控訴人の責に帰すべき事由に基づいて救済を求める全ての場合において、控訴人の損害賠償責任は「契約違反、不法行為等の請求原因を問わず、(a)現実に発生した通常かつ直接の損害に対してのみ、損害発生の直
接原因となった各関連する個別将来契約の代金相当額を限度とし、(b)いかなる場合にも、控訴人の責めに帰すことができない事由から生じた損害、控訴人の予見の有無を問わず特別の事情から生じた損害、逸失利益、データ・プログラムなど無体物の損害及び第三者からの損害賠償請求に基づく被控訴人の損害については、責任を負わない。
【裁判所の判断】
「ユーザーが当該ベンダー以外の第三者のベンダに支払った費用については、本件システム開発を進めるに当たって必要とされる開発費用等として、
被控訴人が控訴人以外の第三者との契約に基づいて支払ったものと認められ、前記(b)のいずれにも当たらないものと解される。
また、「現実に発生した通常かつ直接の損害」に当たるものと解されるが、これらの損害をベンダーに請求できるとすると、最終的な控訴人の負担額が、想定していた「各関連する個別将来契約の代金相当額」の限度を超えるのではないかとの疑義が生じ得る。しかし、同文言から、第三者との間のソフトウエア開発等に関する契約に基づき、ベンダーが損害賠償支払義務を免責されるものと認めることはできない。すなわち、ベンダーは、本件最終合意の責任限定条項を定めるに当たり、本件システム開発の性質、規模等に照らして、ユーザーが、控訴人との契約のほかに、第三者との間のソフトウエア開発等に関する契約を締結することを当然に想定し、あるいは、これを認識できたものと推認される。ベンダーが、前記想定、あるいは認識できた第三者との間で締結した契約等の費用について全て免責されることを意図するのであれば、その旨を疑義がない文言により明記する機会は十分に存したといえ、また、対処し得たものといえる。本件最終合意の責任限定条項のうち、「第三者からの損害賠償請求に基づくユーザーの損害」については、ベンダーが責任を負わない旨の明示があることも、その証左といえる。そもそも、本件最終合意締結時点では、「個別将来契約の代金相当額」は、本件システム開発の遂行過程において得られた情報、直面した事態等に応じて変動することが想定されていたものといえ、本件最終合意締結段階では具体的金額までは確定していなかったと認められる。また、同文言からは、免責の対象は、各個別将来契約から派生してユーザーに生じた損害に限定されるものであり、別の法律原因とされる第三者との間のソフトウエア開発等に関する契約に基づく支払額まで当然含むものと解することは困難というべきである。」

通常の「現実に発生した通常かつ直接の損害に限り」は民法416条2項の排除と捉えられる。

他方で上記のような経過の詳細な認定の結果、(私見的な解釈だが)ユーザーに発生しうる損害をどれだけ予見しえたか、それが契約文言にどれほど正確に反映されたか、を裁判所が厳密に認定し、文言解釈することには注意が必要である。(ベンダー所属の身としてベンダーに非常に厳しい結論に思える。)

また賠償責任制限条項において「逸失利益」はその内容により判断すべきといえる。
例えば物品の転売が仕入先の原因で不能になった場合、転売益は「通常生ずべき損害」ともいえるし、仕入先が(購入者が商社であるなど)転売を予見すべきであったならば「予見すべき特別な損害」ともいえる。

他にも、動画再生による広告収益が主な収益源であるYouTuberが、YouTubeが障害を起こしたことにより一定期間動画再生が不能になった場合、当該期間で得られたであろう広告収益(一定期間の動画再生数から障害時間の割合で求めることが考えられる)は「逸失利益」ということが可能であり、当該逸失利益を損害として請求する場合、これは「通常生ずべき損害」ともいえるし、収益化がGoogleにより認定されることからも予見可能性は認められる可能性がある。(なお本記事執筆時点で実際のアドセンスの規約は未確認)

一方で、契約上「逸失利益を損害の範囲から除いている」として免責可能かは、逸失利益を損害の範囲から除いた合理的な意思の解釈(すなわち逸失利益として何を想定していたか)によるべきであろう。
1つの解釈として、民法416条の通常損害・特別損害の別に関係なく逸失利益は責任を負わないという意思であるが、不特定多数のユーザーと契約するプラットフォーマーであるならいざしらず、個別に1対1で契約する当事者間においてはこれは難しいのではないか。

限界利益説

「損害」は
・固定費が大きく、見込み生産の製造業
・固定費が小さく、受注生産の建設業
・中間的な卸売・小売業、サービス業
など業種により異なるので一概には定義できないが、裁判における損害額の認定に限界利益説を採用したものは多い(そうでないものもある)。

固定費は損害原因にかかわらず発生するため損害から除かれる可能性が高い。(売上高と固定費・変動費については会計一般で用いられる以下の図を参照。売上高(操業度)に比例して発生する費用と、売上高(操業度)に関係のない費用が存在する、ということだけ頭におけばOK)

機器の故障による生産停止などの営業損害は限界利益を損害額とする裁判例が多い。

限界利益=売上高ー変動費

※「限界利益」という言葉が馴染めないと思うが、「こうやって求めるもの」と最初は受け入れて読みすすめるべし。

以下の図でいうと、操業停止により売上高は減少するが、その分生産に投入しなくて済む材料費、人件費、水道光熱費などの経費が発生しなくなるため、その減少分の費用は「原価(マイナス)の減少(マイナス)=プラス(利益)」と捉えることができるため、損益相殺すべきとなる。
(横張清威・伊勢田篤史「ストーリーでわかる営業損害算定の実務」など参照)

例えばある物品の製造販売において、
・固定費100
・変動原価単価@20
・販売単価@50
・すなわち利益単価@30
としたとき、10個製造販売できていれば、以下のように200の利益が得られたことになる。

想定利益:(@50-@20)×10−100=200

一方で操業停止により4個しか製造販売できなければ、以下のように20の利益しか得られず、「180の減益」となる。

実際利益:(@50-@20)×4−100=20

別の求め方をすれば、
想定限界利益:@50×10−@20×10=300
実際限界利益:@50×4−@20×4=120
減少限界利益:300−120=180
と一致する。

重要なのは「@50×6=300の減収分」が損害ではないこと。裏では@20×6=120の変動単価の減少により利益を得ていると法的には評価し得るのである。


通常損害/特別損害の判断事例

(大判昭和4・4・5)
特別損害の意義を「特別の事情により事物自然の性質に従い通常生ずべき損害」と示したうえで、期限までに引渡しを受けていれば転売により得られたであろう利益を特別損害とした。

(最判昭和32・1・22)
期限までに引渡しを受けていれば得られたであろう営業利益等を特別損害とした。

予見可能性(拡大損害)の認定事例

(横浜地判平成13・10・15)
ペットの販売業者が仕入れた犬が感染症に罹患しており、他の犬が感染・死亡、対応費用が発生した場合において、感染した犬の代金、消毒、治療費、廃棄した物品費用などを損害として認定した。
判決の中では感染症に罹患した犬以外に生じたいわゆる拡大損害について、「伝播力から考えると十分な予見可能性があったと認められる」として損害を認めた。

瑕疵担保責任による損害の認定事例

(東京地判平成15・1・28)
中古オートバイの瑕疵により、引き渡し翌日の走行中火災が発生し、ほぼ全焼したことにおいて、売買代金相当額を損害として認定した。

みずほ証券誤発注事件における認定

[事案の概要と認定された損害]
東京高裁平成25年7月24日(みずほ証券誤発注事件)
ユーザー(みずほ証券)がシステム上で取り消し処理ができず、電話で直接システム運用業者(東京証券取引所)に対し誤った発注を取り消す注文をしたにもかかわらず取り消せなかったことにより生じた損失(自身の誤った安値での売りを買い戻す反対売買による差損など400億円超)について、
・証券取引所システムの瑕疵による証券取引所の債務不履行責任を認めたうえで取引参加者規程により免責
・売買停止措置が講じられなかったことによる証券取引所の不法行為責任を認め、売買停止措置を講ずべきと認定された時点以降に証券会社に生じた損失約150億円を認定
他方で
・証券会社によるシステム上の警告無視、ダブルチェックの不備による過失相殺(30%)
から約107億円の賠償を命じた。

※本事例は「バグのないシステムの提供」に関する重過失(結果の予見が可能であり、かつ、容易であること、結果の回避が可能であり、かつ、容易であること)を認定しなかった(「不完全なシステムを提供したこと」を認めた上で、取引参加者規程に定める「故意又は重過失が認められる場合を除き」免責される規定を肯定した)一方で、売買停止措置を取らなかったことについては重過失を認定した点、バグの発見が容易であったかを検証するためにソースコードの開示を命じた事例である点も重要。

弁護士費用の賠償

弁護士費用については菱田弁護士が詳細なnoteを執筆されています。
その中では、

「不法行為に基づく損害賠償請求訴訟では、請求認容額の1割程度が弁護士費用相当の損害として認められており、現在の裁判実務である」

「平成24年判決の射程内であれば、弁護士費用相当の損害として「1割程度基準」に従っての損害賠償請求が可能であり、判決で認容される可能性が十分にある」

と述べられています。
(引用元)
#モデル契約書の沼 損害賠償条項等における契約書の文言を根拠とする「弁護士費用実額」の請求可能性についての一考察

(その他の参考図書)
升田純「判例にみる損害賠償額算定の実務 第3版」
森・濱田松本法律事務所編「システム開発訴訟」
松島 淳也・伊藤 雅浩「新版 システム開発紛争ハンドブック」


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