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#モデル契約書の沼 損害賠償条項等における契約書の文言を根拠とする「弁護士費用実額」の請求可能性についての一考察

追記(2021年12月13日):
一部改説の上、別論文にしました。本記事は、記録のため2020年12月19日時点の内容をそのまま掲載しています。詳細は、下記拙稿をご参照ください。
「弁護士費用賠償の法理~判例群からの類型論的考察~」
日本弁護士連合会編「自由と正義」2021年12月号48頁掲載
拙稿については、日弁連の許諾を得て、下記にアップロードしています。

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約10000文字・マニアの方向け
下記記事の番外編です。モデル契約書は無関係です。

■関連:損害賠償条項(免責条項)の検討1(請求原因文言について)
■関連:損害賠償条項(免責条項)の検討2(重過失文言の意味について)
■関連:損害賠償条項(免責条項)の検討3(請求期限について)
■関連:損害賠償条項(免責条項)の検討4(損害の範囲について)

1 はじめに

民事訴訟において、実際に生じる弁護士費用がいくらになるのかは、訴訟物や訴額(請求する額・請求されている額)、難易度、訴訟の結果、さらには各弁護士事務所の報酬基準によって様々である(注1)。しかし、実際に生じる弁護士費用は、時として高額になることがある(以下、実際に発生する弁護士費用を指して「弁護士費用実額」という。)。

それでは、契約書の損害賠償条項等において「(合理的な)弁護士費用を含む」等との規定があれば、当該条項を根拠に、裁判によって、弁護士費用実額の全部または一部を請求し、判決で損害として認容されるのであろうか。

【条項例】第xx条(損害賠償)
甲又は乙が、本契約又は本契約に関連して相手方に損害を及ぼした場合には、相手方に対して当該損害の全て(間接損害、特別損害、利益の逸失による損害、合理的な弁護士費用を含むがこれらに限られない。)を賠償するものとする。

本稿では、損害賠償条項等の契約書の記載を根拠とする弁護士費用実額の全部または一部の賠償の可能性について、まず、前提として、
 ◆1 不法行為に基づく損害賠償請求の場合の現状を確認する。
その上で、債務不履行に基づく損害賠償の場合を
 ◆2−1 契約上の明示の根拠がない場合
 ◆2−2 契約上の明示の根拠がある場合
に分けた上で、主として後者(◆2−2)について、契約自由の原則(民法521条)との関係を踏まえつつ、裁判において弁護士費用実額の全部または一部が認容される可能性があるのか、近時の裁判例を踏まえて検討する(注2)。

【条文】民法521条(契約の締結及び内容の自由)
1 何人も、法令に特別の定めがある場合を除き、契約をするかどうかを自由に決定することができる。
2 契約の当事者は、法令の制限内において、契約の内容を自由に決定することができる。
* 令和2(2020)年施行の民法で新設

注1
かつて、日本弁護士連合会及び各単位会は報酬基準を定めていたが平成16年4月1日に廃止された。

注2
弁護士費用の賠償についての概要として、潮見佳男「新債権総論Ⅰ」(信山社・2017年)・520頁以下、奥田昌道・佐々木茂美「新版債権総論<上巻>」(判例タイムズ社・2020年)189頁以下等を参照。

スライド3


2 不法行為に基づく損害賠償請求の場合

不法行為に基づく損害賠償請求訴訟では、請求認容額の1割程度が弁護士費用相当の損害として認められており、現在の裁判実務である(嚆矢となる判例として、最判昭和44年2月27日・民集23巻2号441頁。以下「昭和44年判決」という。不当訴訟について注1、特殊な事案として注2を各参照)。
この判例は、交通事故訴訟等の不法行為に基づく損害賠償請求における「一般的指針」を判示したものである(小倉顕・最判解昭和44年188頁以下)。

【判例】最判昭和44年2月27日・民集23巻2号441頁
「思うに、わが国の現行法は弁護士強制主義を採ることなく、訴訟追行を本人が行なうか、弁護士を選任して行なうかの選択の余地が当事者に残されているのみならず、弁護士費用は訴訟費用に含まれていないのであるが、現在の訴訟はますます専門化され技術化された訴訟追行を当事者に対して要求する以上、一般人が単独にて十分な訴訟活動を展開することはほとんど不可能に近いのである。従つて、相手方の故意又は過失によつて自己の権利を侵害された者が損害賠償義務者たる相手方から容易にその履行を受け得ないため、自己の権利擁護上、訴を提起することを余儀なくされた場合においては、一般人は弁護士に委任するにあらざれば、十分な訴訟活動をなし得ないのである。そして現在においては、このようなことが通常と認められるからには、訴訟追行を弁護士に委任した場合には、その弁護士費用は、事案の難易、請求額、認容された額その他諸般の事情を斟酌して相当と認められる額の範囲内のものに限り、右不法行為と相当因果関係に立つ損害というべきである。」

たとえば、交通事故(過失割合10:0)で100万円の自動車が全損した場合、被害者は、加害者に対して、弁護士費用相当の損害として、損害額の1割である10万円を上乗せして請求することができる。そして、この事例では、裁判所は「被告(加害者)は、原告(被害者)に対し、110万円を支払え。」として、請求認容額の1割程度を弁護士費用として上乗せして判決をするのが通常である。なお、ここで1割程度と表記しているのは、裁判例によっては、①1万円、千円あるいは百円単位で切捨て(あるいは切り上げ)、いわゆる「きりのいい数字」にすることが多く、また②認容額が低額であれば若干上回り、認容額が高額であれば若干下回ることがあるからであり、これらの場合には請求認容額の1割を前後するからである(以下では、弁護士費用実額を考慮することなく、請求認容額の1割程度を弁護士費用相当の損害としてその賠償を認める基準を指して「1割程度基準」という。)。

このように、不法行為に基づく損害賠償請求の場合には、弁護士費用実額は考慮されていない。このことは、たとえ、法テラス(日本司法支援センター)による一律の弁護士費用基準がある場合であっても同様である(大阪地判令和2年2月14日)。

【裁判例】大阪地判令和2年2月14日(判例秘書L07550226)
事案:交通事故案件でおいて、原告は、治療費等とともに、弁護士費用実額として、法テラス費用29万2600円を請求した。
判旨:
「(弁護士費用以外の損害として合計58万0950円を認定した上で)
(14)弁護士費用(法テラス費用) 5万8000円
原告は,本件訴訟を提起するに当たり,法テラスを通じて代理人弁護士を選任し,平成30年3月27日に開かれた第4回弁論準備手続期日が終了するまでの間,同弁護士に訴訟追行を委任していたことが認められるところ(弁論の全趣旨),本件事案の内容,審理経過,認容額その他諸事情に照らし,原告に生じた弁護士費用のうち同額を,本件事故と相当因果関係のある損害として認めるのが相当である。」

注1
不当訴訟類型(最判昭和63年1月26日・民集42巻 1 号 1 頁)は別論であり、弁護士費用実額の全額が損害として認められることがあるが、本稿では検討しない。また、金商法18条・同21条の2についても、本稿では検討しない。なお、弁護士費用賠償の法理については、長野史寛「相続預金の払戻拒絶と弁護士費用賠償」(金法2052号)・6頁以下も参照。

注2
特殊な事例として、不法行為に基づく損害賠償請求の事案において、2億円(うち1億円が弁護士費用)の賠償を命じた裁判例として、東京地判平成30年9月25日・金商1555号24頁がある。同判決は、「本件に現れた一切の事情を考慮すれば、被告の不法行為と相当因果関係のある弁護士費用は、1億円と認めるのが相当である。」とのみ理由を付する。

不法行為


3 債務不履行に基づく損害賠償の場合(契約上の明示の根拠がない場合)

上記の交通事故事例は、不法行為責任の例である。しかし、不法行為責任の場合に限らず、債務不履行に基づく損害賠償請求の場合でも、契約書上の記載(根拠)がないにかかわらず、1割程度基準を採用して、弁護士費用を損害と認める判例が現れた。すなわち、債務不履行構成と不法行為構成の両請求ができ、その主張立証すべき事実がほとんど変わらず、弁護士に委任しなければ十分な訴訟追行をすることが困難な類型においては、債務不履行構成を選択したときにも弁護士費用を請求できるとされている(最判平成24年2月24日・判時2144号89頁。 労働契約上の安全配慮義務違反による損害と弁護士費用を請求した事案。以下「平成24年判決」という。)。

【判例】最判平成24年2月24日・判時2144号89頁
労働者が主張立証すべき事実は,不法行為に基づく損害賠償を請求する場合とほとんど変わるところがない。そうすると,使用者の安全配慮義務違反を理由とする債務不履行に基づく損害賠償請求権は,労働者がこれを訴訟上行使するためには弁護士に委任しなければ十分な訴訟活動をすることが困難な類型に属する請求権であるということができる
 したがって,労働者が,使用者の安全配慮義務違反を理由とする債務不履行に基づく損害賠償を請求するため訴えを提起することを余儀なくされ,訴訟追行を弁護士に委任した場合には,その弁護士費用は,事案の難易,請求額,認容された額その他諸般の事情を斟酌して相当と認められる額の範囲内のものに限り,上記安全配慮義務違反と相当因果関係に立つ損害というべきである(最高裁昭和41年(オ)第280号同44年2月27日第一小法廷判決・民集23巻2号441頁参照)。」

そのため、契約書に「弁護士費用を含む」との文言がなくても、上記平成24年判決の射程内であれば、弁護士費用相当の損害として「1割程度基準」に従っての損害賠償請求が可能であり、判決で認容される可能性が十分にある(注1)。

注1
なお、平成24年判決より前の裁判例のうち、特に、福岡高判平成18年3月9日・判タ1223号205頁及び東京地判平成16年4月22日(判例秘書:L05931775)を参照。これら裁判例は、瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求において1割程度基準の採用し、または採用可能性を示すものである。

債務不履行


4 債務不履行に基づく損害賠償の場合(契約上の明示の根拠がある場合)

上記3では、契約条項に「弁護士費用を含む」との文言がない場合を検討した。それでは、逆に、契約書に「弁護士費用を含む」との文言があれば、「1割程度基準」ではなく、弁護士費用実額の「全額」又は「1割を超える割合」を請求できるのか。これは、契約条項の性質を考慮する必要があることから、以下では、①損害賠償条項、②表明保証条項、③違約罰(制裁金)条項について、各具体的に検討をする。

■1 損害賠償条項の場合 
⑴ 弁護士費用実額の「全額」の可否について
まず、損害賠償条項において、下記のような文言があるとき、弁護士費用実額の「全額」の賠償が認められるであろうか。契約自由の原則があり、「契約の当事者は、法令の制限内において、契約の内容を自由に決定することができる」とされている(民法521条2項)。このような条項について、(対等な当事者間を前提にするとはいえ)合意により拘束力を認めてていいのかが問題となる。

【条項例】第xx条(損害賠償)
甲又は乙が、本契約又は本契約に関連して相手方に損害を及ぼした場合には、相手方に対して当該損害の全て(間接損害、特別損害、利益の逸失による損害、合理的な弁護士費用を含むがこれらに限られない。)を賠償するものとする。

結論から述べると、弁護士費用実額のうち、その「全額」についての請求は困難であると考えられる。すなわち、我が国では、民事訴訟は、弁護士に委任せずとも本人で提起することができる(本人訴訟)。そのため、弁護士費用は訴訟費用に含まれず、訴訟の勝敗に関係なく、各当事者が負担することとされている。(このことは、上述の昭和44年判決でも示されている。)。

もしも、裁判所が、損害賠償条項上の「弁護士費用を含む」との文言を根拠に、弁護士費用実額の「全額」の賠償を認めてしまえば、それは、弁護士費用を各当事者が負担するという現行の民事訴訟法のルールに反することになる。

たしかに、契約自由の原則があるものの、それは「法令の制限内において」のみの自由である(民法521条。注1)。そこで、民事訴訟法における弁護士費用の各当事者負担原則が「法令の制限内」かが問題となるところ、
①2000 年代初頭の司法制度改革時に弁護士費用敗訴者負担制度の整備が議論されたものの改正法案が廃案になったこと(注2)、
②昭和44年判決・平成24年判決の判旨
に照らせば、弁護士費用を各当事者が負担するという現行の民事訴訟法のルールは、我が国の民事訴訟法制の根幹である「公序」だと考えられる。
そのため、仮に、契約で合意したとしても、損害として弁護士費用実額「全額」を損害と認めてしまうことは、我が国の民事訴訟制度と背理であり、契約自由が妥当する「法令の制限内」ではない。私見では、交渉レベルではともかく、訴訟において「全額」は認められないと考えられる。


注1
「契約自由とその制限の関係」については、中田裕康「契約法」(有斐閣・2017)・27頁以下等。

注2
日本弁護士連合会「弱者の裁判を受ける権利を侵害する『弁護士報酬敗訴者負担』法案に反対する決議」(平成16年10月8日付け)を参照。同決議では、「合意による敗訴者負担制度が導入されれば、裁判外の私的契約や約款・就業規則などに「敗訴者負担条項」を記載することが広がっていくと懸念される。そうなれば消費者、労働者、中小零細業者など社会的に弱い立場にある人は、敗訴したときの「敗訴者負担条項」に基づく弁護士報酬の請求をおそれて、訴訟を提起することも受けて立つことも躊躇せざるを得ない。」との意見が示されている。

⑵ 弁護士費用実額の「1割程度」以上の可否について
それでは、弁護士費用実額の「全額」は困難であるとしても、契約書における損害賠償条項を根拠に、弁護士費用実額の1割程度以上を請求することはできるのか。

注目すべき裁判例として、契約書中の損害賠償請求条項における「合理的な弁護士費用を含む」を根拠に、弁護士費用の請求をしたものがある(東京地判平成27年10月27日(LEXDB:25531913)がある。

【裁判例】東京地判平成27年10月27日(LEXDB:25531913)
■ 原告が請求した弁護士費用:
請求額である業務委託料1577万7028円,レンタルサーバー代43万3840円の合計1621万0868円の1割である弁護士費用162万1086円。
■ 契約書の記載:
第19条(損害賠償)「本契約に定める他、甲及び乙は、故意若しくは過失により、又は、本契約若しくは個別契約に違反したことにより、相手方に損害を与えた場合には、相手方に対し、その全ての損害(合理的な弁護士費用を含むがこれに限らない。)を直ちに賠償する責任を負う。」
■ 判旨:
「原告が本件残存業務についてA等に依頼する必要があったということができるから,上記において認定した各支払のうちA等に対する合計1577万7028円の支払については,被告の債務不履行と相当因果関係のある損害と認めることができる~略~そして,本件基本契約の第19条においては,合理的な弁護士費用が損害賠償の範囲に含むものとして合意されているところ(上記第2の2(2)の前提事実),本件訴訟の内容に鑑みると,上記認定の損害額の約1割に相当する157万円をもって当該合理的な弁護士費用と認めることができる。」

この事案において、裁判所(合議体)は、契約書の損害賠償条項に「合理的な弁護士費用を含む」とあることを直接の根拠に、弁護士費用実額とは無関係に「1割程度基準」による損害賠償を認めた。裁判例に現れた事情のみからではあるが、この事案では、不法行為構成での損害賠償請求は困難な事案だと考えられ、平成24年判決の射程外である。そのため、契約書の損害賠償条項に「合理的な弁護士費用を含む」との文言がなければ、1割程度基準での賠償すらも認められなかった可能性が高い

この事案では、そもそも請求時点で、原告側が「1割程度基準」に従い弁護士費用を請求していたとの事情がある。そのため、仮に、弁護士費用実額の全額を請求していたときに、どのような判断になったかは、今後の裁判例の蓄積を待つ必要がある。しかし、弁護士費用実額に依拠しない認容額ベースである「1割程度基準」は、既にみたとおり不法行為類型及び一定の債務不履行類型の両局面での最高裁の立場であり(注1)、基準として一定程度明確である。反面、弁護士費用実額をベースにしてしまうとなると、その金額の算定基準がなく不明確である(既述のとおり、裁判所は、下級審かつ不法行為訴訟の事例ではあるが、法テラス基準でさえ考慮しない。注2)。そのため、損害賠償条項にある「合理的な弁護士費用を含む」との意味を、「1割程度基準」による合意と解釈してその拘束力を認めることは、少なくともBtoBの事案において、契約自由の原則が妥当する「法令の制限内」であろう。そのため、損害賠償条項に「(合理的な)弁護士費用を含む」とあれば、「1割程度基準」に従っての損害が認められる事案が多いと考えられる(注3)。しかし、①認容額ベースにした1割程度基準を超える賠償や②弁護士費用実額をベースとした賠償は基準として不明確であり、損害賠償条項における「(合理的な)弁護士費用を含む」との解釈としては、認められない可能性が高いと考えられる(私見)。

注1
司法制度改革時における敗訴者負担原則の導入時の議論でも、弁護士費用実額の全額を認めるのではなく、一定の基準に従っての賠償であったことを指摘しておく(以上につき、司法制度改革審議会「司法制度改革審議会意見書」ジュリスト1208号198頁、司法制度改革推進本部司法アクセス検討会の第6回議事録及び配付資料7「諸外国における弁護士報酬の敗訴者負担制度」を各参照)。

注2
前掲昭和44年判決の調査官解説では、賠償すべき弁護士費用の額について「被害者が現実に支払いまたは支払うべく約した額全額が認められるわけでないこと、いうまでもない。」とした上で、「諸般の事情の中には、日本弁護士連合会や各地の弁護士会の報酬規定の定めが含まれるであろう」とする(同189頁)。しかし、同報酬基準が廃止されたのは既述のとおりである。

注3
なお、上記東京地判平成27年10月27日については、理論的には少なくとも次のことが指摘できる。すなわち、同判決において、実際に支払いがなされた弁護士費用実額は不明であるものの、仮に、同判決を、平成16年4月1日に廃止された(旧)日本弁護士連合会報酬等基準に当てはめてみる。すると、弁護士費用を除く請求認容額である1577万7028円を基準にしたとしても、①着手金約87万、②報酬金約175万、③合計約262万円である。しかし、報酬金は判決確定後に発生すると考えるのが通常の理解であり、口頭弁論終結時では発生していない費用である。換言すると、本案の口頭弁論終結時において履行期が到来しない請求権であり将来請求に属するものである(民事訴訟法135条)。そのため、弁護士費用実額としては、着手金のみと考えられる事案である。同判決においては、想定される着手金87万円であるところ、認容された弁護士費用157万円である。同判決では、1割程度基準が機械的に当てはめられてはいるものの、想定される弁護士費用実額と比較すると、1割程度基準以上の認容可能性を意味するものである。


■2 表明保証条項・違約罰条項の場合
⑴ 表明保証条項の場合
表明保証条項とは、契約当事者の一方が、他方当事者に対して、一定時点における一定の事項について、真実かつ正確であることを保証することを内容の条項である。M&A取引などでよく用いられる条項であり、もともとは英米法の概念である。それでは、表明保証条項違反を根拠に弁護士費用実額の賠償が認められるであろうか。裁判例については、筆者の知る限り、1割程度基準を認めたものしか存在しない(下記のほか、例えば、東京地判平成27年6月22日・判時2275号68頁等)。

【裁判例1】東京地判平成18年1月17日・判時1920号136頁
■ 原告(買主)による弁護士費用の請求額:
弁護士費用実額に言及しつつも1割程度基準による弁護士費用を請求。
■ 契約書の記載:
「売主らは,前条(*表明保証条項)により規定された表明,保証を行った事項に関し,万一違反したこと又は売主らが本契約に定めるその他義務若しくは法令若しくは行政規則に違反したことに起因又は関連して原告が現実に被った損害,損失を補償するものとし,合理的な範囲内の買主の費用(弁護士費用を含む。)を負担する」
■ 裁判所の判断:
表明保証条項を根拠に、1割程度基準を採用して賠償を認めた。
【裁判例2】東京地判平成24年1月27日・判時2156号71頁
■ 原告(買主)による弁護士費用の請求額:
原告は,「本件訴訟の追行を原告訴訟代理人弁護士に委任し,同弁護士との間で,原告が同弁護士に対して損害賠償請求額の2パーセントの着手金及び損害賠償請求額の4パーセントの報酬金を支払う旨の報酬契約を締結した。したがって,原告は,前記(ア)ないし(ウ)の損害額合計1億7867万3498円(ただし,請求の減縮前の損害)の6パーセント相当額である1072万0410万円の弁護士費用の損害を被った」として、おそらく、弁護士費用実額を請求。
■ 契約書の記載:
「前記(イ)において表明し保証した事項が,真実又は正確でなかったことが判明した場合,その他売主が本件株式譲渡契約に違反した場合は,同契約締結後5年以内に請求されたものに限り,売主は買主に対し,それによって買主が被る損害(弁護士費用を含む。)を補償する責任を負う(5条1項)」
■ 裁判所の判断:
表明保証条項を根拠に、1割程度基準を採用して賠償を認めた。

この表明保証条項違反に基づく損害賠償請求権の法的性質については諸説あるものの、通常は、契約不適合責任や債務不履行責任とは異なる、特別な合意と考えられている(注1)。そのような「特別な合意」と構成したとしても、裁判例については、筆者の知る限り、1割程度基準を認めたものしか存在しない。

注1
戸嶋浩二ほか著「M&A契約モデル条項と解説」(商事法務・2018年)72頁以下。

⑵ 違約罰(制裁金)条項の場合
国土交通省が定める「マンション標準管理規約(単棟型)」等には、例えば「違約金としての弁護士費用及び差止め等の諸費用を請求することができる」との規定がある。そして、この規定を「違約罰(制裁金)」と解して、弁護士費用実額の全額の損害賠償を認めた裁判例がある(東京高判平成26年4月16日・判時2226号26頁)。しかし、この裁判例は、管理規約の文言及びマンションの特殊性を十分に考慮しての判断である。そのため、契約書における「弁護士費用を負担する」との記載の解釈に関する先例として参照することには慎重を要する

【裁判例3】東京高判平成26年4月16日・判時2226号26頁
■ 原告による弁護士費用の請求額:
弁護士費用実額の全額。
■ マンション管理規約の記載:
「違約金としての弁護士費用を加算して請求することができる」
■ 裁判所の判断:
債務不履行に基づく損害賠償請求をする際の弁護士費用については、その性質上、相手方に請求できないと解されるから、管理組合が区分所有者に対し、滞納管理費等を訴訟上請求し、それが認められた場合であっても、管理組合にとって、所要の弁護士費用や手続費用が持ち出しになってしまう事態が生じ得る。しかし、それは区分所有者は当然に負担すべき管理費等の支払義務を怠っているのに対し、管理組合は、その当然の義務の履行を求めているにすぎないことを考えると、衡平の観点からは問題である。」として、管理規約の記載を「違約罰(制裁金)」と解して、弁護士費用実額の全額の賠償を認めた。
* なお、原審(東京地判平成25年10月25日)は、弁護士費用について、管理規約に基づく実費相当額ではなく裁判所が相当と認める額(50万円)に限定して認容している。



5 まとめ

以上のとおり、私見ではあるが、損害賠償条項及び表明保証条項に「(合理的な)弁護士費用を含む」との文言があったとしても、裁判で、弁護士費用実額を基準として、その全部または一部の賠償が認められることは困難である。

しかし、弁護士費用実額を基準にした全部または一部の賠償請求は認容されないとしても、損害賠償条項及び表明保証条項における「(合理的な)弁護士費用を含む」との記載の有無によって、請求認容額をベースとした1割程度基準に基づき弁護士費用を請求できる可能性が生じるため、その記載の有無は重要である。特に、損害賠償条項の場合には、平成24年判決の射程外の事案において記載の有無の重要性は顕著である。

弁護士費用に関する契約上の合意と、契約自由の原則における「法令の制限内」との関係は、さらなる検討を要する課題である。特に、BtoBかつ対等な力関係にある当事者間の契約において、「(合理的な)弁護士費用を含む」の意味を1割程度基準だとただちに解してよいのか、さらには具体的な算定方法や上限金額についての損害賠償の合意をした場合にも1割程度基準となってしまうのかは、なおも不明確である。例えば、外国判決で命じられた一定の弁護士費用賠償も「公の秩序」に反するものではないとした判例(最判平成10年4月28日・民集52巻3号853頁)があることをも考慮すると、事案の性質や契約書上の文言次第では、①弁護士費用実額から一定の賠償を認めたり、あるいは②請求認容額をベースにしつつも1割程度基準以上の賠償が認められる余地があるように考えられる。(完)


6 執筆者情報

STORIA法律事務所
弁護士 菱田昌義(hishida@storialaw.jp)
個人サイト:https://www.hi-masayoshi.com/
所属事務所:https://storialaw.jp/lawyer/3738
※ 執筆者個人の見解であり、所属事務所・所属大学等とは無関係です。



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