「言葉以上を受け取らない」ができない人。
私はとても気にしいな人間である。だから、言葉の裏の裏の裏の裏くらいまで読み取って、ひとりで勝手に落ち込みがち。
たとえば、5,6人のグループで「Aちゃんてかわいいよね!」って話が出たとする。その場にいる私は「そうだね〜」ときっと返すけれど、同じ場にいるのに褒められなかった私は「かわいいに属さない」つまり「かわいくない」んだろう、と受け取ってしまうのだ。
ただAちゃんがかわいいという話をしているだけなのに。「kottonってかわいくないね」って言われたわけではないのに。
なんでだろう。
ネガティヴ思考だから?考えすぎ?
本当に些細なことなのに、なんでこんなにも思考がぐるぐるしちゃうんだろう……。あー、自分がめんどくさいっ!
もう何もかもが嫌だーーーー。
ここまでが、いつものセット。
話は少し逸れるが、いまの職場はフルリモート勤務で、チャットツールとしてteamsを導入している。コミュニケーションはチャット、つまり、テキストで行われることがメインである。
チャットはとても便利だと私は感じている。送られてきたメッセージを自分のタイミングでじっくり読めるし、相手に送るときにもよくよく見返せるから。
あとは良くも悪くも消えないってところも。
そんなチャットで一度心臓を鷲掴みされたほど、怖い思いをしたことがある。
上司の課長に、とある相談をしたときだった。相談の内容は、進行中のAの件について、本部長の返事(了承)が急ぎでほしいから課長から依頼してもらえないか、ということ。
それに対する返信がたった一言。
「はい?」
ん、、、はい?!??
「はい?」って、人に圧をかけるために敢えて問い返すときの「はい?」だろうか?どういうテンションで言ってる?私の依頼の仕方がおかしかったのか?それとも依頼の内容がちんぷんかんぷんだった?
脳内で疑問符が次々と浮かんだ。
補足しておくと、課長は社内でパワハラを起こして一度告発された経験がある方で、その頃に比べたら落ち着いていたとはいえ、心理的安全が完全に確保されたコミュニケーションをとってくれる方かと言われると、Noだった。
アグレッシブで自己中心的で、喋り方も控えめに言って怖い。
そんな課長からの「はい?」は脳内で反芻して、責め立てられているような気になった。そして、なぜか心臓がバクバクしだして、動けなくなってしまった。
仕事だから、自分の感情は切り離して事実だけを見て淡々と処理すれば良いのはわかるのだけれど、思考がパンクしかけていた。
「はい?」
たった3文字の威力たるや。
そして、チャットだから消えないのは当たり前なのだけど、その文字を見るたびに課長が私を睨んでくるような気さえした。
でも待てよ。この3文字が暴走しているのって、私が考えすぎだからか……。
他の人だったら「「はい?」って返信だけだとさすがに伝わらないですよ〜。課長しっかりしてくれよ笑」なんて思えたのだろうか。
結局、私があれこれと責められている妄想を膨らませていたところに課長から電話がかかってきて、次のアクションの指示はもらえたから元の依頼内容は解決したのだけれど。
課長がどんな意図で、どんな意味で、どんな感情を込めて「はい?」と送ってきたかはわからなかった。
どれだけ考えても本人でなければわからない。ならば、受け取った言葉以上を考える必要なんてないのに。それをわかっているのに、考えてしまう。
あー、なんて私はめんどくさい人間なのだろう。
話はまた変わって、つい最近のこと。
大学時代のサークル友だち3人とひさびさに会おうという話になってLINEグループを動かしていたときのこと。
反応がいつもと違うと感じる子が1人いた。
「10月○日か○日ご飯行かない?」という誘いに対して、「候補日全部埋まってるから3人で行っておいで〜」との返信。
これまでだったら、即レスで「いいね!行こう!どこにする??」と乗り気な反応をくれたはずなのだけれど。
候補日だって、2,3日程だけでなく、5,6日程出していた。いずれも全てNGってことも、ありえないことではないけれど……。
ちょっとした違和感。
今は仕事が忙しいから、ご飯に行っている暇がないのだろうか?それとも、もう大学のサークル仲間では会いたくないのだろうか?サークルメンバーというより、私に会いたくない?
そういえば前回集まったときにその子から合コンセッティングのお願いをされていたけれど、私が結局開催しなかったから怒っているとか…?
はたまた、何か大きな不幸の最中で遊びに行けるメンタルじゃないなんてこともありうる…?
いろんな疑念が浮かんでは消えた。でも正解はわからない。
単に候補日全部が埋まっていただけってことも往々にしてあり得る。言葉以上のことはないのかもしれない。別にどんな意図で言葉を発していたって、その人の自由なはずなのに。
私は真実だろうが嘘だろうが、言葉以上を手放す勇気がないのである。自分のわからないことや理解できないことを、そのまま受け取れない。わかりたいと思ってしまう。
なんて図々しいのだろう。
とはいえ、「言葉以上を受け取らない」はできないのだ。息を吸うように考えてしまう性分なのだから。
それでもいい、そんなもんだ、と私自身を受け入れられる日はいつか来るのだろうか。
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