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『雨の降る日は学校に行かない』 〜虹を作るのは自分

こんにちは、ことろです。
今回は『雨の降る日は学校に行かない』という小説を紹介したいと思います。

『雨の降る日は学校に行かない』は、著・相沢沙呼(あいざわ さこ)、装画・ゆうこのヤングアダルト小説になっています。
短編集になっており、おそらく同じ中学に通う女子生徒がそれぞれ主人公になる、六つの話が収録されています。

1.『ねぇ、卵の殻が付いている』
この物語は、ナツとサエが保健室登校をしているお話です。
いつもナツがお母さんに持たされて、殻付きのゆで卵をふたつ、アルミ箔に包んで持ってきているのですが、給食とは別にそれをふたりで食べたりしています。
ふたりは、なぜお互いが保健室登校をしているのか理由は知りません。
ですが、保健室で知り合い、仲良くなり、今ではなくてはならない存在です。
ここでの主人公は、ナツ。
卵を傷つけずに殻をきれいに剥けたらその日は一日中いいことがある。そんな話をサエに聞かされて、信じていないにも関わらず、やっぱりきれいに剥きたくなってくるナツは、今日も当たり前のようにサエとゆで卵を食べます。
しかし、いつものように保健室で勉強していたサエが「わたし、来週から教室に戻ろうと思うんです」と言い出して、ナツは苛立ちと焦りを抱えます。
どうせうまくいきっこない、どうして私を置いていくの……
いろんな感情に押しつぶされそうなナツでしたが、本当に教室に戻ってしまったサエに為す術もなく保健室でうずくまるナツ。
進路希望調査用紙を受け取っても、どうせ自分は学校にもまともに通えないし、社会に出ることもできない、このまま引きこもっていようと思いましたが、疑問も浮かびます。どうして自分は、漫画やゲームがある家ではなく保健室にわざわざ来て過ごしているのか。
保健室の先生は言います。
「どんな生き物だって、生きていれば大きくなるんだよ。どんどん大きくなって、部屋にも、家にも、学校にも閉じこもっていられなくなるんだ」
「なっちゃんは大きくなったぶん、外で生きていかないといけないんだよ」
サエにひどいことを言ってしまったナツは、ちゃんとサエに会いに行って謝ろうと思いました。
そこで、サエが九月に引っ越すことを知り━━……


2.『好きな人のいない教室』
この物語の主人公は、森川さん。
いつしか化粧ポーチを持ち歩き、キラキラしたカースト上位のような子たちとはちがい、恋愛もしたことのないちょっと地味な女の子です。
別の中学に通う友人、律子には友達はできた? と心配されていますが、案の定そこまでうまくはいっていない森川さん。新しくミウという友達はできましたが、まだまだ深い仲にはなっていません。
あるとき、理科の授業で隣の席の岸田くんが教科書を忘れたというので、見せてくれと頼んできます。もうこれで何度目でしょうか。先生も呆れるほどでしたが、仕方がないので机をくっつけて見せてあげる森川さん。
しかし、そのせいでキラキラ女子の塚本さんに目をつけられ、岸田くんは森川さんのことが好きだからわざと教科書を忘れてきてるんじゃないか、ふたりお似合いだし付き合っちゃえば? と囃し立てます。
それからというもの、塚本さんたちのからかいはひどくなり、黒板に相合傘を書かれたり、移動教室で岸田くんと作業をしなければいけないときがあると、ご結婚はいつですかー? とからかわれたり、どんどんエスカレートしていきます。
とうとう、学校に行くのがこわくなった森川さんは数日休むことになりましたが、学校のプリントを家のポストに届けてくれた岸田くんが、得意のイラストで森川さんのことを励まします。
いっそのこと付き合っちゃう? と冗談を言う森川さんでしたが、そんなの戦う方法じゃない、自分に嘘をついてまでみんなに合わせたって、きっとなんの解決にもならないと岸田くんは言います。
岸田くんはイラストが上手なのですが、そのせいでアニメの女の子が好きな地味で気持ち悪いオタク扱いをされてきました。それでも、めげなかったのは本当に漫画やイラストが好きだったからです。誰に何を言われても自分の好きなことを曲げず、貫くことで意思表示をしてきた岸田くんに感化された森川さんは、毅然と学校へ行くようになります。


3.『死にたいノート』
この物語の主人公は、藤崎さん。
早朝の教室で、ベージュの手帳に「死にたい」と遺書を書きます。
しかし、それは半ば創作で、そうやって何度も遺書を書くことで気持ちが楽になるから書いているのでした。また、死ぬための正当な理由も探しています。家庭環境が劣悪だったとか、壮絶ないじめがあったとか、大恋愛の末の失恋とか、いろんな妄想を理由に遺書を書きましたが、どれも事実とは違い、至って平穏な自分なのに死にたくなるとはどういうことか、いつも悩んでいました。
藤崎さんもまた地味で暗いタイプの女子で、唇が乾燥してひび割れているような子でした。小声で何を話しているかわからず、何度か聞き返されたりします。
ある日、図書室で本を読んでいると、クラスメイトの河田さんが話しかけてきました。なんでも妹のためにクイズの本を探しているようで、図書委員でもあった藤崎さんに場所を教えて欲しいようでした。小説ばかり読んでいてクイズなどの本がどこにあったかうろ覚えでしたが、なんとか案内していたところに、河田さんの友達が河田さんを見つけて話しかけてきて、藤崎さんは蚊帳の外に。絞り出すように「このあたりにあるから」と言ってカウンターに引き返すも、どうして自分はいつもこうなのだろうとため息をつきます。
そして、事件は起きます。あの遺書を書いていたベージュの手帳をどこかに置き忘れてきてしまったのです。慌てて探していると、河田さんが声をかけてきます。なんと、その手には、藤崎さんのベージュの手帳が。しかも、名前を確認するために中を見たと言うのです。当然、遺書が書かれていることに驚き、なんとかしなければというのですが、実はその手帳には個人を特定できるものは何も書かれていないので藤崎さんのものとはわからないのでした。もちろん、藤崎さんは自分のだとは言いません。その手帳の持ち主を、死にたがっている誰かを、本当に死んでしまう前に見つけ出したいという河田さんは、藤崎さんに協力を頼みます。
こうして、河田さんと藤崎さんは架空の誰かを探すことになるのですが、途中で「あっちゃん」という河田さんの友達も加わり、三人で秘密裏に探すことになりました。
ベージュの手帳を落としていないか聞いて回ったり、家庭環境が悪かったり、いじめに遭っていたり、失恋していたりする人を探していくうちに、藤崎さんは自分よりもはるかに大変で苦しい思いをしている生徒が居ることを知り、なんとも言えない気持ちになります。
そして、部活も休んで必死になって探してくれる河田さんとあっちゃんに、申し訳なくなり、ついに本当のことを打ち明けます。藤崎さんは、河田さんたちの姿に十分救われていたのでした。


4.『プリーツ・カースト』
この物語の主人公は、エリ。
この本では珍しくカースト上位のキラキラ女子の一員です。
エリは思います。
スカートの短さは教室での地位を表していると。短ければ短いほど輝いているし、長ければ長いほどダサくて真面目で暗い。
エリのスカートは短く、クラスの人気者のメンバーの中に入っていました。
ある日、体育の授業でダンスをしていたのですが、梓のチームにいる福原さんがダンスが下手で笑いのネタにされていました。さんざん笑われていたのですが、福原さんはエリの小学校時代の友達。今はもう友達でもなんでもなく、スカートの長い福原さんのことは住む世界が違うと思っていましたが、なんとなく気分はよくない。しかし、ここでそんな空気を出すと、空気が読めないと思われるので一緒に笑います。しまいには、能面に似てるよねとネタの提供までしてしまい、そのせいで「おたふくさん」というあだ名までついてしまい、内心焦るエリ。まあ、さすがに梓たちも本人の前でからかうようなことはしないでしょと高を括っていたら、まさかの男子に伝染して、男子が本人に能面に似てる! とからかいはじめて収集がつかず。その日を境に、福原さんは陰でおたふくさんと呼ばれるようになってしまいました。
別の日、放課後に雨が降り始めて帰れなくなっている福原さんを見つけたエリ。そこらへんにある使えそうな傘を借りていけばいいのに、律儀に濡れて帰ろうとしていた福原さんを止め、自分の傘を貸すエリ。エリは折り畳み傘を持っていたので心配ありません。天気予報見なかったの? と聞いてみると、持ってきたのだけれど傘がなくなっていたと言います。中学生にもなってピンクの水玉模様の傘を使っていた福原さんの傘を、誰かが使ったとは思えません。まさか、誰かが意図的に隠したのでしょうか……?
また別の日、里穂に借りていたCDを返し忘れていたエリは、学校で返そうと里穂にメールします。すると、まだ学校にいるよと返ってきたので場所を尋ねると生物室と答えます。里穂は天文部です。
スカート丈をばっちり短くしていたエリは里穂に怒られますが、意に介しません。CDを無事に返したエリはスカートがうしろも均等に短くなっているか里穂に見てもらいます。鏡のないところでスカート丈を短くするとうしろだけ長かったということがあるのです。それだけ、エリにとってスカート丈は重要なことでした。
里穂と別れてから、天文部がどんなところか覗かせてもらえばよかったと思いましたが、なんだか天文部って暗くてダサいイメージあるし、まあいっかと思い直します。スカート丈も長そうです。でも、里穂のスカートって短かったかな……エリは里穂のスカート丈を覚えていません。彼女とは小学校からの付き合いだったけれど、二年生に上がるときにクラスが別になって疎遠になってしまって、スカート丈のことなど忘れてしまいました。
その帰り道、普段は歩かない廊下を歩いていると、どこからか歌声が聞こえます。合唱部のようです。窓から日差しが入り、辺り一面オレンジ色に染まっていました。たった三人で歌っているようでしたが、パート練習でしょうか。それは、とても美しいと思えました。しかし、そのうちの一人はなんと福原さんだったのです。目が合ってしまったエリは急いで隠れ、そのまま走って逃げました。まさかあの福原さんのことを美しいと思うなんて。どうかしている。
福原さんへの笑いはしだいに大きくなり、それは具体的な形を取るようになっていきました。男子に伝染したのも悪かったかもしれません。小学生のように福原さんが触ったものにはおたふく菌が付いていて、触ると移ると言い出したり、女子は表向きは福原さんと呼んでいましたがやはり陰ではおたふくさんとか、おかめさんと呼んでいたりします。エリは福原さんがいじられキャラとして成立するならそれでもいいと思っていました。どこの教室にもいじられキャラって居るし、みんなから構ってもらえるだけ幸せなんじゃないの、とも思っていました。しかし、もしこれがいじめなんだとすれば。話が変わってきます。
エリは昔の友達であることと、自分が発端でおたふくさんというあだ名がついてしまったことの責任を感じていました。こんなことになるなんて思ってもみなかった。けれど、自分はみんなと一緒に笑うことしかできない。もし福原さんの味方をしたら、それこそスカート丈を長くしなければいけない。それは嫌だ。結局、自分のことしか考えていないことに嫌気がさします。福原さんのことを笑うみんなのことも。醜いと思います。
みんなで福原さんのことを笑っていると、どこまで聞かれたのか、福原さんがそこに立っていて、みんながそれに気がつくと、福原さんはどこかに走り去ってしまいました。慌てて追いかけるエリ。咄嗟にお手洗いに行ってくると嘘をついて。
途中、里穂にも出くわし、真由(福原さん)どうかしたの? と聞いてきました。ぶつかったときにいくつかプリントを落としたらしく、里穂が拾っています。エリは本当のことは言えませんでした。里穂はまだエリと福原さんが友達だと思っているようです。そんな人に、いじめのように笑っていただなんて言えません。普通じゃないのは、自分の方だと思いました。
福原さんがどっちに行ったのか聞いて、追いかけました。かつては同じものを見、同じように綺麗だと思っていたのに、どうしてこうなってしまったのでしょう。
福原さんを見つけて呼び止めます。手には里穂からもらったプリントを持って。それは、合唱部コンサートのお知らせ、と書かれていました。福原さんはこれに出るようです。
福原さんには、傘を返せなくてごめんね、と言われてしまいました。彼女なりに気を遣っていたのです。教室や誰かに見られるところで返したら、エリと福原さんの仲が疑われてしまう。そうなると、エリの扱いはもう福原さんと同じようになるだろうと。それがわかっていて、傘を返せずにいたことを謝ってきたのです。
エリは何も言い返せませんでした。カースト下位になりたくないエリは、だいじょうぶだよとも、あとで返してとも、何も言えないまま立ち尽くしてしまいました。
追いかけてきたことを後悔していたそのとき、福原さんがエリの名を呼びます。よかったらコンサートに来て、と誘います。日時を覚えるエリ。でも、行けるかな。
とりあえず、チラシをスカートのポケットに入れて、予鈴が鳴ったので福原さんを置いて先に帰りました。
授業前、梓に今度の日曜遊ぼうよと誘われます。しかし、その日は合唱部コンサートの日。エリは、果たしてどちらを選ぶのでしょうか?


5.『放課後のピント合わせ』
この物語の主人公は、堀内しおり。
しおりは、インターネットのコミュニティに顔は映らないようにして撮ったちょっとえっちな写真を上げていました。制服の短いスカートから覗く太ももや、ブラウスから見える谷間など、見えそうで見えない(たまに下着が見えてる)写真を上げては、コメント数を稼ぎ、悦に浸っているのです。しかし、自分のスマホじゃうまく光を取り入れられず、解像度の低い写真になってしまうのが悩みでした。
学校ではそんなことは誰も知らず、スカート丈も長い、地味で目立たない子でした。部活動を熱心にしているわけでもない、恋愛をしているわけでもない、からだは発育がよくても、顔はイマイチの女の子。それが、しおりでした。
ヨーコが暇ならこれ柳先生のところに持っていってくれない? と頼んできました。ヨーコはナオの友達。だから、私も友達? たぶん、友達。
ナオのグループには、ヨーコや吉沢さんや大西さんがいて、くすくすと笑い声をあげています。窓際の席は光が当たっていて、ナオは華やかに見えます。まさに、ピントが合っているかんじ。比べてしおりは暗くてピントなんて合っていない。どうしてこんなにちがっているのだろうと思ってしまいます。
ぼーっとしたまま柳先生のところにプリントを持っていったら、その机の上に一眼レフカメラが置いてあることに気づきました。
ぼーっとして、どうした? と先生に聞かれて、職員室の往来の多さに忙しそうですねと答えたら、三年生は受験だからねと言われました。しおりも、あと一年したら受験が控えています。それまでに自分の価値を決めなくてはいけない。
しおりは、こんな自分に価値なんてないと思っていました。だからこそ、私にはあの場所が必要なんだとも思っていました。
帰宅後、早速スレッドを立てて、ただいま! と打つしおり。さっき撮ったばかりの制服の写真を上げます。取り立ててえっちな写真ではないのですが、徐々に露出を増やしてコメント数を増やしていく戦法です。いつもの手ではあるのですが、これがよく効きます。コミュニティの中でマリと呼ばれているしおりは、おかえりー! とか、マリ様の太ももキターーー! とか、いろいろ書き込まれているのを見て満足しました。宿題をしなきゃいけないからまたあとでね、と言い、もう一枚露出度の高い写真をアップ。そうやって、自分の作品とも言えるものをアップロードし、それにコメントをつけてくれるこの環境が好きでした。ひとつひとつじっくりコメントは見るし、みんなが喜んでくれているか確認します。
しかし、しおりの唯一の居場所とも言えるコミュニティに、邪魔者が入ってきました。リア様という女子高校生がもっとエロい写真を上げているというのです。コメントはそちらに奪われています。
すると、誰かがマリ様も対抗するために学校で撮ってきたらいいんじゃないですか? とコメントして、あれよあれよと火がつき、しおりは学校でえっちな写真を撮ることになりました。
翌日、放課後の校舎を歩いて撮影場所を考えます。自室以外で撮ったことのないしおりはドキドキしていましたが、人気のない校舎の使われていない教室を選び、そこで撮ることにしました。ちょうど夕日が差し込んでいて綺麗です。
せっかくだから、セルフタイマーを使おう。構図はどうしようか。いろいろテストをしながら何枚も撮ってみました。しかし、やはり自分のスマホでは目の前にある美しさをそのまま写し撮ることができません。でもまあ、それでもいつもの写真よりかは明るく撮れているのでよしとすることにしました。ブラウスのボタンを外してオレンジのブラが見えるようにします。あと少しでシャッターが鳴る。もう少しブラをずらしてみようか、リアっていう子がどんな写真を上げているかはわからないけれど、この小さな突起を写せば喜んでくれる人たちがいるーー
と、そこで、誰かが教室の扉を開けた音がしました。慌てて胸元を隠します。
頭が真っ白になるしおりでしたが、正体は柳先生でした。
しおりは背中を見せて、その間にボタンを閉めます。先生が話かけながら近づいてきます。最悪なタイミングでセルフタイマーのシャッターが下ります。
すると、なにを勘違いしたのか、先生はしおりが写真好きだと思ったようで、あられもない格好のまま固まるしおりをよそに、ちょっと待っててと言って職員室から一眼レフカメラを持ってきました。もちろん、その間にブラウスのボタンを閉め、スカート丈も元に戻したしおりは、先生の提案に乗って、少しそのカメラを触らせてもらうことにしました。なんと、デジタルではなくフィルムだそうで、しおりはなんとなくの知識しかなかったのですが、とりあえずピントの合わせ方を教えてもらって教室の中を撮りました。フィルムなので現像しなければいけないのですが、そのフィルムをあげるから残りの枚数を全部撮ってしまうことを条件に、先生は一眼レフカメラをしおりに貸してくれました。残り二十五枚を宿題にされたしおりは、帰り道に撮っていくことにしました。
ある路地の隅に停められたバイクのミラーに夕日が映っていて、それを撮ろうと思いました。何度も構図を練り、ああでもないこうでもないとしているうちにナオに声をかけられました。バイクの周りをうろうろして、どうしたの? と聞かれたので説明すると、しぃちゃんは昔からこだわるもんね〜と言われて驚きました。一緒に写真を撮る時などにこだわりを感じるのだそうです。全然意識したことのないしおりは、写真が好きなんて考えたこともありませんでした。
ナオがすごいよね〜と笑って、ふとその顔を撮りたいと思いました。カメラを向けると、驚いた顔や戸惑った顔をしていますが、それさえも可愛いとしおりは思います。
いくつか写真を撮っていると、それどうやったら見れるの? と聞かれてフィルムだから現像しければ見れないことを伝えると、じゃあ今から現像しようよと提案されました。商店街の隅に写真屋さんがあるので、そこで現像しようと。しおりは、残りの枚数を消化するためにナオの写真をたくさん撮りました。ずいぶん久しぶりに彼女を見つめたような気がしました。
帰宅して、スレッドを立てます。ただいまのコメントと共に一枚目から大胆な写真をアップするしおり。たくさんのコメントがつく中、遡って見ているとあるコメントが目につきました。それは、朝の四時半に書き込まれたものでした。
『気持ち悪い』
それは呼び水となって、どんどんその類のコメントがつきます。承認欲求を満たそうとする可哀想な子。売女。中学生でこれじゃ、将来が不安。就職先は風俗ですか。見られて興奮してる変態痴女ですねわかります。本当はオバサンだろ。踊る嘲笑の文字列とマーク。
違う。あたしは、違う。そんなのと、一緒にしないで。あんたに、あんたたちに、あたしのなにがわかるっていうの。
慌てて今日のスレットに切り替えます。こんなコメントで溢れてたらどうしよう。
しかし、コメントは穏やかなものでした。どうして大胆な写真をアップしたのにコメントが少ないの? みんなリアという子のところに行ったというのでしょうか。おそるおそる検索して写真を見るしおり。
それは、画質も荒くとても綺麗とは言えない写真でした。構図も練られていないし、ただ露出しているだけの醜い写真。
『気持ち悪い』
しおりも、そう思ってしまいました。
こんなに汚くて醜い写真にどうしてみんなは群がるの。こんなの。こんなの。
私も、みんなからこんなふうに見えているんだろうかーー
リアに対抗するため、とっておきの一枚を探そうとスマホの画面をスクロールさせます。でも、指先が震えて動かない。あたしの光。あたしの価値。あたしの、あたしの。
勢いよくスマホをベッドに投げ捨てるしおり。と、先生から借りた一眼レフが近くにあることを思い出します。壊したら大変です。
ふと現像した写真のことを思い出します。ナオが一緒に見たいと言うから見ずにおいた写真……
そこに写っていたのは先生が写したしおりでした。ちゃんとピントが合っていて、少し寂しそうな顔をしているしおり。光をいっぱいに取り込んで、黄金色の輝きに満ち溢れている。
これが、ほんとうの写真?
何枚も何枚も見ていくしおり。
ナオの写った写真も綺麗に撮れていました。ほとんどピンボケしていましたが、美しい写真でした。
スマホで撮る写真とは大違いの美しさにしばらく見入っていたしおりは、遅れて
気がつきます。これも、自分の作品だということに。
翌日、カメラを持って学校へ行くと、ナオが昨日の現像した写真は持ってきた? とはしゃいでいます。ほとんどピントが合ってなくて恥ずかしいんだけど……と前置きしつつ渡すと、ナオはぴょんぴょん跳びながらすごい! を連発します。ヨーコや他の友人たちも近づいてきて、一緒に写真を見て褒めています。ナオばっかりいいな〜と言われたので、他のみんなも一緒に撮ることになりました。
しおりは、ナオに言われた「写真が好き」という言葉を思い出していました。ファインダーを覗きながら、ひとりひとりの顔を見ていく。すると、自分に向けられていた温かな光に気がつきます。
光そのものになれないのならば、せめてその光を覗いていたい。
しおりは、頭のどこかでもうあのコミュニティに写真はアップロードしないかもなあなんて思いながら、みんなに向かってシャッターを切りました。


6.『雨の降る日は学校に行かない』
この物語の主人公は、小町サエ。一番最初の物語のサエと同じ子です。
これは保健室登校になる原因となったいじめの物語です。
サエは夏休みが明けた頃から、クラスの子にいじめられていました。キラキラ女子の飯島さんを中心に、牛乳で臭くなった雑巾をあてがわれたり、携帯電話で何件も来るいじわるなメッセージに答えなくてはいけなかったり。挙げ句の果てには、男子がぶつかってきて転んでバケツをひっくり返し、全身汚い水を浴びてしまったり。最後のはただの不幸だったのですが、こうやっていくつも重なると自分が悪いのだろうかと疑ってしまいたくなります。
昔、お母さんと先生が二者面談しているのを偶然見たとき、サエは生きづらい子だと言われてしまいました。友達もろくにできないし、みんなに馴染めず、進級しても不安しかないと。先生、どうしたら治りますか? という言葉が、まるで病気をしているようでショックだったのをサエはずっと覚えています。
私はきっと誰とも繋がれない。そんな病気なんだ。そう思っていたサエは、昼休みも教室を離れて誰もいなさそうな場所へ行きます。ぼんやりと歩いていたら、人気のないところに花壇とベンチを見つけ、そこに腰掛けることに。
すると、女の先生が声をかけてきました。どの教科の先生だったか考えあぐねていると、保健室の先生だったことがわかります。先生は花壇に水をやるついでに、サエに虹を見せてくれました。たまにはサボりたくなるときもあるよね、なんて言いながら。先生はゆったりしていて、ほかの先生とはちょっと違います。サボってもいいとか、休むことも大事とか他の先生が言わないことを言ってくれます。普段は保健室にいるから、いつでも来てねと言い残して、先生とは別れました。
飯島さんの影響力は教室外でも絶大らしく、いじめや無視は教室外でも起こりました。毎朝起きるのが億劫で、ごはんも喉を通らず、体重は減り、頬はこけていきます。あの牛乳臭い雑巾のせいで自分まで牛乳くさくなりそうで、毎日においを確認していました。
あるとき、担任の川島先生に呼び出されて、お説教を食らう日もありました。明らかにいじめなのに悪いのは私。先生は飯島さんたちの味方。どうしようもありません。
あの花壇のベンチに避難しました。どうして、こんな嫌な思いをしてまで学校に来なければいけないのだろう。サエはただ自分は普通の子だと証明するために、何度も何度も教室へ向かったのでした。けれど、そろそろ限界です。
保健室の先生が来て、肩を抱いてくれました。そして言います。こんなところに閉じ込めてごめんね、と。そして、こうも言います。虹は小町さんにも作れるよ、と。
十二月になり、とうとうサエの我慢の限界がきます。教室に行くと、席がなかったのです。雨にさらされ、ベランダにびしょ濡れになった机と椅子を見つけたときは、急いで席を戻しました。ここに自分の席があることを信じて。
けれど、本当にここに自分の席はあるのでしょうか。自分の居場所は、ひょっとしたら、もうないのかもしれない。
飯島さんたちがまた牛乳臭い雑巾を持ってきて拭いてあげるよと言ってきます。男子のせいでしょーとか言いながら、ひどいよねーとか言いながらみんなで笑っています。
根暗、暗い子、人見知り、可哀想な子……
サエは叫びました。「仕方ないじゃない! これが、わたしなんだから!」
生きる力。友達を作る能力。おしゃべりの上手さ。協調性。積極性。個性。どんな言葉でもいい。なんでもいい。とにかく、そんなもの、要らないと思いました。
雑巾を持っている飯島さんを突き飛ばして、鞄をつかみ、教室から駆け出すサエ。それから、サエは学校には行けなくなってしまいました。
家にいる間、保健室の先生が訪ねて来てくれました。サエはこの先生になら素直になることができたので、たくさんの悔しさを吐露します。たくさんの涙を流します。それでも寄り添ってくれる保健室の先生に救われて、しばらくした後、保健室登校を始めるのでした。


いかがでしたでしょうか?
多感な時期にありがちな、自分に自信が持てない子たちの何気ない日常のようでいて、まだ広い世界を知らない、狭い世界で起きた物語。
現実では、かならずしもキラキラ女子やキラキラ男子がいじわるするわけではなく、でもたしかにスクールカーストというものはあって、地味で目立たない子は足を引っ張らないように(目をつけられないように)大人しく過ごさなければいけないというのは、私の実感としてもありました。
作中、保健室の先生が言うように、勉強をするだけなら学校に通う必要はありません。でも、いざというとき冷蔵庫に食材がないと料理ができないように、学校で過ごす全てのことは社会で生きていくときの材料になります。
中学・高校とたった六年の間にさまざまなことが起きて、試練や挫折も味わって、ときに成功も味わって、仲間というものを知り、一緒に乗り越えていくことを知る。そうやって健全な学校生活を送ることができればいいのですが、それでもこの本に出てくる子たちもさまざまな葛藤を抱えながら、戦いながら、希望や仲間や夢というものの片鱗を知ることができて、よかったなと、それだけは救いだなと思います。
狭い世界での物語とはいえ、子どもたちにとっては大きな支配的な世界です。この本を読んで、少しでも救われる人がいればいいなと思うと同時に、大人として何ができるのだろうかと考えさせられました。
ひとりでも多くの子が、幸せに満ちた笑顔でいられますように。

それでは、また
次の本でお会いしましょう〜!


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