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『天地ダイアリー』 〜植物を育てたらこんなにも変われた

こんにちは、ことろです。
今回は、『天地ダイアリー』という本を紹介したいと思います。

『天地ダイアリー』は、著・ささきあり、装画・高杉千明のヤングアダルト小説です。
プロローグと第8章で成り立っており、主人公は軽度のマスク依存症です。そんな彼が中学に上がって、栽培委員会に入り変わっていく成長物語です。

主人公は、木下広葉(きのした ひろは)。中学一年生。男子。
軽度のマスク依存症で、マスクをしていないと外出ができない。
父親の仕事の都合で2〜3年ごとに転校していたため、親しい友人がおらず、前回の小学校では調子に乗ってしまい仲間外れにされたので、中学からは大人しくしていようと決める。
心のなかで、他人にあだ名をつける習慣があり、作中でも独特なあだ名をつけている。また、自分をスクールカーストの「下層」だと思っており、「中層」「上層」と他人をグループ分けして上層の人間とはあまり関わらないようにしている。
地味で人と関わらなくてもよさそうという理由から、栽培委員になる。帰宅部。

菊池玲奈(きくち れな)。中学一年生。女子。
広葉のクラスメイトで、隣の席の子。
あごまでのショートボブを耳にかけ、ハキハキ話す。
広葉の苦手な体育会系リーダータイプ。
同じ栽培委員になる。陸上部。

阪田寛大(さかた かんだい)。中学一年生。男子。
広葉のクラスメイトで、背が高くて、細面に四角い黒縁メガネをかけた優等生。
同じ栽培委員になる。バスケ部。

早川勇気(はやかわ ゆうき)先生。
広葉のクラスの担任教師。技術科目担当。
くせっ毛のもっさりした髪型に丸メガネ、ギンガムチェックのシャツにチノパンという大学生のような見た目。教師になって三年目。
栽培委員の顧問担当もしている。
広葉からは心の中で「ヨワキー」と呼ばれる。

香取涼音(かとり すずね)。中学三年生。女子。
栽培委員会の委員長。
広葉からは心の中で「ほんわかせんぱい」と呼ばれる。

山田元樹(やまだ もとき)。中学三年生。男子。
栽培委員会の副委員長。
広葉からは心の中で「ふとまゆセンパイ」と呼ばれる。

工藤洋介(くどう ようすけ)。中学一年生。男子。
広葉のクラスメイトで、後ろの席。アニメや漫画の話で盛り上がり友達になる。


木下広葉は、チチ(父)の転勤で潮風町にやってきました。引越しは小学校の卒業式を終えた翌日です。
広葉は、この町に馴染めるか心配でした。小学校の頃のように、また仲間外れにされたらどうしようと思っていたのです。
ドキドキしながら教室へ行くと、さっそく隣の席の女の子に話しかけられます。
「木下広葉さんは、花粉症?」
マスクをしていることを指摘されて、広葉は用意していた言葉を返します。
「アレルギー性鼻炎なんだ。花粉もそうだけど、ハウスダストとかもダメ」
本当は違うのだけど、マスクをしていないと家から出られないなんて他人には言えないので、誰かに指摘されたときはそう答えるようにしているのです。
マスクをしていないと家から出られなくなったのは、一年ほど前でした。
隣の席の女の子、菊池玲奈は他の話を振ってきます。
「部活、どこに入るか決めた?」
昨日のオリエンテーションで学年主任の上野真由美先生が潮風第一中学校の校則や授業の流れについて説明したあと、上級生による部活紹介がありました。来週から仮入部ができるそうですが、広葉は部活に乗り気ではありません。
「たぶん、入らない」
「え、そうなんだ」
答えが意外だったようで玲奈が驚くも、すぐに前の席の女子に「ね、部活決めた?」と聞いていたので、広葉は会話から解放されました。
小さくため息をついて、自分の席に座ります。

小学5年生のとき、広葉はクラスにいらないやつでした。
それからというもの、スタート期はすごく気をつけるようになりました。クラスカーストのどこに位置するかは、入学や進級時期に決まる。自分の居場所を確保するためには、まわりを見て動かないといけません。
広葉は、人を「上層」「中層」「下層」とカーストで分けて考える習慣がありました。自分自身は「下層」に位置していると考え、なるべく「上層」の人とは関わり合いになりたくないと思っています。

広葉は小学6年生のときに「下層」に入りました。孤立しないよう無難な会話を心がけ、足を引っ張られないよう目立つ役を避けてきました。仮でもいいから、クラスのどこかに居場所を確保しつづけたかった。
クラスでの立ち位置を確保するだけでも大変なのに、部活の人間関係なんて考えられません。

だけど、菊池さんにはどの部活にするか考え中と答えたほうが無難でよかったかな? と考えていると、先生がやってきて、みんなが席につきました。
「おはようございます」
早川先生が教壇から、クラス全体を見渡します。
早川勇気先生は、くせっ毛のもっさりした髪型に丸メガネ、ギンガムチェックのシャツにチノパンという大学生らしい見た目をしています。教師になって3年目で、技術科目を担当しているようです。
細い体型とか、やけに丁寧な言葉遣いとか、なにもかも頼りない。「勇気」なんて名前、合わないだろ。どっちかっていうと「弱気」だよな。こんな「ヨワキー」が担任で大丈夫か? と、さっそく広葉は先生を見定め、心の中であだ名をつけます。
「出席をとります」
ヨワキーが、ひとりひとりの名前を読み上げていきます。
名前は全員「さん」づけです。
広葉が卒業した小学校にも、全員「さん」づけで呼ぶというルールがありました。性差別をなくすためという理由は、あとから知りました。それと、「あだ名禁止」というルールもありました。イジメ防止の意味があったようです。広葉は心の中であだ名をつける癖がありますが、この学校でもあだ名は禁止なのでしょうか?

出席をとると、ヨワキーが言います。
「今日は委員会決めをします。潮風第一中は、委員会活動が盛んです。一年で入った委員会を三年間続ける生徒も多いです。全員参加ですので、みなさん、やりたいものに、手をあげて立候補してください」
広葉は、部活じゃなくて委員会活動が盛んな学校もあるんだなと少し驚きましたが、どうしてもやらなければいけないなら、目立たない役をやりたいと思いました。立候補する人が少なくて、委員になっても注目されないもの。
放送委員会、体育委員会、文化祭実行委員会、選挙管理委員会、風紀委員会、保健委員会、給食委員会、図書委員会、美化委員会、栽培委員会……
リーダーになるようなものは避けたいし、人と対面しなければいけないものも避けたい。残るは淡々と作業をしていればよさそうな委員会、美化委員会や栽培委員会あたりがよさそうです。
次々に決まっていく中、様子を見つつ、広葉は「栽培委員会」に手をあげました。
すると、他にも菊池さんや阪田寛大という男子生徒も手をあげていて、定員ジャスト。この三名で決まりました。
ふたりとも、広葉とはちがうタイプの人間です。なるべく人と目を合わせないようにしている広葉とはちがって、ふたりは背筋を伸ばして、まっすぐ前を見ています。自信がありそうな態度からして「上層」だろうと広葉は予想しました。このふたりに、にらまれないように気をつけようと広葉は身をすくめました。

ヨワキーいわく、委員会の集まりは授業の一環として原則、毎週水曜日の五時限目に行われます。そこで活動内容やスケジュールなどを話し合ったりするようです。今回は初回なので、ただの顔合わせだと思っていると、ヨワキーが付け足します。
「栽培委員は体操服に着がえて、正門前に集合してください」
西棟の更衣室で着替えられるとのことなので、広葉はそこに向かい、体操服に着替えました。マスクをつけるのを忘れずに。

外に出ると、日差しが刺さるようでした。
こんな暑いなかで作業をするのかと浮かない気分で正門に行くと、ジャージ姿の生徒が集まっていました。阪田や菊池さんもいて、それぞれ他のクラスの人と喋っています。
特に話す相手もいない広葉は、ぼうっと校舎を眺めて、どこに何の教室があるか確かめていました。
五限目開始のチャイムが鳴ると同時に、ヨワキーが南棟の職員玄関から出てきました。
「栽培委員会の顧問、早川です。委員は各クラス三名、総勢二十七名です。チームで作業していきますので、助けあってやりましょう。三年と二年には、去年から継続している人がいますね。はじめての人に教えてあげてください。よろしくお願いします」
先生は話し終わると、三年の香取先輩を呼び、今日の活動が終わるまでに三年生で相談して委員長、副委員長を決めるように指示を出しました。
そして、バスガイドのように手を上げて、歩き出します。栽培委員の活動場所を案内してくれるようでした。
正門を出てすぐの左右の花壇は、去年まで荒れていたそうですが今では可愛らしいチューリップが咲いています。
歩道の花壇は、東京ふれあいロード・プログラムといって東京都が推進している、緑化プログラムの花壇です。学校や自治会といった団体がボランティアで道のゴミを拾ったり、花を植えたり、雑草を取ったりする活動です。先生いわく、ここの花壇は去年から潮風第一中学の栽培委員会が担当することになったそうです。今はパンジーが植えられています。
南棟の前にある花壇は、今は何も植えられていません。
ここには、夏に向けてグリーンカーテン用のつる植物を植える予定だそうです。何を植えるか、あとでみんなで考えます。
広葉は各所を回って、意外と世話をする量が多いので、少しげんなりしました。

「今日はここの天地返しをやります」
テンチガエシ?
聞いたことのない言葉に、ちらほら疑問の声が上がります。
ヨワキーはにっと笑って、メガネを押し上げました。
「天地返しというのは、表面の土と深いところの土を入れかえて、土を再生することです。前の植物の栽培が終わり、次を植える前に行います。本当は寒い空気に当てると病原菌や害虫が消滅するので冬に行いますが、今回はみなさんに覚えてもらいたいので……」
ヨワキーは園芸用ショベルを手に取ると、花壇の土にざーっと縦、横の線を書いていきました。上下二段、横二十六列の表ができます。その右端上のマスに、足をかけてショベルを入れました。ザックザックと掘った穴に、となりのマスの土を入れます。
「こうすると、表層と深い層の土がひっくりかえります。土に空気が送りこまれて微生物が活発に動き始めるので、いい土になるんです。植物栽培で一番大事なのは、土作りです」
続いて、ヨワキーは土の中から根っこを拾って、バケツに入れました。
「植物は根でも呼吸しているので、根にも空気が届くようにしなければなりません。通気性と水はけをよくするため、細かい塵や前に植えていた植物の根っこなどを取りのぞいてください」
ヨワキーは、とうとうと説明を続けます。
「土を改良しないと、前に植えていた植物の悪い影響が残ります。前の植物が必要な養分を使ってしまって、次の植物に必要な養分が足りなくなったり、前の植物が持っていた病原菌や害虫が生き残っていたりするんです」
「へえー」とみんなが声を上げます。
広葉はみんなが感心していることに驚きました。
広葉がわかったのは、手間がかかるということだけ。植物って土に植えれば、勝手に育つものじゃないのか。
「センセー、ずいぶん勉強したねえ」
ごつい体格で眉毛の太い、三年生の先輩が、にやにやしています。
立派な眉毛を上げたり下げたり、ぴくぴくさせています。この先輩は……「ふとまゆセンパイ」だな。
「では、ここからは、みなさんでやってください」
広葉たちは先生についていき、倉庫からショベルや移植ゴテ、園芸用のふるいを出して、担当に分かれます。広葉はショベル担当になりました。
しかし、いざやってみると案外難しく、先生のようにはいきませんでした。土がかたくショベルが入らないのに、いざ入ると土が重くて持ち上がらない。思わず汗が首を伝います。
「ばてるの、早すぎ。まだちょっとしかやってないのに」
菊池さんが、冷めた目でこちらを見てきます。
広葉は心の中で舌打ちをし、「キッツー菊池」というあだ名をつけました。
少し離れたところでは、カナブンの幼虫が出てきて、先輩たちが騒いでいます。
三年生の昇降口から出てきた先輩たちが、そんな広葉たち栽培委員会の作業を見て苦笑しました。
「栽培委員会か」
軽くさげすむ言い方に、広葉はむっとしました。
栽培委員会は委員会カーストでいえば、下の方なのでしょう。広葉はあえて地味な委員会を選びましたが、他人にあからさまにバカにされると、おもしろくありません。
すると、ふとまゆセンパイが立ち上がり、その先輩たちに絡みに行きました。
放送委員だったその先輩たちの肩に腕を回し、楽しそうにからかっている姿は、見た目は「下層」タイプのふとまゆセンパイなのに階層なんて感じさせない振る舞いで広葉は心底驚いてしまいました。この人、何者?
ふんわりボブの香取先輩が、口に手を当てて叫びます。
「山田さーん。遊んでばかりいないで、作業してね」
ほんわか、やわらかい口調。注意している感じがまったくしない。なんかいいなあ、ほんわかせんぱい。
広葉のほおが、にへーっと、ゆるみます。
「手がとまってるよ」
キッツー菊池に指摘されて、どきっとしました。

作業終了時、ヨワキーが「委員長、副委員長は決まりましたか?」と聞くと、ほんわかせんぱいが手を上げました。
「わたし、三年A組香取涼音が委員長で」
言葉を区切って、ふとまゆセンパイに視線を送ります。
「三年B組山田元樹が、副委員長でーす」
マジか……。
広葉は、ふとまゆセンパイの濃いキャラクターになじめる気がしませんでした。
「香取さんと山田さんは栽培委員三年目ですから、私も頼りにしています。一年間、よろしくお願いします」


こうして、新生栽培委員会が出来上がり、広葉もその活動に邁進していくことになります。
最初は渋々やっていた園芸の作業も、ひとつひとつ意味があることを知り、常に天気や土の状態を確認しておかないといけない大変さも知って、忙しく過ごしていきました。だんだんと栽培委員会に誇りを持つようになり、楽しくなっていきました。
途中、課題を忘れたり、体育の授業があるのに体操服を忘れてしまったり、先生から疲れが出てきているのではないかと心配されたりもしたのですが、自分自身では悩みがあるとか疲れているとか自覚がなく、植物のことに関心を向けていたので、悩みがあるうちは他のことには目がいかないから大丈夫だろうと先生も安心したこともありました。

植物と触れ合っていくうちに、あるいはイベントや困難に立ち向かううちに、自分の考え方や人付き合いなどにも変化が現れて、今まで自分が勝手に決めていたルールや決め付けなどがいかに間違っていたか、歪んでいたか気づかされていきます。自分に自信がないから素直になれないだけなのですが、勇気を出したとき、やさしくあたたかな栽培委員会のメンバーに救われていきます。
最後は自分の得意分野を活かし、活躍することもできます。

なぜ「天地ダイアリー」というタイトルなのか?
広葉は、マスクを外すことができるのか?
ぜひ、読んで確認してみてください。


いかがでしたでしょうか?
植物を育てることは癒しにもつながります。
私もコーヒーの木を育てているのですが、花や実をつけているのを見ると、とても嬉しくなります。
ペットとは違うのですが、自分が水をあげたり、光や温度のコントロールをしないと生きていけない生き物がいる、常に気にかけてあげないといけないというのは、生活にもハリが出ますし、いのちの大切さや発見も体験できます。
ですが、時には放っておくことも大事です。
そんな風に、主人公が植物からいろんなことを学んで変われたことは、かけがえのないものですし、真似できることでもありません。
一見地味なようですが、天地がひっくり返るような発見をして人生が変わるなら、栽培委員会も捨てたもんじゃありませんね。

では、また
次の本でお会いしましょう〜!


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