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日本語を研究する (6): ハヒフヘホな音素講座 (1)

見出し画像はこの記事の分析対象に託けたものです。ピッタリなものが配布されていました。4yournote913さんに感謝。

前回記事

長い脱線 (本連載A1, A2, B) を経て、前回から漸く自然音類の解説に復帰しました。とは言え、自分の中で上手く整理できていないからか、母音の音色(が一定ではないということ)を解説するに留まってしまったのですが。

今回は、音色の異なる音声を我々が頭の中で範疇化していることを確認します。このような認識が作り出す音声の範疇を専門的には「音素」と言います。

音素

前回述べたとおり、次掲 (A) における /a/ の音色はいずれも異なります。

(A)

  1. ぱぱ /p₁a₁p₂a₂/ 'お父さん'

  2. まま /m₁a₁m₂a₂/ 'お母さん'

  3. たた /t₁a₁t₂a₂/ '多々'

  4. なな /n₁a₁n₂a₂/ '7'

  5. やや /y₁a₁y₂a₂/ 'やや' (副詞)

  6. がが /g₁a₁g₂a₂/ '(Lady) Gaga'

私たちは /a/ と知覚される母音を人生で数百万回以上[*]発し、同じくらい聞きもしますが、その中に、音色と持続時間とが完全に一致する /a/ はありません (知らんけど)。

[*] 100回/日の頻度を75年続けると、2,757,500回。

にも関わらず、我々は、音色も持続時間も異なる無数の音声の中から /a/ を聞き分けることができます。/a/ に共通する音色的特徴は、言語学の訓練を受けなければ、説明できないと思いますが、把握に限っては無意識のうちにできているのです。

驚くべきことに、ある音声の音色的特徴を捉えるにあたっては、隣りの音声から受ける影響も加味しているようです。具体的には、次掲 (B) のように音色を判定し、音素という範疇に選り分けているのです。

(B)

  1. (A4) /n₁a₁n₂a₂/ の /a₁/ は、単独で発した /a/ とは音色を違えている。

  2. しかし、この違いは、/a₁/ に隣接する /n₁, n₂/ がもたらしたものに過ぎない。

  3. /n₁, n₂/ の影響を無視すれば、/n₁a₁n₂a₂/ の /a₁/ は、単独で発した /a/ に同じく、音素 /a/ と見なせる。

(B) のような認識を常時無意識に働かせている[*]って、凄過ぎませんか?人間が行なっている、このような範疇化[**]を意識するようになって、まだ10年にも満たないのですが、この手の話しを聞くたびに感動します。

[*] 脳からすれば、「いつから意識を働かせてないと錯覚していた?」と我々の感覚を問い詰めたいところかもしれません。

[**] 個人的には、言語学で一番面白く感じる現象です。僕は努力不足から、比較的分かりやすい音声現象を古典的手法で分析し、この手の範疇化を記述するくらいのことしかできていませんが、心理学、数学、情報科学の知見を活かせば、これまでになかったような研究も色々打ち出せるでしょう。怠惰につき、なかなか自己改革できないのですが。

音素の異音

前掲 (A) の /a/ はいずれも、音素 /a/ と認識される音声を指しています[*]。ただし、前述のとおり、それぞれの音色は少しずつ違うのです。このような、ある音素に生じる個別の音色的異なりを「異音」と言います。

[*] 音素記号は /◌/ で、音声記号は [◌] で括るのが言語学の慣例ですが、音声の詳説を (必要性の低さから) 行なっていないこともあって、ここでは区別していません。

音素 /a/ の異音に認められる音色の違いは微妙なものです。音色の違いをもたらす調音運動の違いに至っては、専門的な機器がなければ、まず確認できません。

調音運動の異なる異音同士を我々が同一の音素と認識していることを実感してもらうために、鏡を使うだけで違いが捉えられる例を挙げておきます。共通語からであれば、ハ行音「ハヒフヘホ」が適任でしょう。

まずは、鏡に向かって、ハヒフヘホと発してみてください。フ音の時だけ初めから唇をすぼめることに気づきますか?フ音前半[*]の調音運動はハヒヘホ前半のそれとは異なるのですが、我々は、ハヒフヘホの前半をいずれも同じ子音と認識しています。

[*] 以下では、五十音をしばしば前半/後半に分解しますが、前半/後半の比率が一定 (たとえば、1:1) であることは意味しません。このことは、/t₁a₁t₂a₂/ を成す各音声の長さを示した次掲図1から確認できます。図1のとおり、(i) /t₁a₁/ においても /t₂a₂/ においても /a/ の方が長い上、(ii) /t₁/:/a₁/ の比率と /t₂/:/a₂/ の比率とは一致しません。

図1: /t₁a₁t₂a₂/ を成す各音声の長さ

フ音の前半は、ファ行音「ファフィフフェフォ」の前半と調音運動を共有しています。ふたたび鏡に向かって、今度はファフィフフェフォと発音してみてください。いずれの場合も最初に唇をすぼめますよね?この調音運動は、ハ行音の中ではフ音にしか生じないものです。

ホ音も唇をすぼめるのでは?と感じた人もいるでしょう。確かにそうですが、フォ音とは異なり、最初からすぼめるわけではありません。ホ音における唇のすぼめは、その後半[*]に当たる母音 /o/ に因るものです。

つゞく

しご]た ちん]ちん そつぁ たん]たん。もろ]た ぜんな] そつい] かえ]て [に]かと かっ とっの] がそりん]に しもん]で '仕事はテキトー、酒はグビ〴〵。貰った錢は酒に替へて、新しいのを書く時のガソリンにします' 薩摩辯 [/]: 音高の上がり/下がり