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日本語を研究する (B): 日々の発見

調査協力者にお見せする関係上、今回から現行表記に戻します。ありがたいことに、この連載をすでに読んでくださっている調査協力者がいらっしゃるということも知ったので、なるべく読みやすい表記を、と思いまして。

見出し画像は先日訪れた有田ありだ市のみかん畑です。写真を撮る習慣を持たないので、現地に行っておきながら、人様の画像をお借りするという失態。

自分が撮った写真って、腕が悪いからなんでしょうが、のちに見返すと、失望するんですよね。自分が目にしたものとあまりに違うので。これが写真を撮らない理由なんですけど、この連載の見出し画像用に少しは撮影しておこうと考えを改めました。

前(々)回記事

前回、前々回の記事は讃岐弁を題材にしたものでした。今回は話題を変えて、日本語に関する日々の発見を記します。本連載の「日本語を研究する (4)」で取り上げた音声のグループ「自然音類」を深掘りする日は、我ながら、いつになるんでしょうか。

勉強不足か発見か

日本語の歴史や方言を勉強/研究し始めて、20年強が経ちました。日本語についてくらいは何でも知っておくべきなんでしょうが、恥ずかしながら、実際は程遠いです。日本語の知識を更新する機会は毎日訪れます。

これを勉強不足と見るか、発見と見るか。新たに獲得する知識には、ほかの人がすでに知っているものも多々あります。「コロンブスの新大陸発見」みたいなものでは全然ないのですが、ここは前向きに発見と考えておきましょう。

焼き鳥のネタではない「つくね」

ある単語に対して、「君、あの単語と同根やったんかい!?」と驚くことは今でもしょっちゅうあります。最近出自を知って、驚いた単語は焼き鳥の「つくね」です。和歌山県有田市簑島で聞き取り調査をおこなっている際に、お相手の有田方言話者Aさんが次のように発言なさったことで、「つくね」の出自に気づきました。

(A) 有田方言
(散らばってる衣服は) そこに つくねといて。

(A) の「つくねといて」は '1箇所にまとめといて' を意味する動詞です。その語尾は「つくね-へん」「つくね-て」「つくね-る」のように変化します (「つくね-」までは不変)。『日本国語大辞典』(小学館) を見るに、関西(以東)で16世紀から使われているようですね。

僕は「つくね」を、焼き鳥のネタを指す名詞としてのみ使っていました。日本語母語話者の大半はきっとそうでしょう。この名詞が動詞「つくね-る '1箇所にまとめる'」に由来し (派生関係は逆かもしれませんが)、かつ、今も日常的に使われていると知り、Aさんと一緒に感動したものです。

「鰤カマ」と「鎌」

そのほか、最近気になった単語は「ぶりカマ」の「カマ」。その形状が道具の「鎌」に似ていることから、「カマ」と呼ばれるようになった単語です。

ところが、東京方言式の音調 (以下「東京式音調」。東京方言の音調に限らない) を獲得している僕の内観によれば、「カマ」の音調 (音高の上がり下がり) は「鎌」のそれとは異なります。僕の音調は次のとおりです。

表1: 黒木の内観

$$
\begin{array}{lll}
\text{a.} & カマに & \text{か↑ま↓に or か↑まに} \\
\text{b.} & 鎌に & \text{か↘まに,} \\
\end{array}
$$

▼音高を示す記号
↑: 上昇  ↓: 下降  ↘ ... ,: "↘" から "," まで続く下降

(表1) の音調は、南関東、山陽地方、大分県などで育ち、東京式音調を獲得した人であれば、共感できるのではないでしょうか?僕の中では「カマ」の音調が1つに定まっていませんけれど[*]、少なくとも「鎌」の音調とは違います。

[*] 僕の音調とほとんど同じもので解説がおこなわれている料理動画「パパの手料理」では、「カマに」が「か↑まに」と発音されています。

関西や四国東部で育った人も、「カマ」と「鎌」とを別音調で発音するんでしょうか?方言間の音調対応は大よそ規則的でして、南関東で音調が異なる単語同士は、関西でもそうなるのですが、「カマ」が最近分化した単語であれば、原則から外れる可能性も。恥ずかしながら、関西方言や四国東部方言における音調を全く知らないので、ご近所さんに聞き回っておきましょう。

同根語の音調

さて、ここで日本語の音調規則に目を向けると、「カマ」と「鎌」との音調の違いが不思議に思われてきます。なぜなら、日本語においては、構成要素ないし出自を共有する単語 (以下「同根語」) 同士が音調も共有する傾向にあるからです。たとえば、次の同根語同士は確かに音調を共有していますね。

表2: 東京式音調

$$
\begin{array}{lll}
\text{Aa.} & 言わせる & \text{い↑わせる} \\
\text{Ab.} & 言われる & \text{い↑われる} \\
\text{Ba.} & 金(属)に & \text{か↑ねに} \\
\text{Bb.} & 金(銭)に & \text{か↑ねに} \\
\text{Ca.} & 書いた & \text{か↘いた,} \\
\text{Cb.} & 掻いた & \text{か↘いた,} \\
\end{array}
$$

袂を分かった同根語同士

(表2) に挙げた同根語同士のうち、(表2B–C) においては同根語同士の意味的差異が大きく感じられませんか?それぞれの同根語同士を別語と認識する人も少なくないでしょう[*]。それでも、(表2B–C) においてはまだ音調が共有されています。

(i) 金属かねで作られていることから、'金銭' も「かね」、(ii) 棒状のもので引っくことから、'書く' も「かく」と呼ぶわけです (多分)。ただし、そのような認識はすでに薄く、今後は更に薄れていくでしょうね。最近は金属製硬貨を使う機会も、棒状のもので引っ掻くように文字を書く機会も減りました。

別語と認識されていそうな同根語同士の中には、次のように音調を違えるものが少なくありません。何をもって別語と見なすかに明確な基準は立てられませんが、このような音調分化がある段階で起こることは確かです。

表3: 東京式音調

$$
\begin{array}{lll}
\text{Aa.} & 竹に & \text{た↑けに} \\
\text{Ab.} & 岳に[*] & \text{た↑け↓に} \\
\text{Ba.} & (体の)養生に & \text{よ↘ーじょーに,} \\
\text{Bb.} & (破損防止の)養生に & \text{よーじょーに} \\
\end{array}
$$

[*] 「竹/岳」同根説に関して、最近こんなことを呟きました。ただし、新説ではありません。

しご]た ちん]ちん そつぁ たん]たん。もろ]た ぜんな] そつい] かえ]て [に]かと かっ とっの] がそりん]に しもん]で '仕事はテキトー、酒はグビ〴〵。貰った錢は酒に替へて、新しいのを書く時のガソリンにします' 薩摩辯 [/]: 音高の上がり/下がり