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日本語を硏究する (A1): はからずもラ行音に脱線

前囘記事

前囘は、發音に關する調査がどのやうなものであるかを記しました。その最後に取り上げた音聲のグループ「自然音類」を今囘は深掘りしていきます … と思ったのですが、見出し畫像の解說がことのほか長くなりさうです。そこで、今囘はちょっと、ラ行音に脱線します。

きっかけは琴電

まづは見出し畫像をご覽ください。高松市や琴平町を走る琴電 (正式には「高松琴平電氣鐵道」と言ふらしい) で2017年8月に撮影したものです。

高松市あたりの方言 (以下「讃岐辯」) では、'降りようとしてゐるのに' を「おっりょんのに 」と(も)言ひます。この「っりょ」って、どう發音するんでせうか?

ラ行音に先行する促音「っ」

讃岐辯のこの發音が妙に氣になるのは、促音「っ」にラ行音が續く形の音列 (「っら」「っり」「っりょ」など) が現代共通日本語 (以下「共通語」) には珍しいからです。このやうな音列には名前があると便利なので、以下では『っら』と呼びます。『◌』で括られた『っら』が「っら」「っり」「っりょ」といった音聲を代表してゐる點にご注意ください。

『っら』といふ音列を持つ單語としてパッと浮かぶものは、次のとほり、外來語 (特に固有名) ばかりです。

(A)

  1. ッラー < ٱللَّٰه [ʔaɫ.ɫaːh]
    西方の絕對神

  2. プランデッリ < Prandelli [pranˈdɛlli]
    イタリア人の名字。Cesare Prandelli といふ、中田英寿も指導したサッカー監督が有名。  

  3. クアリャレッラ < Quagliarella [kwaʎ.ʎaˈrɛl.la]
    イタリア人の名字。Fabio Quagliarella といふ、息の長いサッカー選手が有名。

  4. ッロッタ < Perrotta [perˈrɔt.ta]
    イタリア人の(ry

(A: 太字部) はいづれも、日本語耳には、長めのラ行音に聞こえるやうな音聲 (以下「ラ行音」) です[*]。この「長め」といふ感覺が『っら』の「っ」に反映されてゐるのでせうね。

[*] 餘談ですが、(A3) クアリャレッラの「リャ」は、イタリア語原音では「ヤ」っぽく聞こえます (參照: 發音辭書 Forvo)。この音聲を日本語が「リャ」で取り入れてゐることは、日本語に長けたイタリア語母語話者も不思議に感じるさうです。
前囘取り上げた「ランゼリー」もさうですが、他言語から取り入れた單語が日本語でどのやうに發音されるかは面白い問題です。他言語に通じてゐる方は、硏究課題にいかゞでせうか。

『っら』を嫌ふ共通語

とは言へ、『っら』は共通語 (≠ 日本語)[*]らしい發音ではありません。そのためか、たとへば、(A1) に擧げた ٱللَّٰه [ʔaɫ.ɫaːh] はアラーとも發音されます。

[*] 共通語は日本語の一變種に過ぎないので、『っら』を「日本語らしくない音聲」と見るのは過剩一般化です。兵庫縣西部 (播磨)、香川縣、徳島縣などの方言は『っら』を許容してゐます。

『っら』の囘避は、イタリア人の名字にもチラホラ見られます。90年代に活躍したイタリア人サッカー選手 Gianluca Vialli [ˈvjal.li] は基本的にビアと呼ばれてゐました。太字強調のとほり、その名字には長めのラ行音系があるのですが、必ずしもビアッリとは呼ばれてゐなかったのです。

類例はたくさんあって、たとへば、(A4) に擧げた Perrotta [perˈrɔt.ta] はペッタとも呼ばれます。同じくイタリア人の名字 Borriello [borˈrjɛl.lo] も、ボッリエッロではなく、ボエッロですね (最後の "llo" [l.lo] は「ッロ」ですが)。

イタリア語から入って來た單語が『っら』になるかどうかは、アクセント (原音に記した ˈ ) の位置や名字の長さが關係してゐるのかもしれません。似たやうな發言を繰り返しますが、イタリア語に通じてゐる方は、硏究課題にいかゞでせうか。

『っら』を避ける方法

以上のやうに、日本語は他言語から長めのラ行音系を取り入れる際、しば〳〵『っら』を避けて、『ら』にします。面白いことに、『っら』の囘避は、この記事の發端となった讃岐辯やその近隣方言にも見られるのです。

たゞし、外來語からの輸入とは方法が違って、『っら』を『んら』や『んじゃ』にするのです。このことは、徳島縣下において「降っている」がどのやうに發音されるかなどを示した次掲 (B1) を見れば、大よそ分かります (B2: p. 171、B3: p. 156、B4: p. 153にも關連記述あり)。

(B)

  1. 仙波 光明・岸江 信介・石田 祐子 (編) (2002)『徳島県言語地図』徳島大学国語学研究室

  2. 仙波 光明・村田 真美・峪口 有香子 (2012)「吉野川市山川町の方言」『阿波学会紀要』58号、pp. 167–176

  3. 仙波 光明・村田 真美・峪口 有香子 (2013)「旧三加茂町の方言」『阿波学会紀要』59号、pp. 149–161

  4. 峪口 有香子・岸江 信介・仙波 光明・久保 博雅・坂田 千春 (2017)「鳴門市の方言」『阿波学会紀要』61号、pp. 149–160

そして硏究へ … 

僕の知る限りでは、高松市あたりの若者も『っら → んら』といふ囘避方法を採用してゐます。彼らは、冒頭に擧げた「おっりょんのに '降りようとしてゐるのに'」を「おんりょんのに」と(も?)發音するのです。『っら』といふ傳統的發音に違和を感じたのか、これを『んら』に置き換へてゐます。

以上のやうな『っら』の囘避は、四国東部以外の方言でも起こってゐるかもしれません。囘避方法も『っら → {ら/んら/んじゃ}』以外にあったりして。關心を持った方は學校の自由硏究で、大學の卒業硏究で、あるいは、趣味で調べてみてはいかゞでせうか。

しご]た ちん]ちん そつぁ たん]たん。もろ]た ぜんな] そつい] かえ]て [に]かと かっ とっの] がそりん]に しもん]で '仕事はテキトー、酒はグビ〴〵。貰った錢は酒に替へて、新しいのを書く時のガソリンにします' 薩摩辯 [/]: 音高の上がり/下がり