見出し画像

日本語を研究する (5): 自然音類、その前に

見出し画像は次の論文から引用したMRI撮影の敷き写しです。日本語母語話者がアイウエオ (見出し画像ではaiueo) を発する際の口の構えを示しています。

Jianguo Wei et al. (2018). Study of articulators’ contribution and compensation during speech by articulatory speech recognition)

いつつの図の中で形を違えている部位が舌です。舌に対しては、目視できる範囲の印象から、平べったい形状を想像しませんか?実際はこの画像のように、シチューに使う牛タン並みに分厚い肉なんです。

今回までの流れ

本連載第4回のあとに脱線 (本連載A1, A2, B)[*]を重ねたせいで、だいぶ遠回りしてしまいました。今回からは、第4回の最後に紹介した音声のグループ「自然音類」を説いていきます。

[*] 連載番号の割り当てを変更しました。

ところが、「-からは」と「-ていきます」とが示唆するとおり、1回ではとても終えられませんでした。今回は母音ぼいん[*]の音色(が一定ではないということ)を解説するに留まります。

[*] 余談ながら、「子音しいん」と共にしれっと難読。

共通語の母音

人間が使い分ける音声のうち、唇、舌、口蓋などで気流を妨害するものを「子音」、そのような気流妨害を (あまり) 伴わないものを「母音」と言います[*]。

[*] この定義から推察されるとおり、明確に二分できる離散的範疇 (たとえば、「偶数/奇数」や「肺で呼吸するか否か」) ではありません。

現代共通日本語 (以下「共通語」) の母音には、「せま母音類」と呼びうる自然音類があります。早速これを紹介したいところですが、ある言語の自然音類を理解するには、自然音類以外の音声も体系的に理解する必要があります。そこでまずは、共通語を題材にして、母音の音色(が一定ではないということ)を学びます。

共通語は5種類の母音を区別しています。これら5母音の一般的呼称はアイウエオでしょう。中国語、韓国語、英語といった、日本でもよく知られた言語に比べれば、共通語の母音数は多くありません。

共通語にアイウエオの別があることは、次掲 (A) の単語群から分かります。単語群 (A) においては、太字を施した母音の違いのみが意味の違いに繋がっていますね[*]。単語群 (A) のように、1ヶ所のみ異なる語句を対照させた群や対を最小対 (minimal pair) と言います[**]。

(A)

  1. か /ka/ '蚊'

  2. き /ki/ '木'

  3. く /ku/ '区'

  4. け /ke/ '毛'

  5. こ /ko/ '子'

[*] 日本語 (共通語に限らず) の場合、音高の上がり下がりに現れる音調 (いわゆるアクセント) も揃えなければなりません。現実には、このことに無頓着な人が言語学者にもまま見られます。

[**] 単語群 (A) は単純な最小対でして、各単語の違いは母音ひとつだけです。調べる内容によっては、もう少し長い要素を違えた最小対が必要になります。次掲 (1–2) はそのような最小対です。
(1) 「-させ/られ-」という単語の構成要素の違いが文の意味に影響することを示す最小対
a. みさえが しんのすけに ピーマンを 食べ-させ-た。
  (「みさえ」は使役者、「しんのすけ」は被使役者)
b. みさえが しんのすけに ピーマンを 食べ-られ-た。
   (「みさえ」は被害者、「しんのすけ」は加害者)
(2) 「今朝/毎朝」という単語の違いが文の意味に影響することを示す最小対
a. 太郎は 今朝 新聞を 読んでた。(今朝1回限りの事態)
b. 太郎は 毎朝 新聞を 読んでた。(過去に繰り返された事態)

各母音の音色

前述のとおり、共通語にアイウエオの別があることは最小対 (A) から分かります。この区別は口の構え、具体的には、次掲 (B) に示す2種4類の差異に基づいています。

(B)

  1. 唇の構え

  2. 口腔内[*]の構え

    1. 喉頭蓋咽頭壁にどの程度近付けるか

    2. 舌根を咽頭壁にどの程度近付けるか

    3. 舌を口蓋 (硬口蓋から軟口蓋にかけて) にどの程度近付けるか

[*] 口腔辺りの器官および部位は、国立研究開発法人国立がん研究センターが公開しているこの頁や、日本顎口腔機能学会が編集したこの資料の図1–2から確認できます。
音声と調音器官との関係を学ぶに良い書籍は次のふたつです。(1b) の方がより専門的ですが、どちらも初学者向けに解説されています。
(1)
a. 川原 繁人 (2017)『「あ」は「い」より大きい!?: 音象徴で学ぶ音声学入門』ひつじ書房
b. 川原 繁人 (2018)『ビジュアル音声学』三省堂

私たちはアイウエオを発する際、次掲図1 (見出し画像に同じ) のように口を構えているようです。

図1: アイウエオを発する際の口の構え (Jianguo Wei et al. (2018). Study of articulators’ contribution and compensation during speech by articulatory speech recognition)

ただし、アイウエオの音色は常に一定ではありません。たとえば、次掲 (C) における母音 /a₁/, /a₂/ の音色は、隣接する音声に影響されるため[*]、それぞれ微妙に違います。これはつまり、パ行子音 /p/ に挟まれた (C1) /a₁/ の音色は、そのほかの子音に挟まれた (C2–6) /a₁/ の音色と僅かに異なるということです[**]。単語内に限っても、2子音に挟まれた /a₁/ の音色と、1子音に続く /a₂/ の音色とは、同一ではありません[***]。

(C)

  1. ぱぱ /p₁a₁p₂a₂/ 'お父さん'

  2. まま /m₁a₁m₂a₂/ 'お母さん'

  3. たた /t₁a₁t₂a₂/ '多々'

  4. なな /n₁a₁n₂a₂/ '7'

  5. やや /y₁a₁y₂a₂/ 'やや' (副詞)

  6. がが /g₁a₁g₂a₂/ '(Lady) Gaga'

[*] ある音声が隣りの音声に影響されるのは、私たちがひとつしか持っていない口 (多用する部位は唇と舌) を使って、ひとつひとつの音声を連続的に発音するからです。たとえば、/p₁a₁p₂a₂/ 'お父さん' という単語を発する際に、/p₁/, /a₁/, /p₂/, /a₂/ をひとつひとつ区切ることはまずありませんね。実際には、(i) /p₁/ を発しつつ、/a₁/ を発するための準備を、(ii) /a₁/ を発しつつ、/p₂/ を発するための準備を滑らかに進めています。そのため、/a₁/ の始端には /p₁/ の調音運動が、終端には /p₂/ のそれがそれぞれ反映されるのです。
発話の際に口が休みなく動いている様子は、国立国語研究所が公開しているX線映画「日本語の発音」のひとつ、島崎藤村 (著)『夜明け前』の朗読で確認できます。この動画が示すとおり、発話の最中に口の構えを初期状態 (朗読撮影動画0:16/1:47や0:26/1:47に現れる、夜明け前ならぬ発話前の状態) に一々戻すことはありません。

[**] (C) には、母音の音色に特徴的影響を与える子音を選出しています。隣接する子音によっては、/a₁/ の音色に有意差が現れないかもしれません。たとえば、/g₁a₁g₂a₂/ '(Lady) Gaga' と /k₁a₁k₂a₂/ '可か' とにおける /a₁/ の音色がそうです。

[***] 先に同じく、隣接する子音によっては、/a₁/ の音色と /a₂/ のそれとに有意差が認められないかもしれません。

つゞく

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黒木 邦彦
しご]た ちん]ちん そつぁ たん]たん。もろ]た ぜんな] そつい] かえ]て [に]かと かっ とっの] がそりん]に しもん]で '仕事はテキトー、酒はグビ〴〵。貰った錢は酒に替へて、新しいのを書く時のガソリンにします' 薩摩辯 [/]: 音高の上がり/下がり