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日本語を硏究する (A2): 過程/完了の區別

前囘記事

前囘は、音聲のグループ「自然音類」を深掘りするつもりでしたが、見出し畫像 (琴電にて撮影) の讃岐辯「おっりょんのに」に氣を取られて、ラ行音やイタリア人の名字に脱線してしまひました。既に2,000字超の寄り道をしてゐるのですが、見出し畫像にはもう1點、觸れておきたいところがあるのです。

《意味》降りているのに

見出し畫像左側に見えるこの記述が今囘の主題です。

「おっりょんのに」の共通語譯

見出し畫像の讃岐辯「おっりょんのに」は共通語で「降りているのに」と譯されてゐます。でも、共通語の「降りている」って、降車した狀態を指しません?畫像を見るに、發言主はまだ降車してをらず、「將降 (まさにおりむとす)」といった體です。

この共通語譯に「降りている」をあへて入れるなら、「降りているところなのに」の方が的確かもしれません。「降りている」にこだわらなければ、「降りようとしてゐるのに」でも良いですね。

「おっりょんのに」の變種

「おっりょんのに」は、'降りようとしてゐる' を意味する「おっりょる 」に、不滿を表す「-のに」が續いて、音便 (本連載第4囘參照) を起こした形です。「おっりょる」は「おりをる '降り+居る'」に由來します。

發音・意味の兩面でこれに似た表現が西日本 (岐阜縣中部・東部あたりを飛び地的に含む) には廣く分布してゐます。次掲 (A) がそれでして、僕は (A1) を使ってゐます。構造を示す目的から、「おりをる '降り+居る'」の「をる '居る'」に當たる部分を太字で強調しておきます。

(A)

  1. おりよる: 岐阜縣、九州北部

  2. おりょーる: 山陽地方

  3. おりゆー: 高知縣

  4. おりをる[*]: 宮崎縣椎葉村

  5. おじーおっ、おじーごっ: 鹿兒島縣北西部

  6. おれおい: 鹿兒島縣上甑島里

  7. おいをーゆ、おいおーゆ: 鹿兒島縣上甑島瀨上

表現 (A) の地理的變種 (各方言における發音) は、國立國語硏究所が公開してゐる『方言文法全國地圖』第4集: 第199–204圖で確認できます。「降りる」の例はありませんが、「をる '居る'」に當たる部分の發音を確認するには良いでせう。

過程/完了の表し分け

(A) を使ふ人は、'降車した狀態にある' を「おりとる」のやうに言ひます (この表現にも (A) のやうな變種が複數あります)。ざっくり言って、「おりよる」は降車中、「おりとる」は降車後です。英語における "be getting off" と "have gotten off" との使ひ分けに通じます (後者は "get" を使はず、單に "be off" と言ひさうですが)。

「おりよる/おりとる」のやうな過程/完了の表し分けは、その語尾の形から「ヨルトル」とも呼ばれます。この便利なヨルトルは、東京(の、べらんめぇ口調ではない)方言を基盤とする共通語には採用されませんでした。共通語屈指の過失ですね、これは。

「便利な」やら「過失」やらは筆者の主觀に過ぎませんが、似たやうなことを考へてゐる人もゐるやうです。「わたしも!!」といふ方がをられましたら、是非ともご一報/ご宣言ください。

當たり前ではない日本語感覺

都市部に暮らしてゐると、農村部にゐた時ほどには蟲の生き死に遭遇しませんけど、蟬が絕命しかけてゐるところは毎年のやうに目撃します。そのたびに「あゝ、しによる」と、都合何囘か分からないくらゐ儚んできたわけです。上に擧げた∠あおいさんも、恐らくは數十囘さう思ったことでせう。

この「しによる」(を選んで、「死にかけてる」を選ばない)といふ感覺は、日本語(母語)話者の数割にしか共有されてゐません。都市部に地方出身者が多いことを考慮しても、3割以下ですかね、知らんけど。自分の日本語感覺が當たり前でないといふことは、知識としては理解してゐるのですが、いまだに不思議です。

しご]た ちん]ちん そつぁ たん]たん。もろ]た ぜんな] そつい] かえ]て [に]かと かっ とっの] がそりん]に しもん]で '仕事はテキトー、酒はグビ〴〵。貰った錢は酒に替へて、新しいのを書く時のガソリンにします' 薩摩辯 [/]: 音高の上がり/下がり