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2021年12月の記事一覧
「完璧」とは「自己満足」のことである
「完璧」を目指すのはいいが、しかしそこにあるのは概ね「完璧」などでは実はない。――ということを、まずは肝に銘じておきたいと思ったのである。
そんな、人から見ると「?」な(このままでは言葉足らずな)「自論」の、その「結論」をまず先に言ってしまえば。
『「完璧」とは、ある種の「自己満足」である。』――となる。
で。
誤解されるといけないので、これも先に言っておいてしまうのだけれど、「自己満足」も「
「比較」はしても「浸食」はされないように
「人とは比べなくていい、いや、比べないほうがいいのだ」ということは、私もよく思うことではあって、なので頷ける部分も多いのだが。
――さて、はたして。
自分でこう書き出しておいてなんだが、本当に「比較」そのものが、いけないことなのだろうか?と、ふと。
だって、「比較」しないと、「参考」にもできないし、「検討」もできないではないか。
つまり、「比べること」そのものが悪いのではなく、「比べ方」がマズいの
あるいは「無敵」になる必要もないのか
「敵」とは、「戦う」ものではなく、「すり抜けていく」「よける」のが今どきの正解なのかもしれない。
そして、自分なりに誠実に生きていれば、まわりにいる100人中100人全員が敵になるなんてことはないんじゃないかなあ。どんなに少なくとも1人くらいは、必ず味方はいてくれるものではないだろうか。
……と、自分のこれまでを振り返って、ふと思った。
もしかすると、自分の誠実な気持ちを、ちゃんと理解し知って
ロイヤルストレートフラッシュなんて見たことないから ー2021年「こんなはずじゃなかった」禁止令ー
自分の歴史年表にまた加えたいものが生まれました。
(「禁止令」って……。笑)
「こんなはずじゃなかった」というセリフ、
使い勝手がいいのでつい出てしまうが、
今後一切禁止しようかと思います。(個人的にです。笑)
反省や身の安全のためにも、
後ろを振り返って目視してみる「確認行動」まではいいと思うのだが、
でも「体勢が完全にうしろ向き」で進むのはよくない。
時間軸から見て、どう考えても
そちらは
「若返っていく」人生なら
『「歳とった」状態で生まれて、
で、成長するにしたがって、どんどん若返っていくほうがいいな~。』
……と、ある時、切実に(笑)、思ったのであります。
早い話が、
「体力とか吸収力のピーク、人生のあとの方で欲しかったな~」
ってことです。
誕生から60~70年かけて、思春期にたどり着く。
(で、その後、幼児から乳児の順番で戻っていく?)
そうしたら絶~っ対、「若さ」を無駄遣いしなかったのに~。
期待しないで期待する…みたいな?
めちゃくちゃ頑張ることによって
手に入るものはもちろんあるが。
めちゃくちゃ頑張った「せい」で
手に入らなくなるものもある、と、ふと気づく。
血眼で追いかけると、
その自分の風圧でふわーっと逃げていく、
……みたいなものも実はあるよなあ、と。
例えるならそれは、
「狙いすぎ、計算しすぎで、面白くなくなっちゃう作品」とかに似ている。
(どのジャンルにもあるある。笑)
そもそもが、「期待」とい
「高慢ちき」なのに「卑屈」
比較的何でも思い通りに人生が運んでいたら、
自分みたいなタイプの人間は、
もっと「高慢ちき」になっていた気もするし、
調子にも乗っていた気もする。
人生「これくらい」で、丁度よかった気もする。
そもそも、今もう既に手にしている「健康」「平穏」「幸運」は、
自分に巡ってきて「当然」だったもの?――いやいや、それは違うだろう。
「当たり前」のものなんて、この世に何一つないと私は思う。
そう思える、
「自虐ギャグ」で何とか温まりたいのだ
他人の「自虐」を、「他人の」自虐なのに何故か、
妙に嫌がる方々が散見される。
いや、違うんだよ、
あくまで自分の場合はだけど、
本当に「自分が」言いたくて言っているんだよ~。
これってたぶん「負」の要素を
「自分でも笑い飛ばす」作業の一環なんだと思うんだけどなあ。
「冷えやすい部位」を、
何とかあっためようとしているのだよ~。
つまりはそっちのほうが、
心の血行がよくなる感じがあるのだよ~。